魔王様はもう後に引けない。


 あの後は本当に大変だった。

 恐慌状態というのはまさにアレの事だろうなって思う。


 人々はいつ今の生活を壊されるかという恐怖に阿鼻叫喚し、その場で泣き崩れる者も居れば下らない言い合いで殴りあう者達も居た。


 その場に居たアシュリー、メア、めりにゃんの協力のもと、先ほどのデュクシのように私の映像を世界中に映し出す事にした。


 勿論カモフラージュを解いて本来の姿で。


「あー、聞こえてる? 私の事知ってる人も居ると思うけど改めて自己紹介するわ。さっきの奴が言ってたプリン・セスティってのは私の事よ。私はね、ずっと魔物と人間が仲良くできたらいいのにって考えてて、やっとそれが実現できたの。これで私のやるべき事は終わったって思ってたのにさ、次から次にいろいろ面倒事が沸いてくんのよね」


 これを世界中の人々が聞いてると思うと、緊張する……って一瞬思ったんだけどむしろ私の事を世界中に発信してるって思うとテンション上がるよね。意外と目立ちたがり屋だったのかな……?



「面倒な事を一つ片付けたら次が、それを片付けたらまた次が、ってさ。そんな日々を大変だと思った事は勿論あるわ。でもね、それで今世界が一つになれるって言うなら私がやって来た事にも意味があったんだと思うの」


 思えばここまでいろんな事があった。

 色んな事を乗り越えて今があるっていうのに、それを足場から全部崩して海の藻屑、なんてふざけてるでしょ?


「だからね、やる事がもう一つ増えた所でどうって事ないわ。ここまで苦労してきたのに台無しにされてたまるもんですか。ここに宣言するわ! 私はあいつぶっ飛ばしてみんなが安心して暮らせる世界にする! 約束するからみんな安心して」


 デュクシの奴……これ全部あいつの仕組んだ流れだ。


 今まで何もせずにいたんじゃなくて、世界が一つにまとまるのを待っていた。

 私という存在を世界が認知して、私を筆頭に協力する体制が出来上がるのを待っていた。


 そしてさっきの分かりやすい嫌がらせ。


 何もかも私の手柄みたいに言って何度も世界を守ってきたとアピールして人々の希望に仕立て上げた。


 いったい何がしたいの?

 私を持ち上げてどうするつもり?


 私を世界にとっての英雄に……そう、まるで勇者だわ。

 勇者に仕立て上げる事で彼が得する事なんてあると思えない。


 あるとしたら、共通の敵を作る事で世界の団結力が深まるだけ……。


 それが目的?

 そうやって自分一人が敵になって滅ぼされて世界は平和になりました、ハッピーエンド?


 ふざけないでよね。


「私があいつをどうにかする。だから皆も協力してちょうだい。あいつがどういう手に出てくるか分からない。もしかしたら街は村を襲ってくる事もあるかもしれない。だから戦える人達はいざって時に備えて。私達の国も出来る限り防衛に協力するから。戦えない人達も悲観する事はないわ。戦う人達のサポートをしてあげて。それは美味しいご飯を作る事でもいいし、家に帰ってきたその人を癒してあげる事でもいい。私達全員でこの世界を守るのよ!」


 人には出来る事と出来ない事がある。

 適材適所、戦えるなら戦力として、戦えないなら戦えないで他のやり方がある。


 今はみんなに共通の認識を持ってもらう事が大事だと思うし、皆で戦わなきゃいざという時に魔物フレンズ王国だけじゃ対処しきれなくなってしまう。


「どうせこれも聞いているんでしょう? 首を洗って待ってなさい。しっかりと、止めてあげるから」


 私の姿を発信した事で、少なくともディレクシアの民たちは冷静さを取り戻した。


「今の演説で安心するなんて随分能天気な奴等ね……アルプトラウムの言った事が本当ならあいつの機嫌一つで今すぐにでも世界が崩壊するっていうのに……」


 それは多分……。


「ないわよ。あいつは世界を壊さない」


 アシュリーが不思議そうに見上げてきた。


「どうしてそう言えるの? あいつはもうデュクシじゃないのよ?」


「ううん。あいつはデュクシだよ。最後の言葉覚えてる? 【止めてみせてくれ】だよ? それまで止めてみたまえ、だったのがさ……私はあれがあいつのなかに残っているデュクシだと思ってるの」


 だから、まだなんとかなる。

 それに今私には……デュクシをどうにかして救い出す方法に心当たりがある。


 うまく行くかは分からないし、危険な賭けだとは思うけれどこのまま何もせずに世界の終わりを見届ける気にもなれないわ。


 それに、何も考えずただアルプトラウムを滅ぼそう、なんて考えにもなれない。


 まったく面倒な相手が最後の敵になってしまったものね。


「まったくあの人は何考えてるんでしょうねー」



「「「「……」」」」


 私も、めりにゃんも、メアも、アシュリーも目を丸くしてヒールニントの顔を見つめた。


「えっ、なんですか? 私変な事言いました?」



 やっぱりこの子、何か様子がおかしい気がするんだけど……気のせいかしら?


「ヒールニント、あなた……本当にヒールニントよね?」


 メアの問いに、彼女がにっこりと笑った。


「バレちゃいました?」

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