魔王様とダイダラボッチ。


「おやおや……思ったよりも早かったですね。こうも簡単にここを突き止めるとは……」


 どこからかキャメリオの声が聞こえ、真っ暗な空間にパッと明かりが灯る。


 思わず息を飲んだ。


 でかい。なんだこいつは……!


 ヤマタノオロチの時も大きいと思ったが、こいつはそんなレベルじゃない。

 ロンシャンの巨大魔導兵装の数倍はあろうかという巨体がこの水底の空間に窮屈に詰め込まれていた。

 その巨体の上にキャメリオは立っている。


「しかし一歩遅かったな。既に杓子の玉は利用させてもらったぞ!」


「それは私達の国に伝わる秘宝です! 返しなさい!」


 ゲコ美の悲痛な叫びにキャメリオは「ククッ」と笑い、杓子の玉をぽいっと投げてよこした。


 慌ててゲコ美がそれを受け取るが、杓子の玉は既に力を失っているようだ。


「……そんな、杓子の玉の力を全て使い切ってしまったというのですか……!?」


「ゲコ美さん、嘆くのは後にしやしょう。それよりも……この状況は非常にまずい」


 目の前の巨体は、明らかにこの空間に収まるにはサイズがおかしすぎて不自然に身体を丸めて、頭なんて地面に密着しているような状態だった。


 大きな一つ目。その眼力は凄まじいが、まだ状況を把握できていないのかこちらとキャメリオをギョロギョロと見比べていた。


「……おにぃちゃん、これってさっさとやっちゃった方が……」


「いや、ちょっと待て。話の通じる奴なら戦いを回避できるかもしれない」


 こんな水の底に長い年月隠されていたのか……。

 それはまさに、荒神だった。


「なぁ、お前はなんていう名前なんだ?」


「……」


 目をギョロリと動かすだけでそいつは答えない。言葉が理解できないのだろうか?


「話し合いで解決、か……随分とこの状況を楽観視しているようですが……復活させたこの私こそが主! ダイダラボッチよ! 今こそ立ち上がり、この馬鹿共にお前の力を見せてやれ!」


「う……あ……」


 ダイダラボッチと呼ばれた荒神は、その身体をブルブルと震わせ、ゆっくりだが動き出した。

 空間内にみっちりと詰まっていたのだから動き出したら……。


「メア、一度地上に戻るぞ!」


「えっ、やっちゃわないの!?」


「ゲコ美とヒールニントも居るんだ。ここでこんなのとやりあうのはまずい!」


 俺の言葉にメアも納得してくれたのか、俺達の手を取って転移。次の瞬間俺達はダムの上空に居た。


 眼下に広がる湖のような貯水池が、全体的にガタガタと震えだし激しく波打つ。

 やがて、広がる水の中央部分がゴボッと陥没したかと思うと巨大な腕が水中から生えた。


 本格的に目覚めたか……。


 次はもう片方の手。そして頭……胴体。そして足……。


 尋常じゃないサイズだ。こんな物が暴れたらニポポンみたいな狭い国はあっという間に海の藻屑だぞ……。


「うぉぉぉぉぉん!!」


 そいつが立ち上がっただけでダムの水が激しく荒立ち、あちこちで飛沫があがる。


 直立したら、かなり上空に居た筈の俺を越えていった。


 身体は意外とひょろ長く、さきほどはかなり折り畳んだような状態だった事が分る。


「ふ、ふははははは!! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!! 見たかこれが私のダイダラボッチだ!!」


「う、うぉぉぉぉ……だぁれがぁ……だぁれぇのぉだってぇぇぇ?」


 口はがらんどうで、どこまでも続いていそうな漆黒。


 その口を動かす事なくダイダラボッチが声を発した。

 それだけで空気がビリビリと震える。


 ヤマタノオロチと戦った時、あいつは封印され続けているような状態だった。

 しかし、このダイダラボッチは杓子の玉に蓄えられた力を全て吸収し、ほぼ完ぺきな形で復活しているように思う。


「これはまた……えっぐいのを呼び起こしやがって……」


 この可能性を考えていなかった訳じゃない。

 キャメリオの余裕を見る限り強力な何か、例えば荒神などが眠っていて、それを復活させようとしているんんじゃないか。

 そう考えてはいたが……。


「さすがにこれは想定以上だぞ……」


「でもなんだか様子がおかしわよ?」


 メアが言うようにダイダラボッチはキャメリオのいいなり、という訳ではなさそうだった。



「私がお前を目覚めさせた! 私が主だ! まずは手始めに目の前の羽虫を始末してもらおうか!」


「うぉぉ……ではぁぁお前はぁぁ我にぃぃぃ何をぉぉ捧げるぅぅぅ?」


「さ、捧げる? 一体何を言ってるんだ……? 目覚められるだけの力を、既に捧げただろうが!」


「そんなのはぁぁぁ知らんぞぉぉぉ……目覚めさせたのはぁぁお前のぉぉ勝手ぇぇぇ。何かをぉぉさせたいならぁぁぁ相応のぉぉ捧げものをぉぉぉするのがぁぁぁ」


「う、うるさい! もっと手短に話せないのか! なんだこのでくの坊は……!」


 キャメリオがどこかプルットのような喋り方をするダイダラボッチに痺れを切らし、その肩の上で騒ぐ。


「そもそもお前は本当に役に立つのか!? 捧げ物をしても役に立たないのでは私が損をするだけではないか!」


「ふむぅぅぅ……それもぉぉぉそうだぁぁぁなぁぁぁぁ。じゃぁぁぁ……あいつらを叩きぃぃ潰してぇぇぇ我が力おぉぉぉ……証明してぇぇぇやるぞぉぉぉ」


「いい働きをすればそれなりの捧げものを用意してやる! 期待してるぞ!」


 どうやら話がまとまってしまったらしい。

 仲間割れでもしてくれればいいと思ったんだが、どうやらダイダラボッチとの戦いは避けられそうにない。

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