魔王様が口を挟めない展開。


「でも杓子の玉はゲコ美じゃないと使えないんだろう?」


「そうですね、なので彼がどういう理由で杓子の玉を求めていたのかが分からないのです」



「……」


 ゲッコウが俯いて何かを迷っているように見えた。


「ゲッコウ、何か……心当たりがあるんじゃないか?」


「……ある、と言えばありやすが……しかしそんな事が可能なのか……」


「とりあえず言ってみろ。意外とそれがビンゴかもしれないだろ」


 ゲッコウは少しだけ目を閉じて、覚悟を決めたように話し始めた。


「実はゲコゲコランドとフクヒルの戦い直前に、ショウグンから聞いた事があるんでさぁ……ゲコ美さん、ショウグンは……」


 そこでゲッコウは一度言葉を詰まらせ、今度こそその事実を語る。


「ショウグンは、ゲコ美さんの兄なんでさぁ」



「……え? そんなはずありません。私の兄は、兄のゲコ蔵は……死んだ筈です」


 ゲコ美の言葉にゲッコウは静かに首を振り、「生きて……いたのです」と告げた。


「そ、それが本当だとしたら……どうしてゲコ蔵お兄様は……私に本当の事を教えて下さらなかったのですか!?」


 ゲコ美が顔を手で覆ってその場に泣き崩れる。

 それも仕方ないだろう。

 昔死んだと思っていた兄が生きていて、だがそのショウグンは既にキャメリオに食い殺されているのだ。


「……ショウグンはベアモトの住民に命を助けられ、そのまま養子として育てられたと言ってやした」


「ゲコ蔵お兄様は……十歳になる前くらいにお父様と狩りに出かけて崖から転落死したと聞かされました。……でも本当は生きていたのですね。どうしてお兄様は自分の身分を隠したりしたのでしょうか」


 ゲコ美は悲しみに涙を流しながらゲッコウに問う。


「それは分かりやせん……ですが、ショウグンはいつでもゲコ美さん……姫の事を想っておりやした。もしかしたら最初は記憶の障害でも出ていたのかもしれやせんが……彼は育ての親になってくれた人達に本当に感謝していやした」


「……私達よりもそちらの家庭を取った……という事なんでしょうか」


「違いやす! ショウグンは……立派に姫として育ったゲコ美さんを見て、自分はひそかに支えてやりたいと言っておりやした。そんな決意をしていた人があっしには本当の事を話してくれたんですぜ? 何故だかわかりやすか?」


 ゲコ美は小さく首を横に振りつつも「それだけフロザエモン様の事を信頼していたのでは……」と呟く。


「そうかもしれやせん。でもあっしはこう思うんです。影から支えると決心したにも関わらず、彼には後悔があったのだと」


「……後悔、ですか?」


「ええ、兄が死んだ。一緒に居る事が出来ないという事でゲコ美さんがどれだけ辛い思いをしてきただろうかと。それが苦しくて仕方なかったんでしょうや。だから誰かに吐き出しちまいたかったんでしょう」


 なんだか思ったよりも重たい話になって来た。こんな展開になってきてしまうと俺だって下手に口出しが出来ない。


「ショウグンは兄としてでなくとも、いや……ただのショウグンとしてしか出来ない事をしようとしていたんでしょうや。国政ではなく、兵を率いて直接姫を守る事が出来る立場を選らんだ。きっとショウグンという立場に上り詰めるまで相当苦労されたでしょうが、それを成し遂げたのもひとえにゲコ美さんを想っての事かと」


「……お兄様……いつも私を見まもって下さっていたのですね。それなのに私は何も知らず……」


「ショウグンの想いを無駄にしない為にも、あんな形でショウグンの姿や記憶を利用されてはいけやせん。必ずやキャメリオを討ち取りやしょう」


「……はい!」


 ゲコ美は涙を拭い、強い眼差しで前を向いた。



 ……それは良かったんだけど、気になる事はまだある。


「ゲッコウ、結局のところあいつは杓子の玉を使えるのか?」


「それも分かりやせんが、あいつがショウグンの身体その物を取り込み、ある意味でその物に成り代われるのであれば……もしくは」


 そうか。そういう可能性もあるのか。


「ならキャメリオはどこかの段階でショウグンがゲコ美と血の繋がりがある事を知っていたと?」


「あっし以外に話していたというのは考えにくいでしょうから、おそらくショウグンの記憶を手に入れた事で知り得たのでしょうや」



 順序が違うのか。

 杓子の玉を使う為にショウグンを食ったのではなく、杓子の玉を手に入れる為に食ったら使える事を知った。


 まったく難儀な話だ。

 ゲッコウがショウグンを助け出そうと必死になっていた理由も分るってもんだぜ。


 ゲコ美にとっては唯一残った家族だったんだもんな。


「あいつは杓子の玉を使って何をしようとしてると思う?」


「……杓子の玉はそれだけでも強い力を手に入れる事が出来ると言われておりますが、主に巨大カラクリの動力源として伝わってきました。何か企んでいるのかもしれないですね」


 ゲコ美はもう大丈夫そうだ。

 まっすぐな瞳で俺やゲッコウを見つめる。


 この意思の強さがあればキャメリオを討ち取った後の事は心配しなくていいだろう。


 まずは俺達がすべき事をする。

 それだけでいい。

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