魔王様敵陣にてのんびり入浴す。


「しかしくっせえなここは!」


『我に嗅覚が備わっていない事がありがたいです』


 このやろう……俺だけこんな苦しい目に合わなきゃならんとは……。

 しかも生ごみだらけでめちゃくちゃ汚いんだが。


「きゅっ……きゅーっ……」


「おお、マリスも臭いか……俺よりも嗅覚鋭いだろうしな……ごめんごめん。すぐにこんな所出るからな」


 お腹のあたりを撫でながら脱出方法を探っている時。


『なんだかそうやっていると妊婦のようですね』


「……やめて」


『失言でした。その目を辞めて下さい。いつ折られるかと不安になります』


「だったら黙ってなさい」


 まったく、これが私の子供だっていうならいったい誰の子供だっていうのよ……。


 それこそ可能性なんてめりにゃんかショコラくらいしか……。


 そこまで考えてぞわっと背筋に悪寒が走り、正気に戻った。


「……きっつ。最悪な想像しちまったじゃねぇか」


『そもそも両名とも女性でしょう』


 また心の中読みやがって……こんな事考えてたなんて人に言われたら俺の精神状態を心配されてしまう。


「黙っとけよ」


『……了解致しました。二人に孕まされる妄想をした事は内密に致します』


「お前なぁ……もし本当に誰かに喋ったらへし折るからな。……っと、そんな事より早く出ないと。さっきの場所はどこだっけ?」


 天井を見ても先ほど俺達が滑り落ちてきた場所がどこか分からない。

 何せ天井にある穴は合計七か所くらいあって、遠い場所は明らかに違うとしても三つくらいまでしか絞り込めない。


「まぁいいや。適当にどれか登ってみるか」


 ……あ、そう言えばチャコが一緒じゃねぇから俺飛べないじゃんかよ。不便だなぁ……。


 仕方ないので汚い壁にメディファスをグサグサ刺して少しずつ登って行く。


『主、調べてみたところ一番新しい痕跡は隣の穴からのようです。あそこから落ちて来たものだと思われます』


「お前そういうのもっと早く言えよ。ここまで登ってきちまったんだからいいよもうここで」


『……了解。しかし出来ればあまり汚い所に刺さないで下さい』


「うっさい。俺が登る為に必要な事なんだ。それともお前の言うように一度下まで降りてまた下からやり直してやろうか? お前はもっと汚れると思うけどな!」


『いえ、ここで大丈夫です早く行きましょう』



 わかりゃいいんだわかりゃあ。

 岩肌を上まで登り切り、天井に空いた穴に飛び移る。


「うわっ、これ滑るぞ!」


 慌ててメディファスを穴の内側に刺す。


 軽く反動を付けて穴の中を逆走する形で飛び込み、そこからは仕方ないので細いダクトの中を手足を突っ張りながらよじ登っていく。


「……ふぅ、やっと出て来れた」


『二度と転落しないように気を付けて下さいね』


 なんか腹立つな……こいつだけ放り込んでやろうか……。


『そうならぬよう落とし穴などがあれば事前にサーチ致しますのでご容赦を……!』


「そりゃ助かる。しっかり調べてくれよな」


 ところで、だ。ここはどこだろう?

 ゲッコウにあらかじめ当時の見取り図のような物は見せてもらったが、そのどれにも当てはまらないような部屋だった。


 ここは……なんだ? 棚が沢山並んでるが……。


『主、これは好都合です。我を洗っては頂けないでしょうか』


 ……? 何を言ってるんだこいつ。


『ここは脱衣所でしょう。そこのドアを開ければおそらく浴室がある筈です』


「浴室って……でもさっきの場所とは随分違う気がするが」


『いえ、あれは水風呂、こちらはきちんとした風呂場のようですよ』


 風呂場か。本当にちゃんとした風呂場があったんだな。

 俺も身体がかなり臭くなってしまったのでこの状態は我慢ならん。


 敵地で何をやってるんだとは思うが、軽く、ほんと軽くだから。


 ちょっとだけ入って行こう。


『主、ドレスを着たまま入るのですか?』


「ん? いや、どうせマリスも洗ってやらなきゃならんから中で脱げばいいだろ。マリスは水がしみ込んだりしないから洗いやすいしな」


「きゅっ、きゅー……」


 マリスは水があまり得意では無かったが、ゴミの臭いがついたままなのは嫌だったらしくおとなしくしていた。


 扉を開けるとなかなか広い木製の浴槽があり、かけ湯場もあった。


「とりあえずここでメディファスとマリスを洗おう」


 手でお湯に触れるとなかなかいい温度で心地良い。

 そのままメディファスにばしゃばしゃとお湯をかけて洗い流すと、大分汚れは落ちたように思う。


「よし、次はマリスだ。一度体から離れていいぞ」


「きゅっ!」


 可愛らしい鳴き声を上げてマリスが俺から離れ、久しぶりの毛玉モードに切り替わる。


 このもふもふ感は久しぶりだなぁなんて思いながらお湯で少しずつ体を洗ってやると、思ったより気持ちよかったのか眠そうだった。


「さて、俺も軽くお湯浴びて、浴槽に少しだけ浸からせてもらおう」


 ほんとにちょっとだけ、と思っていたのに……。


「どうしてこうなった……!」


 俺が浴槽に浸かった途端城の警備の連中がぞろぞろと入ってきやがって身動き取れなくなってしまった。


 警備、と言っても女だ。ここはどうやら女風呂らしい。


「あらべっぴんさん! 貴女みたいな人城で働いてたのね」


「ほんとねぇ、綺麗な髪に白い肌……羨ましいわぁ」


「普段城のどこで働いてるの?」


 これがカエルだけだったら俺はここまで困る事なかっただろう。


 普通に若い女子まで居るもんだからマリスを慌ててタオルのように変化させ、メディファスを浴槽に沈めて凌いでいる。


「そ、その……私最近来たばかりで……」


「あぁ、最近来たって事はショウグンさんと一緒に来たのかしらね?」


 ……これは、当たりかもしれんぞ。

 もう少し話を聞いていこう。

 別にもう少しここで女子に紛れて風呂に入っていたいとかそういう事ではない。


 けっして、そういう事ではないんだ。


 ほんとに、違うのよ?

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