魔王様が想像していなかった事態。



「はぁ……」


「なんだ溜息なんかついてどうした?」


 朝目覚めて、眠い目を擦りながら外を眺めていると、とぼとぼ歩いてるメアを見つけたので気まぐれに追いかけてみた。


 そしたらなにやらうろうろしながらため息ついていた、という訳だ。


「……ああ、目ざといわね」


「おいおいそんな言い方ないだろうよ。それより何か悩み事か?」


 こいつは今いろいろ大変な事を乗り越えたばかりだし、体の中にロザリアを取り込んだ事で内なる声、ってやつに苛まれてる状態かもしれない。

 自分の事を分かってる奴が内側からあれこれ言ってくるっていうのは割ときついもんがあるからな。


 俺も状況はちょっと違うが心当たりがある。


『主、まさかとは思いますが我の事ではありませんよね?』


「まさしくお前の事だが?」


『常々思うのですが主は我の扱いが酷すぎる気がするのです』


「知らん。ほら、あれだよ気兼ねなく軽口を言い合える仲、って事で」


『適当すぎます』


「お前な、適当っていうのはそれに適したって意味だぞ? だから適当でいいんだ適当で」


『……解せぬ』


「貴女達……急に現れたと思ったら急に漫才始めてなんのつもりなの?」


 おっと、メアの事を忘れていた。

 メディファス相手に気軽に話せるっていうのは間違いない。だからこそ俺は多少当たりが強くなってしまうんだろう。


『……』


 こういう事を考えると恥ずかしがってすぐに黙る所がなんとも面白い。


「……聞いてる?」


「あ、ああ聞いてるよ。ところでお前らは上手くやってるのか? この前見た時は意外と仲良さそうだったが」


『わたくしがこの女と仲が良さそうとは聞き捨てなりませんわ!』


「そうよ。私達が仲良い訳ないじゃない」


 いや、少なくとも見てるこっちからしたら仲良さそうに見えるんだが。


 まぁこれには触れずにおこう。


「それ絡みで何か悩んでたのか?」


『違いますわよ。この女は未だに自分の父親があのおじさんになってしまうかどうかを真剣に悩んでいたのですわ馬鹿らしい』


「馬鹿らしいとは何よ! 私にとってはとても重要な事なんだから!」


「……心配して損したわ」


 確かにあの男が自分の父親です、なんていうのは俺ですら認めたくない部分があるからな……。メアとしては我慢出来ないんだろう。ただのセクハラ親父だし。


「それがね、あの人本当にキャンディママに頭下げに行くっていうのよ……もしそこで許されてしまったらと思うと……」


 マジか。親父とおふくろがよりを戻す……?

 そんなに上手くいくとは思えないけどなぁ。


「で? メアはそれを阻止したいのか?」


「別に……そんなんじゃないわ。それを決めるのはキャンディママだもの。それは分かってるの。だからこそどう転ぶかが分からなくて不安なのよ……」


 メアは自分の肩を自分で抱きしめるようにしながらブルブルっと震えた。


 本気で嫌がってるなこいつ。


「まぁ肩書が父親になるってだけだよ。アレは俺の親父だけど親父とは思った事ないし」


「え、父親なら父親なのでしょう? そう思う必要は無いの?」


 メアは妙な所で真面目なんだよなぁ。

 いや、どちらかというと人との付き合い方がよく分かってないから家族とはこうあるべき、みたいな一般論を受け入れようと必死なんだろう。


「別に世間的な肩書が変わるだけだよ。逆に言えば世間様からは親父とおふくろが離婚した今でも俺はあいつの息子って事になっちまう。その逆も同じで、お前があんなの父親として認めないって思うならそれでいいと思うぞ」


「……そう、そうなのね? でもほら、キャンディママがあの人をもう一度夫にするならそれを尊重してあげたいじゃない? 私はママの娘だから、彼を父親として認めてあげないとママが悲しむかなと……」


『ずっとこうなんですわ。馬鹿でしょう?』


「ああ……確かに馬鹿だなぁ」


「何よ! そんな酷い事言わないでいいじゃない。私本当に真剣に悩んでるんだから!」


「あのなぁ、俺からしたら親父なんてただ血が繋がってるだけのおっさんだよ。親子だからって敬う気は一切無いし、息子扱いされるのは嫌だ。だからおふくろと再婚したとしても俺から見たあいつらは何も変わりゃしないさ」


 メアは「なるほど……」なんて言いながらまたブツブツいいつつどこかへ歩いて行ってしまった。


 ロザリアなんてその様子を見て『やれやれですわ……』と呆れた声をあげる。


 ロザリアがいくらメアの事を恨んでいても、今のメアを見てたら毒気を抜かれてしまうだろう。


 メアとの同化を許したのは案外いい結果を生むかもしれない。

 あの二人にはお互いの理解と時間の共有が必要なんだろう。


 元々一つだったのに一切コミュニケーションを取れなかった二人だからこそ、今新しく始めればいい。


「あーセスっちこんな所におったんか」


 背後からろぴねぇの声がして、振り向くとやたらと息を切らした彼女がこちらにフラフラ歩いてくるところだった。


「ろぴねぇ? どうしたんだそんなに息を切らせて」


「んー、それがよく分からんのやけど早めに伝えておいた方がよさそうやと思って」


 要領を得ない。言いにくいような事だろうか?


「ほら、今町は王都にうちの面子を派遣しとるじゃろ?」


 そう、兼ねてから推し進めていた郵便物の配送、及び転移ビジネスを本格的に始めた所だった。


 王都での事はもう各地に話が広まっていて、やるならこのタイミングだろうと決めた。

 おかげ様でこの国も収入が激増して完全に安定期に入った所だ。


「それでな、主要都市からまとめて同じような報告が入っとるんよ」


「前提は分かったよ。で、どんな報告だったんだ?」


「それがな、各地の上空に、メッセージが届いたんやって」


 メッセージ? 魔法とかで空中に映像を映し出したんだろうか?


「へぇ、わざわざそんな事するような暇人はどこの誰だ?」


 なんとなく分かるけど、面倒な予感しかしねぇんだよなぁ。


「言いにくいんやけど……」


 ほらきた。どうせデュクシの奴だろう。


「その場に居合わせた奴等の話しによるとな」


 俺に気を使ってるのかなかなか言わない。そんなに気にする事じゃないだろう。奴がそろそろ動き出すのは分り切ってる事だ。


「その、カエルだったんやって」


 ほらやっぱりデュ……えっ?

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