きつねこ娘は雑に扱われたい。
「なぁ、今夜の食事は何にする?」
「……俺は要らない。食事を取る必要がないからね。好きな物を勝手に食べるといい」
ここのところずっとこうだ。
私が何を言っても心ここに有らずって感じで気の無い返事が返って来るだけ。
彼はいったいどうしたいのだろう。
勇者ハーミット……。
私はこの人についていくと決めた。
彼が決めた事だったらなんでもする。たとえそれが人を殺める事でも、世界を滅ぼす事だとしても。
一生ついていくと決めた。
だけど、この人は……なんだか、少し変わったように思う。
出会った時からぶっきらぼうだったし、すべてを悟ったような、それでいて何もかもを諦めてしまったような瞳をしていた。
そして、そんなのっぺらぼうのような凹凸の無い心の中に、とんでもない何かを抱えているような……そんな人。
でも今は、下手に触れたらその瞬間に爆発してしまいそう。
それを薄い皮で包んだような状態に見える。
私は頭が悪いし粗暴だし綺麗でも可愛くもない。それは分かってる。
一緒に居たからってこの人の力になる事はできないだろう。
癒してあげる事はできないだろう。
言われた通り一人で川に行き、適当に魚を数匹取ってきて串にさし、焼いて食べる。
「あちっ、あちっ!」
「……」
魚食べてたらじっと見つめられてなんだか食べ辛い。
「な、なんだよ……今更欲しくなったって言ってもあげないぞ」
「いや、そういう訳じゃないよ。……そのまま食べながら聞いてくれ」
……ハーミットの方から私に話しかけてくるなんて珍しい。
最近はずっとどこかをぼーっと見つめるだけだったから。
私が魚を齧りながら頷くと、彼は軽く微笑んで話始める。
「俺はもう人間じゃない」
「知ってるよそんなの。それ言ったら私だって人間じゃないだろ」
「……そうだったな。そういう意味では俺達は似た者同士なのかもしれない」
いきなりどうしたんだろう。
彼は、初めて会った時はただの戦士……カルゼと名乗っていた。それが、勇者ハーミットだと知って驚いたけれど……それ以上の秘密があった。
彼は神様と一つになったらしい。最初聞いた時はなんの冗談かと思ったけど、九尾の力を開放した私も簡単に止めてくれるし、彼の力を借りて自由に九尾の力を振るえるようになった。
本当は、あの姿が苦手だった。勿論力を制御できないからっていうのもあるけど、それ以上に自分が完全に人間を辞めてしまうような気持ちになるから。
出来るだけ使わずに生きて来た。一度ああなると半日くらい暴れ回ってやっと元に戻る。
ハーミットのおかげできちんと使えるようになったのはとても嬉しい。
それに、彼はあの姿を美しいと言ってくれた。
それだけで私はあの姿になる事への抵抗が無くなった。
抵抗が減った理由はもう一つあって、九尾モードになると毎回服がはじけ飛ぶのが問題で、私は最低限の防具しか付けていなかったんだけど彼が用意してくれた服は一度破れても元の姿に戻ったら修復されてる。
これが地味にありがたい。
少しでも彼の力になれるのならば私の力を好きに使ってもらって構わない。
道具として扱ってくれて構わない。
元はと言えば、私が死にかけていた時に祖父が何かの薬を投与したのが原因らしい。
それを作ったのはロンシャンで技術顧問をしていた父……お父さんはきっとよくない研究をしていたんだと思う。
結局父も祖父も死んじゃったけど、祖父は死にかけていた私をどうにか助けたくて仕方なく父の作った薬に頼った。
だから私が生きているのは爺ちゃんのおかげ。私がこんな事になったのは父のせい。
自分が生きる為には必要な事だったんだけれど、私はそれを否定したかった。
あんな力なら欲しくなかった。そんなふうに思っていた。
でも今はこの力があるからハーミットが傍に置いてくれる。
彼がいつだったか話してくれた。大事な人が居たけれど危険な目に合わせたくないから捨てて来たと。
そいつは弱いから置いていかれたんだ。私は、私なら、いつまででも傍に居られる。
例え彼の特別になれなくても、一緒に居られるんだ。捨てられた女は今どんな気分だろう?
それを考えるだけで少しばかり優越感に浸る事が出来る。
古都の民との闘いの時に居たらしいけど、全然気付かなかった。それだけ存在が希薄だったんだろう。
そんな人間がこれ以上ハーミットに関わっちゃいけない。
「おい、聞いてるのか?」
「えっ? ご、ごめん……もう一回お願い」
「だからなぁ……」
私はその後に続く言葉を無意識に聞かない振りしていたのかもしれない。
どうしてもう一回なんて言ってしまったんだろう。
「お前もうついてこなくていいぞ」
私はショックのあまり口に頬張っていた魚を飲み込む事も出来ずに、嘔吐してしまった。汚い。
「どう、して……?」
「これからは本当に私の楽しみの為だけに動く。世界を敵に回す事になる。お前ならまだ戻れるだろう? 別に人間を皆殺しにしたい訳じゃないからにゃんこなら生き残れるさ」
「……やだ!」
ハーミットは目を丸くした。驚いてるの? なんでこんな分かり切った返事で驚くの? 私の事をまったく分かってない。興味が無いにも程があるよ……。
「私は、何があってもついていくしハーミットの役に立ちたいんだ。私の事なんて使い潰してくれて構わないから置いていかないでくれ!」
「ふっ……ふはははは! 私はもうハーミットと呼ばれるような者ではないかもしれないよ?」
「うるせぇ! 私はお前についていくって決めたんだ。世界が敵に? なんぼのもんじゃい! 世界征服するなら私にも命令しろ! 私の命はお前の物だ!」
「……そうか。それなら……ありがたく使わせてもらうよ」
そう言って彼は静かに口角を吊り上げる。
その人ならざる冷たい笑顔に、私は背筋が凍り付いた。
でも、私はこの感覚が大好きだった。
もっと……。
もっと私を雑に扱って。
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