元魔王、過去に決別す。


「こ、この剣なら貴女を殺せるわ!」


「ロザリアにそれが出来るかしら?」


 この子……今剣どこから出した?

 やはり王国で戦った時の記憶はあるのね。


 私と思い込まされていた時の事をきちんと覚えているからこそ罪悪感とも戦っているのだろう。


 それが自暴自棄の理由の一つかもしれない。

 私の存在は今この時も彼女を苦しめている。


 全部、終わらせなきゃ。


 彼女は記憶の中にある戦い方を自分なりに再現しようとしている。

 あの剣もおそらく異空間から取り出したのだろう。


 戦った時の記憶があったとしても、メアリー・ルーナとしての経験が彼女の中から消えてしまっているのなら、どちらにせよ大した脅威ではない。


「わたくしは……貴女を、必ず殺しますわ!」


 私は、どうしてだろう? 何故かはわからないが彼女が涙を拭い、私に立ち向かってくるその姿を見て喜びを感じていた。


 自分が彼女をこんなにも追い詰めたのに。

 こんなにも苦しめたのに。


 だからこそ、かもしれない。

 苦しみも悲しみも乗り越え、力で及ばない私に立ち向かってくる。


 そんな姿に安堵を覚えたのだろう。

 自分勝手に奪って、再起した姿を自分勝手に喜んでいる。安心している。


 分っていた事だけれど、私は最低だ。


「もう一度だけ聞くわよ? 私はアルとの闘いが終わったら貴女に殺される覚悟が出来ている。それでも今、やるのね?」


「当然よっ! 今更怖気づいたなんていいませんわよね!?」


「言わないわよ。貴女の覚悟を確認したかったの」


 ここからは私も気を抜けばやられるかもしれない。彼女はそれが出来る剣を手にしている。

 ……だが、油断さえしなければ。

 私が小娘に負ける道理は無い。


「行きますわよっ!!」


 喋り方が私の記憶にあるロザリアに近くなってきたように思う。

 それだけ調子が出てきたのだろう。


 持ち前の機動力に殺傷力まで追加されたので迂闊に手を出せないが、剣の攻撃さえくらわなければどうという事は……。


 ロザリアが直進で突っ込んできて、剣を振り下ろす。

 軌道が丸わかりだったのでそれを悠々とかわし、その隙をついて……。


「かかりましたわねっ!」


「なっ!?」


 振り下ろした剣をそのまま地面に突き刺し、それを軸にして前転するように宙がえり。私の攻撃をかわしながらも、こちらの頭上からロザリアの踵が降ってくる。


 攻撃の隙をつかれたのはこちらだ。

 かわし切れずにあびせ蹴りを受け、私は地面へと叩きつけられた。


「死になさいっ!!」


 間一髪のところで横に転がってロザリアの追撃を避ける。


 あと一歩遅かったら頭を貫かれていた。

 さすがにあの剣で脳天突き刺されたら修復が間に合わずその間にバラバラにされる。


「まさか……その剣での攻撃を囮に使うなんてね……」


「こう見えてもわたくし城内ではおてんばで通っていましてよ」


「……知ってるわよ」


「ふふ……そうでしたわねっ!」


 ロザリアは、目を真っ赤にしながらにっこりと笑う。


「何がおかしいの」


「……おかしい? そんなつもりは……いえ、そうね。確かに私は今楽しんでいたのかもしれませんわ。やっとこの時が来た、わたくしの攻撃が貴女に届く。それが嬉しいんですわ」


 この子は、やはり強い。

 あれだけの逆境の中セスティと出会った事は幸運だったのだろうが、ずっとずっと口もきけない状態で耐え続けてきたのだ。


 最初からそうだった私と違い、奪われて世界に関与できなくなった彼女。

 それでも諦めなかったから今がある。


 それは暗闇から必死に抜け出そうとしていた私と同じだったのかもしれない。


「私は貴女の中で生まれた……こんな言い方すると嫌がるかもしれないけれど、私達……よく似ているのかもしれないわね」


「気に入りませんけれど、少しだけ同意ですわ」


「前向きなのはいいけれど、まさかもう勝った気でいるのかしら? 言っておくけれど私は強いわよ?」


「それも知ってますわ」


 ……この子の身体はかなり丈夫だからこちらも手加減は出来ない。メリーには悪いけど手足の一~二本は覚悟してもらおう。


「次で終わらせるわよ」


「なんだって今なら乗り越えられる気がしますわ」


「残念ね。それはただの気のせいよ」


 私は会話をしながら魔法を頭の中で組み上げる。


 転移魔法でロザリアの視界から消え、上空から広範囲、高威力の属性複合魔法で森ごと吹き飛ばす!


「くらいなさいっ!!」


 私の眼下では山の一部が消し飛んでいた。

 風と雷メインの複合魔法を放ち、すぐさま周囲に結界を張り、被害を外に出さないようにしつつ、広範囲魔法は結界で区切られた為その範囲内で数倍の火力を発揮する。


 ……ちょっとやり過ぎたかしら。

 完全に壊れたりしてないといいけど……もしそんな事になったらアシュリーに何を言われるか……。


「もう勝ったつもり?」


 ぼそりと耳元で声が聞こえ、慌てて振り向き様に剣状にした魔力を振り抜く。

 魔族を率いて空を飛んでいたんだ。転移くらい出来たとしてもおかしくはない!!


 ……私の腕は何もない空中を切り裂くのみだった。


「いない!?」


 ずぶり。

 嫌な感触が脇腹を駆け巡る。


「ぐぅ……っ、どこ、から……!?」


 私の脇腹にはあの剣が突き刺さっているものの、本人の姿が見当たらない。


「……まさか」


 私は剣を引き抜き、先ほど抉れた山肌へ降り立つ。


 やはり傷がなかなか治らない。

 もし本人がこの剣を振るっていたのならこの程度の傷では済まなかっただろうし、もしかしたら私は負けていたかもしれない。


 だけど……ロザリアにはこれを投げつける事が精一杯だったのだ。


 耳元で聞こえた声はロザリアの魔法。

 離れた相手に声を届ける為のなんてことない魔法。


 それが私に大きな隙を作った。

 ロザリアが最後の力を振り絞って投げた剣をまともに受けてしまう程の隙を。


 ロザリアは先ほどの魔法で重大なダメージを負っていた。

 結界が解けた瞬間に最後の攻撃に賭けたのだろう。


「……これで終わりね」


 私は仰向けに倒れて満足そうな笑顔のロザリアへ、剣を突き付ける。


「やっぱり、勝てませんわね。お姉様……ごめんなさい。でもわたくし、頑張りましたわ」



 私は、静かに剣を突き刺した。

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