元魔王の現実教育。


 私は一つ、決めた事がある。

 ロザリアが今置かれている状況はある程度理解した。

 私の事を殺したい程憎んでいる事も分っている。


 そして、彼女が今、その身体の力以外戦闘力が無い事も。


 その上で、私はこの子に負けるつもりは無い。


 手加減はしない。


 徹底的に彼女の心をへし折る。

 全て諦めて私と関わる事すら嫌になるくらいに。


「どうしてこっちに魔族を連れて来なかったの? そしたら貴女が私に攻撃を加える隙だって作れたでしょう?」


 その答えはもうなんとなくわかっている。


「貴女との戦いに邪魔が入るのが嫌だからよ」


「嘘ね」


 おそらくこの子は勝てると思ってない。

 アーティファクトの身体を使用しているとはいえど、アルプトラウムに操られていた間の戦闘関連知識がこの子にはほとんど残っていない。


 もしくは、残っては居ても再現できないかそのどちらかだと思う。


 今の彼女はとても非力だ。

 勿論身体能力は凄い。でも、それだけ。

 こちらがきちんと対応してやれば負ける事は無い。


 なのに、敢えて最低限の魔物だけ引き連れてこんな所に来た事、私を誘い出すような真似をした事。


 その答えは……。


「貴女、死ぬつもりでしょう?」


「うるさいっ! 私は、お姉様を奪ったお前を殺す! 殺すったら殺す!」


「……そう、じゃあ……やってみなさい」


「言われなくたって、やってやるわっ!!」


 その身体はアーティファクトのはずなのに。

 彼女の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。


 そして、その雫が地に落ちるまでの一瞬で、ロザリアが私の眼前に迫る。


 しかし、動きが直線的だしいくらでも対応はできる。

 最初は驚いたけれど、今の彼女に負ける気はしない。


 障壁を掌に集中させ、彼女の拳を受け止めるのと同時に腹部に膝蹴りを入れる。


 ロザリアはその場にくの字に折れ曲がり、お腹を抱えて口から胃液を吐き出した。


 アーティファクトの身体ではある物ものの、内部構造は人とあまり変わらないのだろうか?


「……どうしたの? もうおしまい?」


「ぐっ、げほっ……ま、まだよっ!」


 ロザリアは顔を上げて私の顔を睨み、勢いよく立ち上がりながら私の顔面目掛けて魔法を放つ。


 いや、魔法なんて大層な物ではない。

 魔法の形に練り上げる事も出来ていないただの魔力の塊。

 膨大な魔力を力任せに私の顔面にぶつけて爆発させる。


 魔法を使ってきたのは驚いたけれど、そんな力の指向性が無茶苦茶な物大して怖くはない。


 まるでボールでも投げるかのように私の顔に投げつけられたそれを瞬時にもう一枚薄い障壁で包み込んで形を整えてから鷲掴みし、それをロザリアの顔面に返す。


 彼女の驚きと恐怖の顔が爆炎に包まれ、その身体が吹き飛んでいく。


 地面をごろごろと転がり、木に当たって止まる。

 彼女に追走するように追いかけていた私はのままロザリアの頭を蹴りつけ木に打ち付けた。



「……弱い。それでよく私を殺すなんて言えたわね」


「……あ、なた……には、負けないッ!」


 ロザリアは先程とは違い、私がやったように魔力を障壁で包み込んで球体にし、私の足元に投げつける。


 地面と接触した瞬間爆発を起こし、あたりに煙幕のような煙が広がった。


「なかなか飲み込みが早いわね。それに、込める魔力の質を変えたの? こんな小細工出来るなんて驚きだわ」


 煙かと思ったそれは水蒸気だった。

 ロザリアは昔から温度変化など生活に役に立てるタイプの魔法は得意だった。


 正確には、そういう物しか覚えようとしなかった。才能に溢れていたのに。


「こんな物で視界を奪っても無駄よ。ほら、貴女の動きなんて丸わかりなんだから」


 背後からの攻撃をかわし、風魔法で蒸気を吹き飛ばす。


「物真似は上手いみたいだけれど……魔法っていうのはね、こうやって使うのよ」


 私が避けた事で空を切るその腕を掴んで適当に宙に放り投げ、その身体に向かって氷の刃を放つ。


 本来なら腕の一本ももぎ取るつもりで撃ち込んだそれは、ただの鈍器のように彼女を吹き飛ばした。


「まったく、本当に丈夫な身体ね……当時の私なら喜んでその肉体を奪おうとしたでしょうね」


「ひぐっ……い、たい……」


「泣いていたって私は殺せないわよ」


「うぅ……っ、うぁ……」


 もう言葉も出ないの?

 体が丈夫でも痛みに耐えられないんじゃ宝の持ち腐れね……。


「うわぁぁぁぁぁっ!!」


 少し油断した。

 ロザリアが、感情の高ぶりに連動するように魔力を放出し、それを掌から一本の剣のように振り回す。


 反応が遅れて私の右ひじから先が切り離された。


「良く見ておきなさい。私が生きているのはこういう世界なのよ」


 肘から先の無くなった腕でロザリアを殴る。

 血を噴き出し、ロザリアの顔を真っ赤に染めながら何度も、何度も殴り続けた。


 そのうち腕が再生し元通りになる。


「私だってね、怪我すれば痛いのよ。痛覚は人並みにあるの。それでも、私やセスティはこの程度じゃ動じない。やるべき事を止めたりしない」


「……ひっ」


 再生した腕で最後にもう一度殴りつけてやろうかと思った所で、彼女が恐怖のあまり腕で顔を隠した。


「今度はこっちががら空きね」


 無防備になった胸元へ前蹴りを入れる。


「……つまらない女ね。私を殺す気があるなら泣くんじゃないわよ情けない」


 ロザリアが目にいっぱい涙を溜めながら私をキッと睨む。


 私に向かって彼女が氷魔法を撃つ。これもまた先ほど私が使った魔法だ。


「物真似じゃ勝てないと……いった!」


 言った、ではなく痛い、だ。


 魔法を障壁で弾いた瞬間、彼女は氷の刃を一つ手で掴んで私のつま先に突き刺してきた。


 その隙にロザリアは地面を転がって距離を取る。


「ふーっ……ふーっ!」


「まるで獣ね。でも……いい顔になったじゃない。本気でかかってきなさい」


 ロザリアは潤んだ鋭い瞳で私を睨み、あの剣を構えていた。

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