元魔王と決別の場所。


「……ここで良いわよね?」


 私はロザリアと共に城の裏手にある山へ移動した。


 ここは以前ロザリアがローズマリーと一緒に遊ぶのに使っていた場所だ。


 開けた場所もあり、戦うのに丁度いいだろう。



「……貴女がここを選ぶとは意外だったわ」


「私達の決着をつけるのにいい場所でしょう?」



「……そうね。ここにマリーが居ないのが残念だけれど……逆にあの子を巻き込まなくて済むしね」


 ロザリアはどこか遠くを見るような目をして、寂しそうに微笑んだ。


 この子は今何を考えているのだろう。

 どうして、自分の全てを奪った相手を目の前にそんな顔が出来るのだろう?


 そして、私は……いったい今どんな顔をしてるんだろう。


 きっと、彼女とは対称的にひどい顔をしているんだろう。


「なんて顔をしてるのよ……貴女は最後まで悪役でいてくれないと困るわ。これじゃどっちが悪役かわからないじゃない」


 ロザリアはそう言ってため息をつく。


「……まぁいいわ。そろそろ始めましょう?」



 私も、既に覚悟はできている。

 あの時の、本能のままにこの国を蹂躙した時とは違って、本当に守りたい物の為に、他者を虐げる覚悟。


 私は負ける訳にはいかない。


「行くわよ!」


 ロザリアが姿勢を落とし、地を蹴る。

 魔法による攻撃が来ると思っていたので反応が一瞬遅れてしまい、目の前まで迫ったロザリアの蹴りをまともに受けてしまった。


「ぐっ、あぁぁぁぁぁっ!!」


 脇腹がベキベキと乾いた音を立て、私の身体はあっという間に吹き飛ばされ木を二本程なぎ倒して止まった。


 アーティファクトの身体を持っているというのを正しく理解していなかった。


 それはロザリアも同じだったようで、私がよろよろと立ち上がって彼女を睨むと、驚いたようにこちらを見つめていた。


「……この身体の持ち主……メリーって言ったかしら? 彼女には悪いけれど、とっても使い心地がいいわ。貴女にだって通用する……!」


 彼女は王国で戦った時の感覚はほとんど残っていないらしく、今のボディのスペックに驚いている。


 こちらもセスティの身体で、アーティファクトが半分同化している上に幾つものアーティファクトを内包しているのだから身体の強度的にはそこまで差異は無いと思っていた。


 でも、受け止められなかったからと言って、蹴りをくらっただけでここまでダメージを受けるとは思わなかった。


 今の彼女はただの小娘だと思って甘く見た部分はあるけれど、ボディの基礎値がこちらより上なのは間違いない。


 ただ、相手の力を正しく理解していれば……。



「ふふっ、わたくしが貴女を苦しませる事が出来てるなんてね……このまま息の根を止めてあげるわ!」


 再びロザリアがこちらに突進してくる。

 不意打ちでないのなら対応する術はいくらでもある。


 両掌に障壁を張って、彼女の飛び蹴りの軌道を逸らすように受け流し、隙だらけの胸元へ魔力を込めた掌底を打ち込む。


 ロザリアはそれを防ぐことも出来ずにうめき声をあげて地を転がる。


「がっ……かはっ……い、痛い……」


 やっぱり、この子は……高機能のボディを手に入れてしまっただけ。圧倒的に経験が足りていない。


 現に、今は胸を押さえて蹲り、嗚咽を漏らしている。


 痛みにも慣れていない。

 戦闘に関する知識も無い。

 これでどうやって私に勝とうというのか。


 本当にアルは趣味が悪い。最低だ。


 私が死ぬわけにいかないのを理解した上で、私を憎み殺そうとする彼女を差し向けた。

 明らかに私に勝てる見込みがない状態のロザリアをぶつけて私を困らせようとしているんだろう。


 本当に腹が立つ。


 それもこれもすべて、元は自分が招いた事。

 自業自得なのは分っているけれど。


「もう、やめにしない? 時間は戻せないし罪は消えないけれど……アルプトラウムとの闘いさえ終われば、もうロザリアの好きにしてくれて構わない。私の事を殺したいならそうすればいい。まだあの剣持ってるんでしょう?」


 王国で戦った時にロザリアが使った剣。あのアーティファクトならばおそらく私の事もも殺せるはずだ。


「けほっ、げほっ……そんなのを、待っていて貴女がアルプトラウムに殺されたらどうするのよ……わたくしが、この手で殺さなきゃ……」



「……でも、今のロザリアじゃ私を殺す事は出来ないわ。さっきので分かったでしょう?」



「……かも、しれない。だけど……それでも私はやらなきゃならない。もしわたくしの力が足りずに貴女を殺せないなら……私を殺しなさい」


 私はその言葉に酷く動揺してしまった。

 彼女が自分を殺せと言った意味が理解できない。


「どうして……? 死んでその先に何があるのよ。私を殺して復讐したいんでしょう!?」



「そんな事は当たり前よ。だけど……わたくしは、それ以上に……もう、楽になりたいの」



 ロザリアは、そのアーティファクトの身体で、綺麗な、とても綺麗に輝く涙を地に落とした。



「わたくしが死ぬか、貴女が死ぬかしか道は無いわ。もうこんな思いに耐えられない。全部、全部終わりにしたいの」


 ロザリアはもう限界だったのだ。

 私に全てを奪われ、言葉も出せぬ状態でマリーの中に封印され、復活したら頭を弄られて自分が恨む相手になりきり、今やっと、こうして仇と相対している。


 彼女はここで全て終わらせようとしている。その終わりが自分の終わりか、私の終わりかはどっちでもいいのだ。


 そんな、投げやりな終わり私は認めない。

 私を恨んで。必ず殺すと、殺すまで死ねないと……そう言ってほしかった。

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