元魔王とロザリアの譲れないもの。


「……貴女が、私に礼を言うなんてね」


「勘違いしないで。わたくしは貴女を絶対に許さない。感謝したのはガーベラお姉様のお墓を作ってくれた事だけよ」


 分ってる。そんな事は言われなくても分っているのだ。


「ここには一人で来たの? 他に二人いたみたいだけれど」


 ロザリアはゆっくりと立ち上がり、膝についた土を払い落とす。


「あの子達は王国へ送ったわ。ここに居るのは私達だけよ」


「……そう。ちゃんと意図は伝わったみたいね。長かったけれど、もうそろそろ……終わりにしましょう?」



 ロザリアは静かにこちらに向き直り、寂しそうに笑った。


「わたくしはね、あのセスティって人と一緒に居たの。知ってるわよね?」


 私はその言葉に頷く。


 ロザリアはローズマリー……今はマリスと呼ばれているエンシェントドラゴンの中に閉じ込められていた。


 私が彼女の身体の主導権を奪い、ロザリアの意識はドラゴンの中へ封じた。そしてエンシェントドラゴンの形状も変化させ、小さな魔物にした。


 どういう経緯か知らないが、私がセスティと初めて会った時にはマリスはそれなりに魔力を吸収し自らの身体を自由に変化させる事が出来るまでに回復していたし、ロザリアも顕在する事ができるようになっていたようだ。


「わたくしはセスティと一緒に貴女に一度取り込まれたわよね?」


「……ええ」


 あの戦いの中で私はセスティを身体に取り込んだ。まさかセスティの着ている服がマリスで、ロザリアまで取りこんでしまっていたとは思いもしなかった。


「だからかしら……私には、貴女の考えや気持ちも分ってしまったの」


「……お転婆姫が随分おとなしくなったじゃない」


「煽ってるつもり? そんなに理解されるのが怖いの?」


 チクっと胸が痛んだ。

 見透かされていたからだろうか?

 彼女の言う通り私は、自分を世界に認めさせたかったくせに、理解されるのを恐れていた。



 私の矮小で醜い考えを、誰かに知られるのが、理解されるのが怖かった。


「貴女の事は絶対に許せない。……でも、何を思ってあんな事をしたのかは理解した。……勿論納得はできないけど」


 ロザリアはギリっと歯を食いしばって、言葉を続ける。


「きっとわたくしが同じ立場だったら同じ事をしているわ。それくらいには理解できる。だから……だからこそ許せないのよ。貴女が存在しているとね、わたくしがわたくし自身を許せなくなるの。貴女を理解してしまえる自分が……許せないのよ」


「ロザリアが私を許せないのは分る。何を言っても私がやった事は何も変わらないし、時は戻せないもの……」


 それでも。


「それを承知の上で、言わせてほしい。……本当に、ごめんなさい」


「いいわよ」


 ……? そんなバカな事があるか。

 私は、許されてはいけない。


「勿論条件がある。貴女が本当に許されたいと願うのなら……」


 ロザリアはそこで一度言葉を切って、力なく口角を吊り上げた。


「死んでちょうだい」


 ……本当なら、私はこの要求に応えてあげるべきなんだろう。

 だけど……。


「ごめんなさい。それに応じる事はできない。……アルプトラウムとの決着の時まで……私はまだ死ぬわけにはいかないの」


「そう……だとしても、貴女が死ななきゃ私は許す事ができないの。わたくしが、わたくしを許せない……」


「……気持ちは分るわ」


「分る? 何が分るの? わたくしの気持ちが、貴女に分るわけないじゃない。全てを奪われた人の気持ちがわかる? 大切な人を奪われた気持ちが……」


 ……そうだ。

 私は彼女から全てを奪ってしまった。


「私は、大切な友人を失ったわ……それに、大切な家族もいる。……もし、私の家族がロザリアに殺されたとしたら、きっと……いえ、絶対に許せない。だから大切な人を奪われた気持ちは分ってあげられなくても、失う怖さは分るのよ……」


「……貴女変わったわ」


「ええ、本当に……おかげ様でとっても生き辛くなってしまったわ」


「だったら、もう死んでよ……」


「……ごめんなさい。まだ死ねないの」


 アルプトラウムと決着をつけて、デュクシとかいう男をヒールニントの元へ返すまでは、死ぬわけにはいかない。


 それに……。


「私には、もう私が死んで悲しんでくれる人ができてしまったから……ごめんなさい」


「謝ってもお姉様は帰ってこない!!」


 ロザリアが感情を抑えられなくなり大声で叫ぶ。


「わたくしは貴方に死んでほしい! だけど貴女は死ぬわけにいかない。どちらかの望みは叶えることが出来ない!」


「……そう、ね」


「なら、それならっ! どちらかの願いを無理矢理押し通すしかないじゃない!」


 キッと、ロザリアが私を睨む。

 やっぱり、こうなってしまう。私が蒔いた種。

 私が摘み取った命の代償。


 それでも、私は……。

 死という逃げを選ぶわけにいかないの。


「私と貴女、どちらかが死ぬしか……もう残された道はないのよ。さぁ、始めましょう!?」



 仕方がない。こればかりは回避する事ができない。


 だから、せめて……。


「場所を、変えましょう?」


「……そうね。お姉様が安らかに眠れないものね」


 その言葉を発する時は、とても冷静に見えた。


 きっと彼女はわざと自分を鼓舞しているだけなのだ。

 私と戦う為に。


 今の彼女はメアリー・ルーナではない。

 ただのローゼリアの姫。


 きっとアルプトラウムはこうなる事が分っていて彼女を解き放ったんだろう。


 今の彼女は魔族を率いる魔族王でありながら、アーティファクトの身体を持っているというだけの、ただの人間だ。

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