元魔王の我儘。


「ローゼリアか……ロザリアが相手だったら俺も一緒に行った方がいいだろうな」


「そうね……そっちには魔族二体と魔物の大群。残りの面子で十分相手できると思うわ」


 おそらく王国に攻め込むのは完全に陽動だろう。

 私が後ろから尾行してるのを知らなかった?

 でもあの場所に私もいたんだから後をつけて来る事くらい分かってる筈……。


 もしかしたら……。


 私を誘ってる?


 私だけがローゼリアに来るように、そう仕向けているの?


 そうとしか考えられなくなってきた。


「……おにぃちゃん」


「な、なんだよ……そのおにぃちゃんってのなんとかなんねぇのか……?」


「いいじゃない。言わせてよ」


「分かった分かった。それで、どうした?」


「……あのね、少し我儘言ってもいい?」


 セスティは通信機越しに息を飲んだらしく一瞬黙ってしまう。


「……お前、それは……」


「お願いよ」


「嫌な予感がするが……言ってみろ」


「……ローゼリアには、私だけで行かせて」


 私の言おうとしていた事が分っていたのか、向こう側で大きなため息が聞こえた。


「それを俺が許すと思うのか?」


「……お願い。おにぃちゃん」


「お前さぁ……それはずるいだろうがよ」


 分ってる。だから出来るだけ姑息な言い方をしてる。


「勝てるのか?」


「分らない」


「それで許す訳がないだろう」


「それでも、よ。お願い」


「ダメだ。お前が生きて帰る事、それが最優先だって事を忘れるな。それさえ守れるのなら……」


 やっぱりセスティは甘い。

 ……いや、優しい。

 私の気持ちを汲んでくれている。


「分った。必ず生きて帰るし、ヤバくなったら転移で王国へ逃げるわ。それならいい?」


「ああ。頼むから無理だけはするなよ」


「ありがとう」


「その代わりこっちが片付いたらすぐにでもローゼリアへ向かうからな。もし一人でどうにかしたいならそれまでに終わらせろ」


 ……本当に、お人好しなんだから。


「貴女のそういう所好きよ」


「うるせぇよ」


「行ってくるね、おにぃちゃん」


「妹が出来たばっかりなんだ。俺もそうだが、おふくろを悲しませるなよ」


「うん、分った」


 通信を切って、ロザリアが向かった方向を見据える。


 もうその姿は見えない。

 だけど、もう後を追いかける必要はないだろう。


 そもそもロザリアなら転移ですぐにでもローゼリアまで行けた筈だ。

 それをわざわざゆっくり移動していたのは私に対しての意思表示だったのだろう。


 ここへ来い。


 いいわ。その誘いに乗って上げる。


 それに……貴女との決着をつけるのならローゼリア以外にあり得ないわよね?




 私はローゼリアの中まで転移した。

 城へはまだ距離がある場所。

 少しだけ、歩きながらこの瓦礫の山を見て行きたかったのだ。


 ゆっくり眺めて自分のした事をもう一度この眼に刻みたかったのに。


「……邪魔よ」


 私が言葉を投げかけても「グルルル……」と唸るだけで意思の疎通すらできない。


 そんな獣たちが数十体目の前に立ちふさがる。



「あぁ……貴方達が無理矢理魔物にされてるだけなのは分ってるし、私に嫌がらせするように言われてるのも分ってるけれど……」


 こんなのでは足止めにもならないのに、敢えてここでこんな有象無象をぶつけてくるのはただの嫌がらせだろう。


 しかもここに居るのは外見を弄られて人型に近い身体にされている者が多い。


「あの子、私よりも性根が腐ってるんじゃないかしら……」


 掌に魔力を集中させ、腕を振るう際にそれを放射状に放つ。


 掌から放たれた魔力の刃が、その場にいる魔物達全てを真っ二つにした。


 生命力だけはとても強いようで、そんな状態でも呻きながら地を這い、私の元へたどり着こうとする。


 本当に……趣味が悪い。


 私はやり方を改め、炎系の魔法で全てを燃やし尽くした。


「……お眠りなさい」


 出来る限り苦しまないようにしたつもりだけど、まだ息がある状態で燃やされるんだから苦しくないはずが無い。


 この子達は元は普通の動物だったか……。それですらこんな気持ちになるなんて私も感傷的になったものだ。


 以前この国の住人を実験台にして魔物を作り出していたというのに……。


 ロザリアの姉、ガーベラさえも。


 あの頃の私はこの世界のすべてを恨んで、憎んで、誰もが私にひれ伏せばいいと思っていた。


 特に、誰よりも許せなかったのがロザリアだった。


 私という存在はなんなのだろう?

 気が付いたらロザリアの中で生まれて、ロザリアの眼を通してしか世界を見る事が出来ない。


 彼女は全てを持っていた。

 幸せな家庭……優しい父や母、頼りになる姉、自分を敬ってくれる国民、そして美しい川、山、花、街並み……。


 私には何も無かった。

 私に無い物を彼女は全て持っていた。

 その上でとても我儘に、傲慢に育っていった。


 私はその全てを奪ってやりたくて、私の物にしたくて、この世界に復讐をしてやりたかった。


 私を否定するこの世界を……。


 私は当時の事を頭に思い浮かべながら、とある場所を目指した。


 もしかしたらと思ったのだが、私の予感は当たっていたらしい。


「こんな所にいたのね……ロザリア」


「……これは、貴女が作ったの?」


 彼女は振り返らずに、ただ一点を見つめて呟いた。


「……ええ、そうよ」


「そう。……ありがとう」


 そう言ってロザリアはガーベラの墓の前で膝をつき、祈りを捧げた。

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