元魔王と地下施設。


「彼女は……生きているの?」


 ロザリアは部屋の中にある大きなカプセルのような物の中で丸くなって浮かんでいた。


「生きている、という表現は正しくないね。そもそもMDは無機物だよ」


 無機物、という響きにシリルがビクっと身を震わせた。


 その様子を見る限り私は彼女に余程酷い言葉を投げかけていたようだ。ごめん。


「ボディの破損については大したことは無いし私でも修復は可能だがね、精神との定着が剥がれかけて面倒な事になりかけていたのでね。ここでしばし治療していたという訳だね」



「これは……治療用の器具ですの……?」


「君は本当に何も覚えていないのだな……ここは元々我々が神兵……古都の民と呼ばれる連中の為に作った医療施設のような物だよ。勿論、それだけではないがね」


 アルはシリルに冷ややかな視線を送る。自分が説明しなければならない事が増えてしまうのが面倒なのか、ただただ記憶を失っているシリルに失望しているだけなのか分からないが……。


「それ以外の用途としては倉庫としての運用がメインだったが……当時ここに放り込んであったアーティファクトの類は既に無いが、ここに三神器の一つがあった事を考えると暴徒の類に持っていかれたというよりは必要に応じてここから持ち出したという事だろうね」



 話が長いんだって。私も気になっていた部分の話だったからおとなしく聞いていたけれど、結局話がズレてどうでもいい内容になった。


「要するにローゼリアの地下みたいな物でしょう?」


「ふむ、その通りだね」


 この二言だけで説明がつく事をよくもまぁあれだけ回りくどく説明できるものだ。


「それで? もうロザリアは回復しているの?」



「ふむ……どうやら大丈夫そうだね。彼女には自分をメアリー・ルーナだと思い込むように暗示をかけていたのだがそれはもう機能しないだろう」


「やっぱりアレはアルがやった事なのね……本当に面倒な真似を……」


「楽しかっただろう? いやはやあれは見ていてなかなかの出し物だったよ」


 腹立つ……。いつもこうやって自分で場をかき乱して巻き込まれた奴等が慌てふためくのを見て喜んでる。


「相変わらず性格が悪いわね」


「昔は君もなかなかのものだったんだがね……私は少し寂しいよ」


「ふざけんじゃないわよ。当時から私は貴方の事を理解した事なんて一度も無いわ。断言してあげる」


「おやおや……悲しい事を言ってくれるじゃないか。まぁいいさ……私の事を理解できる相手がこの世界に残っているとは思っていないさ」


「メイディ・ファウストとかいうのが居るでしょうが」


 アルは一瞬顔をしかめた。


「ファウストは……自らの意思で私と同化したが、結局最後まで理解してはくれなかったよ。彼女は今元気にしているかい?」


「そんなの後で本人に聞いてごらんなさい。メディファスの中で大人しくしてるわ」


「ふむ……思いのほか弱っているのかもしれないね。私と切り離してしまった影響だろうか」


「……貴方がアルであり、デュクシであると言うのなら……もう一人忘れてるんじゃないの?」


 アルは不思議そうに首を傾げたが、自分で思い至ったようで「……あぁ、ヒールニントか」と呟いた。


「あんな女々しい方法でしか気持ちを伝えられないなんて貴方よっぽどひねくれているのね」


「あれはただの気まぐれだよ。事実を知った時彼女がどうなるのか、純粋にそれが興味あったのだが……その様子だと中身は無事に見れたようだね。ヒールニントはどうだった? 是非とも知りたい所だ」


 ヒールニントの話になった途端この反応。

 やっぱり未練たらたらじゃないの。アルプトラウムの部分でどうでもいいと思っていても、デュクシの部分が彼女に執着している。


 やはりこいつをアルから切り離すならヒールニントの存在が重要だ。

 強く意識させる事でもっと表層に出てくるようにしないと。


 だけど、それはまだだ。今はその時じゃない。



「残念だけどヒールニントには見せてないわ。あんな物見せられる訳ないでしょう? ……ただ、彼女はまだ諦めてない」


「ふむ……そうか。まだ知らない、か……それは、残念だ。しかし、それでいいのかもしれないな。その方が彼女の為だろうぜ」


 ……こいつは自分の存在がふわふわと変動している事をちゃんと理解しているのだろうか?



 わざわざ教えてやるつもりもないけれど。


「そろそろ終わった?」


 ショコラが待ちくたびれたようにうんざりした声を放つ。


「ああ、すまなかったね。では本題に入ろうか」


「どうするつもり? ロザリアはもう貴方の洗脳から解放されているんでしょう? だったら目覚めさせた所でメリットがあるとは思えないわ」


「ふふ……そう思うかね?」


 ぞわり、と背筋に嫌な感覚が走った。


「一体、何を考えて……」


「もう、私の役目は終わったよ。後は彼女が自分で好きなようにするだろう」


「何をふざけた事を……」


 その言葉を言い終わる前に、気付いてしまった。


 どうしてショコラもシリルも気付かなかった?


 カプセルの中に、誰も居ないじゃないか!


「アル!? ロザリアをどこへやった!?」


 ……問い詰めようとしたものの、既にアルの姿はどこにも無かった。

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