元魔王の心を貫く言葉。

 

「じゃあ連れて行くのは貴女の妹、ショコラだっけ? それとそこの無機物でいいのね」


「ムキーッ! なんなんですのこいつわたくしの事無機物呼ばわりするなんていい度胸ですわ!!」


「シリル、黙って」


「でもお姉様ぁぁ!」


「黙らないとご褒美無し」


「わたくし無機物です!」


 まったく、どうして私が子供のおもりなんてしなきゃいけないのよ……。


 まぁ、役に立つ物ならなんだって使うけれど。

 でもこの無機物は役に立つのかしら?


「シリルはよく分からんが、ショコラは……ちゃんとしてれば役に立つから。よろしく頼むよ」


 魔王セスティの頼みだって言うなら聞かない訳にもいかない。

 こいつには借りが幾つも出来てしまったから。


 ……私、何やってるんだろ。

 ちょっと前までは世界滅ぼす側だったっていうのに。

 って、ちょっと違うか。私は全ての人間を、この世の全てを見下したかっただけだから。

 自分が頂点に立って何がしたかったわけでもない。

 ただ、全てを力でねじ伏せて私という存在をこの世界に認めさせたかった。


 井の中の蛙大海を知らず……とは誰から聞いた言葉だったかしらね。

 この世界は私が認識していた物よりももっと広かった。

 ユーフォリア大陸の外にも国があって、それどころか最近聞いた話だと私達の世界は大きな惑星という大地の中の、ごく限られた部分だったらしい。

 それを支配下に置いて満足しようとしていたのだ私は。


 滑稽極まりない。

 別にもう世界に対する復讐なんてする気も起きないけれど、あの頃の私が知ったらなんて言うかしらね。


 この世界の外へ侵略しに行こうとする?

 アルが別の星から来たっていうなら宇宙へ行って他の星まで侵略する?


 ……はぁ、今なら考えるだけでも面倒くさいわ。


 私がこうなってしまったのもいろんな人達との出会い、そして私を受け入れてくれたセスティ、そしてこの国のせいよ。


 ……いや、正直に言おう。

 みんなとこの国の【おかげ】なのよね。


 私は私を認めさせたかっただけ。

 何もできず力も無くロザリアの中に閉じ込められて生まれてきた私。

 誰にも存在を知られる事も無くただ彼女の見る物だけを見て羨ましいと思う事しか出来なかった私を、すべてに認めさせたかっただけ。


 きっとそれだけだったのだ。

 勿論今でも私の事を全ての人間や魔物や魔族などが認知している訳でも認めている訳でもないだろうし、むしろ憎んでいる奴の方が多いかもしれない。


 それでも、私はここでメアとして、ロザリアではなくメアリー・ルーナとして認められている。

 私を受け入れてくれている。


 キャンディママもそう。彼女のおかげで私は変わる事が出来たと言っても言い過ぎじゃないくらい、私の人生においてとても大切な人。


 リンシャオさんだって。

 私が人の世界で一番長く暮らしたのはロンシャンだった。

 そこですべての面倒を見てくれたのはリンシャオさん。

 勿論あの時は私が闘技場を壊しちゃったから仕方なく、というのもあったのかもしれないけれど、それでもあそこで暮らした日々は私から世界への殺意を奪っていった。


 人々への恨みを和らげてくれた。


 当時の私はあの暮らしがどれだけ貴重で、尊いものだったのかを理解していなかったけれど。


 今だから分かる。どれだけ感謝してもしきれない。

 だからこそリンシャオさんには生きていてほしかった。私の力が足りなかった。


 もっと、もっと出来る事があった筈なんだ。

 私はディレクシアなんてどうでもよかった。

 天秤にかけたらリンシャオさん個人の方が重かったんだ。


 それでも、助ける事が出来なかった。

 それが彼女の本意であり、後悔はしていないと知っても……それでも私はまだ生きていてほしかった。

 私の我儘だけれどそれでも……。


 もう私は迷わない。

 なんどそう心に誓ったか分からない程同じ事を繰り返している気がするが、迷わないと言ったら迷わないのだ。


 大切な人を守る為なら命をかけよう。

 守りたい物を守る為なら我儘を突き通す。


 リンシャオさんが自分のすべき事だと信じてその命を賭したように。


 私も、私のやりたい事をする。

 やりたいようにやる。


 例えそれで誰かから、そして守りたい相手からすら恨まれる事になったとしても自分の気持ちに嘘をつくのはもうやめだ。


「なにぼーっとしてるの?」


「……別に、なんでもないわよ。そんな事よりどうして貴女は私の身体に纏わりついてるのかしら」


 あまりに近い場所からショコラの声が聞こえたので驚いたが、そんな事よりも、なんの気配も感じさせずに私の身体に抱き着いていた方が吃驚した。


「うーん。だってこれ本当はおにぃちゃんの身体でしょ? 近くにあるなら堪能しておかないと勿体ないかと思って」


「離れなさい」


「もうちょっと……」


「離れないと……って、ちょっとどこ触ってるのよっ!!」


 私だって人として過ごしている間にいろいろ知識を得たんだぞ? こいつが何をしているのか、以前戦った時に何をされたのかだってもうちゃんと分る。


 こいつはただの変態だ!


「やめなさいってば! ちょっと貴女、セスティ! こいつを何とかして!!」


「すまん、俺には無理だ。下手に止めようとするとこっちに飛び火するから……な? 分ってくれ」


「分ってくれじゃないわよ!! こら! そんなとこ触るなっ!! この身体がショコラの兄の物だとしても私は関係ないじゃない!」


「……おにぃちゃんの身体に入っている女の人……つまり、おねぇちゃん?」


 ショコラの放った一言に、何故か私は胸の辺りを思い切り貫かれた気持ちになった。

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