魔王様の苦悩。


 終わった。

 全てが。

 リンシャオという女が、ロンシャン第二皇女リン・リンロンとして撒き散らした戦火は、人的被害ほぼ無しのまま終結した。


 勿論ゼロ、とまではいかない物の、死亡者は最低限に留められたと思う。

 怪我人は山ほど居たが。


 ヒールニントの怪我は、驚くほど大した事がなかった。

 おそらくリンシャオは、派手に切りつけたもののその皮膚を薄く切り裂いただけで、自分の血を振りまく事で大きな怪我に見せようとしただけだったようだ。


 つまり、殺す気など無かった。


 その後飛び掛かったのは間違いなくサクラコに自分を殺させる為だったのだろう。


 しかし生き残ってしまった。

 俺の回復魔法でも手足を繋げられる事を知ってしまった。


 だから、あのような最後を選ばざるを得なかった。


 あそこまで追い詰めたのは俺のミスだ。

 リンロンが、リンシャオが死んだのは俺のせいだ。


「自分の責任だ、なんて思ってるんじゃねぇだろうな?」


「う……」


 俺の様子を見てサクラコは呆れたようにため息をつく。


「だって……実際俺がもう少し……」


「あいつは自分のやりたいように生きて自分の意思で命の終わらせ方を選んだんだ。誰の責任でもねぇよ」


 あの後俺達はディレクシアの城裏手側にある共同墓地に、被害者達を埋葬し、そいつらには悪いがリンシャオも同じくここに墓を作った。


「こいつは自分の人生には自分で責任を負える奴だよ。後悔なんて無い筈さ。あるとしたら……」


 あるとしたら、なんだろう。


「ほれ、次に会った時にまた奢ってやるって言ってた超高級な酒だ。たっぷり味わえよ」


 そう言いながらサクラコはリンシャオの墓石にどばどばと酒をぶちまけた。


「後悔があるとしたら、私の奢りの酒を飲めなかった事くらいだろうぜ」


 なんだそりゃあ……。


「前によ、別れる時に酒を奢ってやったんだけどな、その時酒場がこの酒を切らしてたんだよ。それを飲めなかった事をグチグチ言ってやがってな。生きてたら墓石越しなんかじゃなくてちゃんと飲めただろうに……馬鹿な奴だぜ」


「なぁ、リンシャオはどうしてあそこまでディレクシアに固執してたんだと思う?」


 俺の問いに彼女は大げさな身振りで肩をすくめながら「知るかそんなもん」とそっけなく切り捨てる。


「でもな、あいつは頑固だし、ああ見えて義理堅い奴だからよ。きっと誰かと約束したんだろうぜ。ディレクシアを滅ぼしてやるってな」


 ……誰かと約束。デュクシ……じゃないだろうな。

 死んだ姉……か。


 リンシャオはあの日からずっと今日の為に生きてきたんだろうか。

 ロンシャンが滅んでから、この日の為に水面下でずっと……。


 きっと悩む事だって、やめようと思った事だってあった筈だ。

 それは本人にしか分からない事だけど、メアに対する態度や最後の言葉などを聞けば、そうだったんじゃないか……そう思う事が出来る。


 それでも、あんなにボロボロになるまで自分の身体を酷使してまでやり遂げたかった事……。


 俺はとてつもなく不謹慎ながら、少しだけ羨ましくなってしまった。


 俺はいつもその時の感情に任せて無責任に生きてきた。

 やりたい事をやってまずい事になれば逃げて、それでもなんとかなっていたのは周りの連中のおかげだろう。


 自分のする事、した事全ての責任を自分で取るなんて、考えた事があっただろうか?


 きっと俺にはそこまでの信念は無かった。


 やりたい事は今までにもいろいろあって、それをある程度達成してきたように思う。

 要は、俺がそれをどこまで真剣に、本気で取り組んできたかだ。


 魔物の国を作ろうと思ったのは果たして俺の選択だっただろうか?


 自分をメアとして認識して記憶を失っていた俺が、今の俺とは別の人間として知らないうちに選び取っていた。


 俺は記憶が戻ってからそれを引き継いだに過ぎない。


 勿論当時の記憶も持ち合わせているし自分で決めた事なんだろうけれど、それを俺が選んだ事と思えずにいる。


 きっとあんな状況じゃなかったら、そんな事出来る訳ないと諦めて何もしなかったんじゃないか?


 リンシャオのように何かを選び取り、それを死ぬ気で達成しようと思えるだろうか。


 今俺にはやらなきゃならない事がある。

 デュクシを取り返す事。


 倒す事じゃない。元のデュクシを、人間として、俺の仲間として、取り返す。


 そうだ。それだけは本気でやるべき事だと思えるし、命を賭すだけの価値がある。

 そもそもデュクシがそんな事になってしまった事も元は俺に責任があるんだ。


 自らの責任を自分で取る。当たり前の事じゃないか……。


 これだけは必ず。

 諦める訳にはいかない。

 俺もいざという時の事を考えて覚悟を決めておくくらいした方がいいだろう。


「まーたなんか思いつめてるな? こいつみたいに自分のやった事に責任を~ってとこか」



 鋭すぎないか? 俺ってそんなに分かりやすいんだろうか……。


「まぁ好きにしたらいいさ。あたしは気ままに生きるし、やりたいようにやるからよ。でも一つだけアドバイスしてやるよ。何すんのも本人の勝手だけどな、それで誰かを悲しませるなよ? それが出来なかった時点でリンシャオは馬鹿なんだ。こいつみたいになるなよ」


 ……俺はダメな奴だ。大事な事を誤解していた。

 何も考えずに生きてきたかと思えば、悩みだすとどんどんダメな方向に進んでしまう。


 俺が一番やらなきゃいけない事は、俺を好いてくれる人達を悲しませない事、だった。


 それだけは、何があっても最優先しなきゃいけない事だった。


 そんなの昔も今も同じのはずなんだ。

 そんな事すら分からなくなっていた。


「ほれ、辛気臭い顔してるとあいつまで泣き出すから。これ以上面倒を増やすなよ」


 振り向けば、小さな花を胸元で握りしめたメアが立っていた。


「これがリンシャオさんのお墓……?」


「ああ。あっちでのんびり出来るように祈ってやれ」


「……嫌よ」


 ……あ?


「私、リンシャオさんとお別れなんて言うつもりないから。花は持ってきたけどこれはただのプレゼント。別れのつもりは無いわ」


 メアはなんだかスッキリとした顔をしていて、自分の中で既にどうしていくか決めているようだ。


 こいつは、強い。きっと俺よりも何倍も。


 リンシャオ、こいつは俺が面倒見なくても大丈夫なんじゃねぇかな。


「うえっ、なんかすっごくお酒くさいんだけど……何これーっ、うぷっ、吐きそう……」


「おい馬鹿、プリン! 吐くならあっちで吐け!」


「私はメアだって……うぷっ……」


 せっかく持ってきた花をその辺に落としてメアは墓の敷地から出ていった。


 ……前言撤回。


 やっぱりもう少しの間はお前の言う通り、俺が面倒見てやるよ。

 お前はそこでヒヤヒヤしながら眺めてろ。

 何もできずモヤモヤして、死んだ事をせいぜい後悔すりゃあいい。


「何笑ってんだ……?」


「別に。……なんでもねぇよ」






――――――――――――――――――――――――


お読み下さりありがとうございます。

今回で第三部 四章完結とさせて頂きます。


ロンシャン、リンシャオ編は割と初期の段階からずっと書きたい部分でした。

ディレクシアが絡んでくるのでここまで時間がかかってしまいましたが、書きたい事は書ききれたと思っております。

この作品も随分長くなってきてそれぞれのキャラに思い入れが強くなり、その弊害としてこういう展開を書くのが思いのほか精神的にキツかったです(笑)

上手く読者様に伝えられる文章を書けているかは分りませんが、少しでも作者の伝えたかった事が伝わっている事を祈ります。


次回から第五章が始まります。

宜しければ引き続きぼっち姫をよろしくお願い致します。

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