魔王様は認められない。


「城に戻るんだろ? あたしも連れていってくれよ」


「分かった。じゃあ掴まってくれ」


 俺は腕にサクラコをぶら下げたまま王城へ向かい、崩壊して風穴があいた部分からアシュリー達の居る場所へ降り立つ。


「せ、セスティ! ちょうどいいところに来た! 大変なんだ」


 アシュリーが珍しく狼狽している。


「どうした? 何があったか説明しろ」


「王が、ディレクシア王が消えた!!」


 アシュリー以外は完全に何が起きたのかを理解していない様子で、彼女が語るにはほんの少し前に不自然な魔力反応があったと言う。



 嫌な予感がする。俺の嫌な予感はよく当たるんだ……。

 今回ばかりは出来る限りこの予感は外れてほしい。


「何者かが転移魔法を使って王を拉致った可能性があるんだ。王が自らどこかへ行ったっていうのは考えにくいだろう?」


「……ああ、そうだろうな。このタイミングで王をさらっていく理由がある奴なんてかなり限られる」


 だからこそ嫌な予感がするのだ。


 俺はすぐにアーティファクトを起動し、ディレクシア王の居場所を確かめる。


 ディレクシアからニーラクへ向かう途中、少し外れた平原だ。

 念の為に、もう一人の居場所も調べてみる。


「……ちくしょう。メアを先に送り出したのは正解だったな……」


 すぐにでも転移で近くまで行こうと思ったのだが、念には念を入れた方がいいだろう。


「ヒールニント、一緒に来てくれ。お前の力が必要になるかもしれない」


「は、はい分かりましたーっ!」


「待てよ。……あたしも連れていけ」


 横からがしっと俺の手首を掴んできたのは……


「サクラコ……」


「何も言うな、なんとなく分ってる」


「……そうか、分かった」


 サクラコは見た事が無い程真剣な顔で俺の顔をじっと見てくる。

 今回については連れて行くべきだろう。


「二人とも俺に掴まれ! アシュリー、ちょっと行ってくるから後の事は頼んだぞ! 万が一の伏兵に備えてレオナを守ってやってくれ」


「あ、あぁ……任せろ!」


 おそらくリンシャオの伏兵はもう居ないだろう。

 そもそもそんな重要な役割を他の人間に任せるようなタイプには見えない。


 だから……これはリンシャオ本人の仕業だろう。


 二人が俺に掴まったのを確認して目的地へと転移する。


「あ、あの……私が必要って事は……もしかして……」


 俺達は広い草原に来ていた。


 ヒールニントの質問に答えるだけの精神的余裕がなく、とにかく辺りを見渡す。


「おい魔王さんよ! あそこだ!」


 サクラコの言葉に振り替えれば、そこには全身血だらけで天を仰ぐリンシャオの姿があった。


「ヒールニント、こっちだ!」


「ひ、ひゃぁぁぁぁっ!!」


 彼女の腕を掴んでリンシャオの元へ急ぐ。

 サクラコは既にそちらへ駆けていた。


「ひ、ひどい……こんな……」


 俺は今すぐにでもリンシャオを治療させようと思ったが、それどころではない状態のディレクシア王が視界の隅に入った。


「ヒールニント! 王を優先しろ!」


「えっ、あ……はい! 分かりました!!」



 どう見てもディレクシア王の方が致命傷だ。

 地に伏し、背中からは妙に湾曲した刀身の刀が生えている。


 辺りの草は血に染まり、雲の切れ間から差し込む光でぬめっとした光沢を発していた。


 俺の使える回復魔法で最上級はエリクシールライト……あれは切れた腕や足さえその場に有りさえすれば繋ぎなおす事が出来る。

 だが、今にも失われそうな命まで復活させる程優れた物ではない。

 失われた血液までは戻らない。


 まだ少しでも息があるのなら、ヒールニントに任せれば大丈夫だ。

 むしろ、彼女にもどうにもならなければもう助ける事は出来ない。


「……その声、ハ……鬼神、セスティか……遅かったネ、私は、やり遂げたヨ……」


「……馬鹿野郎」


 それは俺が発した声では無かった。


「……なんだ、お前モ居たのカ……サクラコ」


「もう、目も見えてねぇのかよ……何がお前をここまで突き動かしたんだ。馬鹿め」


 サクラコはリンシャオを見下ろしながら苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 ゆっくりとその場にしゃがみ込み、リンシャオの顔に触れる。


「ふふ……最後に、お前ノ顔を見なくて済むとは僥倖ネ」


「言ってろ」


「しかしディレクシア王ハ……もう、助からないヨ。私ノ……勝ちネ」


「……残念だったな。王はもう意識が回復したみたいだぜ」


 さすがにすぐに立ち上がれるような状態では無いようだが、なんとか命だけは繋ぎとめる事ができたようだ。


「……馬鹿な、事ヲ……言うな。そんな筈が無いネ……あれだけノ傷を負って……生き残れる筈ガ……」


「世の中にはお前やあたしが想像もつかねぇ程のスゲェ奴が居るって事だよ」


「フフ……そう、カ。私が成し得たのは国の破壊ダケだったか……は、はは……」


 リンシャオは血の涙を流しながら力なく倒れこみ、それをサクラコが受け止める。


「住民もほとんどは事前に避難させてるからな……お前は何も奪う事が出来なかったんだよ」


 サクラコは優しくリンシャオを抱きしめながら、その心を砕いていく。


「……私、ハ……なんの、為ニ……」


「馬鹿な事をしたって自覚が持てたか? ならまだ大丈夫だ。帰ってこいよ」


「魔王様! 王の治療終わりました!」


 ヒールニントが、王はもう大丈夫だと言ってこちらに駆け寄ってくる。


「ほら、お前も治してもらえ。罪を償って、また一からやり直せばいい。ロンシャンを立て直すんだろう?」


「……治す? コノ状態すら治せるト言うのカ……? フフ……冗談じゃ、ないネ」


 ゆっくりと王が身体を起こし、こちらの様子を伺っている。

 ヒールニントもリンシャオの所へ駆けつけ、手を当てて癒し始めた。


「鬼神、セスティ……メアには、すまなかったと伝えてクレ。……いや、もし私があのまま死んだと思ってるのナラ、死んだママにしておいて構わナイ」


「……ああ、分かったよ」


「きゃあっ!!」


 ふいに、リンシャオが長い袖の中に隠していた短刀でヒールニントの腕を切りつけた。


 派手に血が噴き出す。


 ヒールニントへそのまま追い打ちをしようとしたリンシャオに俺は反応が出来なかった。


「お前カラ殺す必要ガ有りそうネ!!」


「……馬鹿野郎が」


 ヒールニントに飛び掛かったリンシャオを、サクラコが一閃。

 空中で片腕と両足が切り離され血液が撒き散らされる。


 その血を浴びてしまったヒールニントはショックのあまり気を失って倒れてしまった。


「お前……私にわざと切らせただろう?」


「何……ヲ、馬鹿……な事……ヲ。私は、本気で殺すツモリ……だったヨ」


「あたしに友達を切らせやがって……許さねぇからな」


「ナラ、どう……するネ」


「魔王さんよ、こいつの手足繋げてやってくれ」


 言われた通り俺はリンシャオの腕と足を拾い、それを繋げようとした所で彼女と目が合う。


 見えているのか分からない瞳で、彼女は俺をじっと見つめ、掠れた声で呟く。


「メアは……手のかかる、子ヨ。ちゃんと……面倒を、見て……やる、ネ」


「……ああ、分ったよ。だから面倒を見るのはお前も手伝え」


「……ふ、フフ……死んで……モ、ごめん、ヨ……」


 俺が手足を繋げようと回復魔法をかけている最中に、彼女は無事な方の手で再び袖の中から短刀を取り出し、深く、深く自らの首を掻き切った。



「なっ!? おい、リンシャオ! ふざけるなよ! このまま終わりにする気か!? おい!!」


 彼女は何も答えない。

 繋がりかけていた手足も、それ以上再生しなくなった。


「畜生! お前が死んだらメアはどうする!? せっかく助けられると思ったのに! またメアに会わせてやれると、そう思ったのに……!! ふざけやがって!! 何とか言いやがれ!!」


 その身体をいくら揺さぶっても彼女は応えない。何も答えない。


「おい!! リンシャオ!!」


「やめな。……もう、死んじまったよ」

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