魔王様のメンタルケア。
「馬鹿よ……リンシャオさん……どうして? ねぇ、どうしてなの……?」
メアは俺にしがみ付いたままボロボロと大きな粒を地面に落とす。
これが当時俺達の前に立ちはだかったメアリー・ルーナとは思えない。
出会いは良くも悪くも人を変えてしまう。
リンシャオとの出会いは、きっと彼女にとってプラスになっただろう。
そして、別れはどうだろうか?
「ねぇ、どうして? リンシャオさんはどうしてこんな事を……」
「正義ってのは人の数だけあるんだよ。信念と、自分の中の正義がかみ合ってしまえば命を賭してでも戦おうとするだろうぜ」
「貴女は? 貴女の正義は何……?」
俺の正義……か。正直ちゃんと考えた事は無かったが……。
「俺は俺のやりたいようにやる。守りたい奴は守るし気に入らない奴はぶっ飛ばす。それが俺の正義だよ。そこに人間も魔物も関係ないってのがポリシーな」
「何それ。結局本能に従ってるだけじゃない」
「俺はそれでいいと思うぞ。メアだってリンシャオを守りたいと思ったんだろう? おふくろを守りたいと思ったんだろう? ……世界への復讐なんかよりも大事だと思える事を
見つけたんだろ? それでいいんだよ」
最後の部分は触れてほしくないところだっただろうけれど、敢えて今回は言う事にした。
リンシャオにも通じる部分だったからだ。
「リンシャオはきっとディレクシアを滅ぼすっていうのが自分の中で一番大事な事だったんだよ。だけどな、それがリンシャオの全てじゃない。お前と一緒に居た時の彼女だって、本当の姿だった筈だよ」
「騙されてたわけじゃないって言いたいの?」
「隠し事はしてただろうさ。だけどリンシャオはお前の言葉には耳を貸していた。ちゃんと正面から受け止めて返事をしてくれていただろうが」
「……うん」
「お前の知ってるリンシャオはどんな奴だ? 教えてくれよ」
メアの気持ちの整理をつけてやらないと、一歩間違えばこいつはまた世界を恨む事になってしまう。
「リンシャオさんは……口が悪くて、性格がキツくて、乱暴で……だけど、だけど……面倒見が良くて、本当は優しい人なの」
「そっか。ならそれもリンシャオの本当なんだよ。お前はリンシャオが何をしたって許すって言ってただろ?」
「……うん」
「だったらリンシャオの選んだ道にもそれなりの理由があって、俺には考えもつかない事情でこんな事をしたんだろうさ。それでも好きなんだろう?」
「……うん」
「確かに助けてやれなかったのは辛いだろう。でもお前にはリンシャオの気持ちだって分る筈だ。ただ、お前と違って曲げられない部分に今回の件が含まれていただけだろうぜ」
「……うん」
メアも以前は世界を恨んでいた。自分一人で世界全てを相手取って戦いを挑んだ。
理由は少し違うだろうけれどリンシャオも同じだ。
こいつらは似ている。
「私ね、キャンディママやヒールニント、みんなと出会って、いろんな事を経験して……変われたと思うの。だから、リンシャオさんだって変われたんじゃないかなって……だけど私じゃダメで……それが悔しくて……」
「俺もな、どうしても必要だと思っていた奴が居たんだ。そいつが居るから俺は自由に振舞えたし、人間としてそいつの事が好きだった。恋愛対象としてとかじゃないぞ? 純粋にいい奴だったんだ。だけどな、そいつはある日俺を置いて姿をくらましたんだ」
「……嫌われてたの?」
「そうじゃない。……と思う。あの人……勇者リュミアはね、私に守られるのが嫌だったんだと思う」
メアは不思議そうな顔で俺を見上げた。
「守られるのが嫌……? どうして?」
「勇者なんてもてはやされてる事にも難色を示してたような人だからね……名声に実力が伴っていない事が苦しかったんだと思うわ。勇者と呼ばれるからには自分が全てを守れる力が欲しかった。だけどそれは難しかった……」
「それでそいつは逃げたの? 情けない」
「久しぶりに見たあいつは立派に勇者をしていたよ。誰もかれもを守るのが大事なんじゃない。本当に守りたい人を命がけで守ろうとその身を投げ出せる。そういう姿を見て、この人はやっぱり勇者だなって私は思った。何も変わってなかった」
「……貴女にそこまで言わせるなんて凄い人なのね」
「あぁ、あの人は……凄いよ。どんなに力が強くたってダメなんだ。私はあの人みたいになりたいって心から思えたし尊敬してた。それは今でも変わらない」
「変わらない物もある……」
「そう。人は人との出会いで変わって行くけれど、その人にとって大事な事は変える事ができないのよ。リンシャオはきっとお前達との時間を大切に思ったとしても、それだけは変えられなかった。メアが気にする事じゃない」
だとしても、どうにかして変える事が出来たんじゃないかと後悔し続けるだろうなこいつは。
「もし納得できないなら……今後大切な人が出来た時、こんな事にならないようにしっかりメアが守ってあげなさい。間違った道を進みそうになったらこんな事になる前に止めてあげなさい。どうにもならないと感じたら私を頼って。力を貸すから」
「……うん。……りがと」
「少しは落ち着いたか? だったら今守れるものを守ってくれよ。うちのおふくろと一緒に居てやってくれないか? 万が一あっちにもロンシャンの兵が行ってたら困るだろう?」
きっとおふくろと一緒に居た方がメアの精神が安定するだろう。
これは彼女がここで止まってしまうか、先へ進めるかの分岐点だ。
「わかった。私、もう大事な人を絶対に失いたくない。失わない。必ず……守るから」
「おう。よろしく頼むよ」
「……うん、任せて」
メアが転移魔法でニーラクへ向かった後、俺も城へ戻る事にした。
「おっ、魔王さんじゃんよ。全部終わっちまったのか? 間に合わなかったかーっ」
飛び立とうとした時、俺に声をかけてきたのはサクラコだった。
「……他の連中はどうした?」
「いきなり魔導兵装動かなくなってよ、機能が完全に停止したからロックかかっちまって引っぺがすのめっちゃ大変になったんだよ」
……こいつ、面倒な事を他の連中に任せて一人で離脱してきやがったな……?
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