聖女様は幼女でも聖女。


「おやおや、まったく泣き虫な娘だねぇ。辛い事でもあったかい?」


「ぐすっ……わ、わたし……私ね、みんなに酷い事をしてきたのを思い出しちゃって……それでっ……!」


「よしよし。でも悪いとはちゃんと思ってるんだね。偉い偉い。……そしたら後は謝るだけさ」


 魔王ママさんはメアさんを優しく抱きしめてその綺麗な銀色の髪を撫でる。


「謝ったら……きっとわたし、私……許されちゃう……」


「変な子だねぇ? 許されるのが嫌なのかい?」



「……うん、怖いの……」


「人の優しさが怖いってか。そりゃなかなか難しい問題だねぇ? ……でも、焦らなくてもいいんじゃないかい?」


 その魔王ママの撫でる手があまりに優しくて、その声も表情もすべてが優しすぎて……私は、遠い記憶の中にあるお母さんを思い出してしまった。


「とにかく、だよ。あんたは私の娘だ。それは一切変わらないし変える気もないから。そこんところ宜しくね?」


「うん……うん。ママありがとう……だいすき」


「はははっ。まったく……うちのせがれもこんぐらい可愛けりゃ良かったのに。見てくれだけ綺麗になったってクソガキのまんまだったからねぇ。わたしゃあんたみたいな娘が出来てうれしいよ。改めて……名前を教えてくれるかい?」


「メアリー。私は、メアリー・ルーナ」


「そうかい。じゃあメアリー。それとそっちのお嬢ちゃん、とにかく上がっていきな」


「は、はい……」


 なし崩し的に私も建物の中へと案内され、奥にある小部屋に通された。


 どうやらここは噂に聞く娼館というやつらしい。


 正直言えば、私はそういうお仕事自体を見下している部分があった。

 だけど、そこで女将をやっている彼女、名前はキャンディというらしい。

 彼女を見ていると、私の考えがどれだけ浅かったかというのが分かる。


 何も知らずに、ただ身体を売る仕事、それに携わっている人々、そういうのは愚かで下卑た行為だと、勝手にそう思い込んでいた。


 今でも、仕事の内容自体は到底受け入れられる物ではないけれど、そういう仕事をしている人々は、きちんと自分を持っている。


 キャンディさんとメアさんの再会シーンなんて見てたら妙な偏見なんて吹っ飛んじゃうよ……。


 少なくとも、この人は私が思ってるような類の人じゃなかった。


「ところでそちらのお嬢ちゃんの名前は?」


 私達はたわいもない会話をしながらユリさんが入れてくれたお茶を飲む。あ、おいし。


「申し遅れました。私はヒールニント。ヒールニント・ウル・グレイシアです」


「……グレイシア?」


 私の名前を聞いてキャンディさんが首を傾げた。


「どこかで聞いた事があるような……」


 グレイシアってそんなによくある名前かな?


「おまえさん出身はどこだい?」


「……ノイルンという小さな村です。今は、もう無くなっちゃいましたけど……」


「そうか! 思い出したぞ!! あんたあの時の子供かい!!」


 ……えっ。

 キャンディさんはしきりに、「なるほどなぁ……」とか一人で納得している。


 私の、動悸が早くなる。

 あの村を知っている人がいる……?


 私を、知ってる人が……?


「キャンディママ、ヒールニントの事知ってるの?」


「あぁ……あの村でグレイシアって言ったら……君は、聖女様だろう?」


 心臓が止まってしまうかと思った。


「君のお母さんにも世話になったよ」


「は、母の……事を、知っているんですか……?」


「あぁ……懐かしいな。家族全員で旅行に出た事があるんだけどね。私が魔物から変な毒をもらっちまって、大きな街に行けばすぐに治るような物だったんだけど生憎薬の類を持ってなくてさ。冒険者やめて大分経ってたから身体がなまってたんだねぇ情けない」


 彼女は、それで近場の村に助けを請うために旦那さんと一緒に飛び込んだらしい。


「そこで君のお母さんに助けてもらったのさ。……正確には、君に……だけどね」


 私は、我慢できなくなって、生ぬるい雫が頬を伝って落ちる。


「母を……覚えていてくれる人が、居たんですね……」


「ああ勿論だとも。君達は命の恩人だからね」


「ごめんなさい……私はまったく覚えていなくて」


「しかたないさ。まだ君は三歳くらいだったんじゃないか? 逆に言えば、あの幼さであれだけの事が出来たのは脅威だね……」


「むぅ……」


 なんだかメアさんが私をじっと見つめてほっぺたを膨らませている。


「め、メアさん? どうかされましたか?」


「ヒールニントって私より昔からママと知り合いだったのね……」


 あっ、この人……拗ねてる。

 元魔王が、拗ねてる。

 やっぱりこの人可愛いなぁ。


「しかもママの命の恩人って……そんなの、私の恩人みたいなもんじゃないの」


「えっ、それはさすがに大げさなんじゃありませんか?」


「ううん。ママのおかげで今の私があるから……だから、そのママの恩人は私の恩人よ。あの時貴女のボディーガードを引き受けてよかったわ。聖女様ってのはよく分からないけれど、ヒールニントもある意味特別なのね」


 なんだか自分が覚えてもいないような事で強い恩義を感じられてしまった。


 申し訳ない気がするけど、この先元魔王が私をちゃんと守ってくれるのが確約されたって事? 私凄い。


「メアリー、私からもお願いするよ。このお嬢ちゃんを守ってやっておくれ」


「うんママ。任せておいてよ。邪魔する奴は全部私がぶっ殺すから♪」


 あー。この人すっごく綺麗な可愛い笑顔でめちゃくちゃ物騒な事言ってる……。


 でも間違いなく、最も頼りになるボディーガードだ。


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