姫魔王は誓いを守りたい。


「は、母上殿……セスティも悪気がある訳では無いんじゃしそれくらいで……」


「……はぁ、若奥さんがそう言うんじゃこのくらいにしておこうかね。ちゃんと大事にするんだよ?」


 やっと終わった……。

 懐かしいなと思えたのは最初だけで、それが延々と続くのはさすがにしんどい。


「なぁ、もう足崩していいか? 痺れて動けねぇよ……」


 正座をさせられ続け、気が付くともう感覚がなくなっていた。


 それもこの体の呪いのせいかすぐに治ってしまったが、そんな様子をみながらおふくろが一際大きいため息を吐く。


「それにしたって……あんた勇者の仲間が何をどうしたら魔王になっちまうんだい……しかも元魔王が奥さんだって? 世も末だよまったく……」


 おふくろにはめりにゃんの事情もあらかた説明した。ここに関してはわざわざ隠す必要もなかったし、一応めりにゃんはおふくろの娘になるわけだから早く納得してもらうに越した事はない。

 理解してくれると信じて話したが、どうやらいい結果に転んだようだ。


「息子がいつの間にか娘になったと思えば魔王になってるとはね……しかしよくやった。人間と魔物の争いを終わらせるなんてそうそう出来る事じゃないよ。あんたは自慢の息子だよ」


 おふくろはそう言いながら俺の頭をわしゃわしゃ乱暴にかき回した。


 ……なんだか心が温かくなる。

 きっとロザリアが言ってたのはこういう事なんだろうな。


「それにしてもあの馬鹿が魔物の国に居るとは……人間だけじゃ飽き足らず今度は魔物にまで迷惑かけてるのかい」


「糞親父は相変わらずセクハラ糞親父だけど、それでもあの国を守る為に命がけで頑張ってくれたよ。なんだかんだで一本筋は通ってると思うぜ」


「筋ねぇ……まぁあの馬鹿のセクハラ癖は昔からだからね」


 そう言って笑うおふくろの苦笑いはとても印象的だった。

 懐かしさを噛みしめるような、それでいてイライラしてるような、すべてを諦めてるような。


「もしかしたらそのうち頭下げに来るかもしれないからそしたらぶん殴ってほどほどに許してやってくれよ」


「……考えとくよ。さて……あんたら今日は泊っていくだろう? 飯くらいは用意してやるから。それと、私は……孫を楽しみにしてるんだから男としてやるべき事はきっちりしなさいね」


 おふくろはそう言い残し別室へ消えていった。


 食事の準備とか部屋の準備とかしてくれるんだろうけど、最後に余計な爆弾放り込んで行きやがって……。


「ま、ままま孫が見たいっていう事は、その……つまりそういう事なんじゃろか?」


「めりにゃん、慌てなくていいんだよ。おふくろには悪いが俺達には俺達のペースってもんがあるし、これからゆっくりと関係を深めていけばいいさ」


「そ、そうかのう? 儂としてはやはり、その……一種の到達点みたいな所もあるわけじゃし……」


 めりにゃんが顔を真っ赤にさせながら指先をくっつけたり離したりともじもじしている。

 それにあわせて背中の羽根や尻尾がぴこぴこ動いている。


 まったく、うちの嫁は最高だぜ。


 その日はおふくろの手料理をたいらげたのち、用意してくれた部屋で寝る事にしたんだが、あからさまに、そしてわかりやすく布団が一組だけ敷いてあった。


「せ、セスティ……?」


「おいおい。添い寝なんてこの前だってしただろ? 今更緊張する事ないだろう」


 嘘だ。むしろ俺が緊張している。

 あの時は考える余裕も無かったし酔って記憶の無い間にした事だから、こう改めて自らの意思でとなると全く話が変わってくる。


「そ、それはそうじゃが……あの時はロピアもいたので……その、状況が違うというかじゃな……」


 ……確かにそれはあるかもしれないが、添い寝程度でしり込みしていたらさすがにその先には進めないだろう。


「なぁめりにゃん、俺達はもう夫婦なんだし、今の俺は女の身体だろ? だから何か間違いが起きる事はないんだから安心していいぞ」


「間違い……? 儂と何かあるのは間違いなのかのう?」


「違う違う、そうじゃない。あーもう、俺はただめりにゃんを大事にしたくてだな……」


 必死に言い訳をしているとめりにゃんが俺の顔を見つめて笑い出した。


「何がおかしいんだよ」


「いや、セスティは変わらんなぁと思ってのう。初めて会った時からセスティは儂の事を気遣ってくれたものな。そのおかげで戦闘中に儂だけ助けようと手を離してしもうて……」


「その件は、その……ごめん」


 その話題を出されると弱い。俺もあの時は必死だったとはいえ、俺の事を信頼してくれていためりにゃんに対して失礼な行為だったと反省している。


「もう気にしておらんよ。それだけ儂の事を考えてくれた結果なんじゃろうし、それがあったから今こうして儂等は夫婦として一緒に居る事ができるんじゃから……その代わり、これから先同じような事があっても……」


 分ってる。もうそんな悲しい思いはさせない。


「めりにゃんを離したりはしないよ。俺達はもう夫婦、他人じゃない。だから今度こそ……本当の意味で、一蓮托生だ」


「改めて、ふつつか者ですが宜しくお願いしますなのじゃ」


 そう言ってめりにゃんがぺこりと頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそ至らぬ旦那でしょうけれど宜しくお願いします」


 俺も深々と頭をさげ、同じタイミングで顔をあげる。


 目が合い、なんだかおかしくなってしまって、二人でしばらく笑いあった。



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