隠者を振り回す存在。


「で? その証人ってやつは俺だけでいいのか?」


「本当は二~三人いた方がいいんだけどさ、こんな町にそうそう冒険者もいないしね」


 だから俺を見かけるなり即声をかけてきたってわけか。


「しかしそこの化け物を倒す事がそんなに偉業扱いになるのか? 俺はこの町にしばらく居たけれど特に騒ぎにもなってなかったぞ?」


「被害にあってるのは大抵王都から薬の素材探しに来てるような奴等さ。しかも化け物騒ぎが広まってからは手練れの冒険者を護衛につけて行ったやつらも居る。だけどそこへ行った者は……」


 誰も帰ってこなかった、って事か。


「それで王都ではかなりの懸賞金がかかった依頼になってるんだよ。既に冒険者が五組そこへ向かって失踪してる」


 ……ほう。それはなかなか面白そうじゃないか。


「そんな化け物をあんた一人で倒せるっていうのか? なんだっけ? にゃんこ?」


「ラニャンコフだ! にゃんこって言うな! ラニーって呼んでくれよ」


 ふむ。ラニーね、覚えた。多分。


「それでいつ行くんだ? 今日はもう日が暮れるぞ?」


「そうだな。明日の早朝出発って事にしようぜ♪ あんたは見ててくれりゃいいからよ」


 そうさせてもらおう。えー、えっと……にゃんこのお手並みを拝見しようじゃないか。


『早速忘れてるじゃないか』


 まぁいいだろにゃんこで。


「じゃあ俺は宿に帰るから明日の早朝呼びに来てくれ」


「ん……いや、その……それなんだが」


 急に歯切れが悪くなったにゃんこが気まずそうに言った。


「実は……泊る所を考えてなくて」


「じゃあ宿屋まで連れて行ってやるから。それでいいだろ」


「……その、ここの支払いしたら手持ちが……」


 マジかよ。そんなギリギリの状態で酒場なんかに来るな。



「というかその状態で報酬弾むとはよく言えたな」


「ちょ、ちょっとやめて! そんな憐れみの目で見ないでよ! 私だってほんとならもっとお金あったんだもん! 報酬は懸賞金の四割あげるから!」


 だもん! とか言われてもなぁ。


「分かった。……報酬は三割でいい。とりあえず仕方ないから宿代は俺が出してやろう」


「本当か!? お前いい奴だな!」


『残念だがね、財布の中身を確認してから発言した方がいいよ』


 ……あ?


 俺は自分からの進言に従い財布を開いて愕然とした。


 そうか、俺もそろそろこの町を出るつもりだったから……。


『そんなギリギリで酒場なんかに来るな、だったかな?』


 うるせぇなそういう事もあるだろ。


「すまん。やっぱり宿代だせねぇわ。今日の分は前払いしてあるから俺は宿で寝る。お前はどっかで野宿でもしとけ」


「おいおい冗談だろう!? こんなうら若き乙女に野宿しろっていうのか!?」


「お前みたいなゴリゴリの女戦士が何を今更……」


「誰がゴリラだ!! 酷すぎる! いくら百戦錬磨の私でも泣くぞ! 今ここで大泣きするからな! 周りの客達がお前の事を女を泣かせた酷い男だと冷たい視線を送るんだぞそれでもいいのか!?」


「いや、ゴリラなんて言ってねぇし……お前もう涙目じゃねぇかよ……」


 俺の言葉が終わる前ににゃんこの瞳から大粒の涙がぼろぼろテーブルに零れ落ちた。


 こいつの情緒はどうなってやがるんだ……?



「分かった分かった。宿は何とかしてやる。その代わり絶対に文句を言うなよ。俺の言う事に従え」


「ほんと!? ありがとう……めっちゃいい奴じゃん……」


 はぁ……こいつの相手結構疲れるな。


『いやいや。この子はなかなかの逸材だよ。久しぶりに笑いが止まらないね』


 俺は全然笑えねぇんだがな。


『笑いが止まらない君と笑えない君が居るという事さ。どちらも君なのだから受け入れたまえ』


 本当に我ながら面倒な状態だ。

 この聞こえてくる声が神の物だというのなら納得が出来るが、そうでもないんだよなぁ。


 あくまでも俺の考えであり、それを俺が勝手に聞き取ってるだけ……。


 そう考えると脳内で一人会話を繰り広げるヤバい奴みたいじゃないか。


「お、おい。それで私はどうしたらいいんだ?」


「お前は何もしなくていい。とりあえずここの支払いして俺の後をついてきな。何があっても絶対にしゃべるなよ」


「わ、分かった……」


 お互いなけなしの金で酒場の支払いをし、俺の泊っている宿屋へと向かう。


 言いつけ通り無言でとぼとぼとついてくるにゃんこはどちらかというと犬のようだ。


「あら今日はもう帰ってきたのかい?」


「ああ、今日はもう休むよ。だから起こさないでくれると助かる」


「はいはい。じゃあゆっくりお休み」


 宿屋に入ると高齢の女将さんが話しかけてきたが、にゃんこの事は何も言わない。

 俺が彼女の姿を見えなくしているからだ。


 そのまま何事もなく二人で俺の部屋へ。


「ど、どうなってるんだ? 私の料金は……?」


「ちょっとした裏技でな、あの女将にはお前の姿が見えてなかったんだ。だからおとなしくしてればバレずにここに泊まれる」


 そこで、にゃんこは顔を真っ赤になって俯いてしまった。


「お、同じ部屋に……泊るのか?」


「金が無いんだから贅沢抜かすな。何とかするから俺に従えって言っただろ……? ほれ、さっさと寝るぞ。ベッドへ行け」


 流石に俺が床で寝よう。


「おっ、お前……最初からそれが狙いだったのか?」


 あぁ? なんだ? 何を言ってる?


「俺に従えってそういう意味だったのか!?

 この部屋に連れ込む為に……ベッドにいけ? 寝よう? わ、私をどうするつもりだ! この、け、けだものぉぉぉ!」


 おい、待てって。自分の胸とか腕で隠しながら身をくねらせるな。誰もそんなの目当てに呼んだ訳じゃねぇ。


「馬鹿、静かにしろ! 女将にバレるだろ」


「よっ、寄るなっ!! このけだものめっ! 宿の提供と引き換えに私を抱こうなんて……」


「お前いい加減に……」


 黙らせようと掴みかかったのが間違いだった。


「きゃぁぁぁぁぁっ!! 犯されるぅぅぅ!!」


「なんだい? 騒がしいね……まさか誰か連れ込んでるのかい!?」


 やっべ。


 頭の中でもう一人の俺の爆笑が聞こえた。

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