第一章:新たな門出。
隠者は面倒が嫌いで楽しみ。
『あれからまたかなりの日数が経っていると思うのだが?』
そうだな。野党に襲われてから大体十日間くらいは経っているかな。
『君は……いつになったら動くのだね』
お前はもう俺なんだからごちゃごちゃぬかすな。なるようにしかならねぇよ。
『ふむ。心では楽しい事が起きるのを望んでいるというのに難儀な物だね。人間というのは余程複雑な思考回路をしているらしい』
俺はもう人間なんかじゃねぇよ。
『それは異な事を。間違いなく君は半分人間だというのに』
それを言うならお前だって半分人間だろうが。
『む……ははは。確かにそれもそうだ』
俺は今王都ディレクシアから東の方角にある小さな町で日々を無駄に過ごしていた。
ここはディレアという町で、大昔はここに王都があった、なんて言い伝えがあるんだそうだ。
どう考えてもこんな辺境に王都を置く意味が無いので事実ではないのだろうが、こんな小さな町で生きていくには何かしらの特別を信じなければやっていけないのかもしれない。
ボロい宿で部屋を取り、酒場に入り浸っては酒を飲み、飯屋に入ってそこそこの料理をつつく。
そんな毎日を繰り返していた。
ここも俺の生まれ故郷と同じで、酒を造って王都と交易をしているらしい。
穀類を材料に作っているらしく俺はあまり飲んだ事がない類の酒だった。
もともと酒の匂いだけでも酔っぱらってしまうほど酒に弱かった筈だが、アルプトラウムと同化した事により俺の体内に入ったアルコールは端から分解されてしまうため、一切酔いを感じない。
これはこれで不便なものである。
少しくらいの酩酊感は味わいたかったんだけどな。
『しかしこの酒という飲み物は変わった味がするものだ』
まぁ、酔えないんじゃただの美味い水だな。
「ねぇ、あんた冒険者だろ?」
隅の席に座ってひっそり飲んでいるというのにわざわざ声をかけてくる奴は大抵ろくなもんじゃない。
「おい無視するなって、こんな若い女がわざわざ声かけてるんだから喜べよな?」
「そういう言い方を自分でしてくる奴は大抵どうしようもない連中なんだよ」
俺の反応を完全に無視して、ジョッキを片手に俺の目の前にどすんと座ったその女はショートカットの赤髪で、女らしさが欠如しているボサボサ頭だった。
それなりに腕に覚えがあるのか手足にかなりの筋肉がついているし、あちこち傷だらけ。
なのにも関わらず防具は最低限の胸元だけを隠すライトアーマーに丈が恐ろしく短いホットパンツ。それ以外は全部地肌というちょっとアレな女戦士だった。
背中には体格に見合わないサイズの大剣を背負っている。
「……で? あんたみたいな痴女が俺に何の用だ?」
「ちっ、痴女……? おいおい兄ちゃんよぉ……ドラゴン狩りのラニャンコフと言えば王都でもちったぁ名の知れた……」
「知らないな。興味もない。用がないなら一人にしてくれないか?」
ずどん。と赤髪女の頭がテーブルに頭を打ち付けた。
怒って頭突きでもかましたのかと思ったがどうやら違うらしい。
「うぅ……私だってなぁ、必死に頑張ってここまで来たんだよぉ。それなのに……私の知名度もまだまだって事かよ……ちくしょう……」
「どうでもいいけど迷惑だから他所で泣いてくれないか?」
「おいお前! 目の前に泣いてる乙女が居るってのにその反応はねぇんじゃねぇか!? 人でなし!!」
残念だけどその通りなんだよ。俺は人ではない訳だからなぁ。
それに……。
「どこに乙女が居るって?」
「うぅ……っ。ひ、ひどい……えっぐ、うぐ……」
『この様子を眺めるのもなかなか面白くはあるのだが少々酷ではないかね?』
うるせぇなあ。……しかし、まぁそろそろいいか。
「で? その可愛らしい乙女がいったい俺に何の用なんだ?」
「かっ、可愛らしい……? ほんと……?」
「あー、うん。ほんとほんと。で、何の用だ? そろそろ聞かせてくれよ」
「あ、あの……ね、実は……この近くにゴルダイの丘って所があるんだけど、最近そこに変な化け物が住み着いて、人間が何人も襲われてるんだ」
……へぇ。流れ的にそれを討伐するのを手伝えとかそういう事かな。
「そもそもなんでそんな所に人間が行くんだよ」
「そこでは質のいい素材が取れるんだ。王都でも飛ぶように売れるくらいの薬の材料がね」
なるほどな。その薬の材料を取りにいった連中が軒並み狙われてるという訳だ。
「で? そこにいる化け物の討伐に力を貸せって言いたいのか?」
「ん? いやいやそうじゃないんだ。その討伐は私がやるから生き証人になってほしいのさ」
『はーっはっは! こいつは面白い。この女は自分が戦うから私にそれを見ていろと言いたいらしいぞ!』
うるさいって。言われなくても分かる。
「なるほど。一般人連れて行くのも危ないから冒険者を証人として連れて行こうって話か」
「そうそう! そういう事! どうだい? 報酬は弾むよ♪」
酒を飲むにも金が要るし物見遊山気分で着いていってもいいだろう。
「うん。面白そうだから構わんぞ。その代わり、相当ヤバくならない限り手は出さないからな」
「任せろ! むしろ手を出されちゃ困るってもんよ! また一つ私の偉業が歴史に刻まれてしまうな! がっははは!」
『ふふふ……やはり君は面白い女性に好かれる運命のようだ』
お前も俺だぞ忘れるな。
……しっかしこいつ大丈夫なんだろうか。
いろんな意味で不安だし面倒な事になるのは間違いないが、それもまた楽しみではある。
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