第三部:プロローグ。

隠者は目立ちたくない。


『あれから大分時間が経つが……君は動かないのかい?』


 うるせぇな。お前はもう俺なんだろう?

 だったら別個体みたいに話しかけてくるんじゃねぇよ。


『勘違いしては困る。私は君であり、君は私なのだ。だからこの声は君の声という事でもある。この意味がわかるかい?』


 アルプトラウムと俺は一つになり、意識も記憶も混ざり合った。

 十分な休息を取り、神の力も半分程度は回復しているだろう。


 あの日から、俺は特に何もしていない。

 きっと、その日は来る。

 だから敢えて自分からは動かない。


 少なくとも、しばらくの間は自ら目立つような行動をする気にはなれなかった。


 なるようになる。

 自然に身を任せる。

 もう何かをしなければいけないと追われる日々は疲れてしまった。


 魔王を倒さなきゃ、魔族を殺さなきゃ、不幸な少女を守らなければ。


 俺は結局、それらを越えたところに居る。

 どうしてこうなってしまったのか分からないが、結果的に魔族は自分の配下になり、ヒールニントの不幸な運命も歪める事に成功した。


 本当は今でも彼女の隣に居たかったけれど、今の俺にその資格はないんじゃないか。

 そんな考えが頭をよぎり、あの三人とは別れた。


 ……いや、別れたなんて言い方はこちらの都合のいい詭弁だ。

 俺はあいつらを捨てた。

 あの後何も言わずに三人の前から姿を消したのだからきっと恨んでいるだろう。


 しかし、こうやってヒールニントから距離を取ったからこそ分かる。

 俺は思っていた以上に彼女に救われていたのだと。


 一人あても無く放浪を続けているが、孤独は加速していくばかりだしもう一人の俺の声はいつまでも止まない。


 これも俺だというのであれば俺自身がもっともっと動いて積極的に世を混乱に陥れろと言っているような物だ。


 いや、実際そう思っているのだろう。

 それを、少しばかり残っている理性とやる気の無さで補っている。


 ただそれだけの生き物だ。

 神であろうと、勇者であろうと、俺はただ放浪するゴミである。


『自分をそう悲観するものではないよ。世の中には楽しい事が溢れているのだから』


 うるせぇよ。

 自分の声に自分で反論するとはなんと滑稽な事だろうか。


 アルプトラウムと一つになった俺は、間違いなく自分の意思で混乱を望んでいる。

 どうすれば世界が面白くなるのか、そんな事ばかりが頭を駆け巡っている。


 だけど、ハーミットとしての俺も、デュクシとしての俺もまだちゃんとここに居るんだ。

 神であり、勇者であり、そして姫の騎士……いや、ただのポンコツ剣士だった俺もここに居るんだ。


 そのすべてが俺で、またそのすべてを否定したがっている俺もいる。


 いろいろな自分を内包しているが故の矛盾した存在。

 それが俺だ。


 何かをしたいと思ったらそれは全て本当で、すべて嘘。

 もうどれが自分なのか分からないが、そのどれもが自分である。


 滑稽なもんだ。


 そして、余程の事が無い限り、全ての俺が同じことを思い、同じ結果を望むというのはほぼ無い。


 全ての俺の総意が同じ方向を向いてくれれば何も迷わずに動けるのに、何をするにも別のベクトルの答えが頭をよぎる。


 俺は今そういう生き物だった。



 だからどこへ行こうかと考えても大抵の場合は幾つもの考えが浮かび、全部バラバラの場所なので結局何も考えずに歩き回る。


 結果的に三日以上人里が無く飲まず食わずだった事もある。


 別にもう喉が渇いたって感覚すらどこかに行ってしまっているし腹が減る事も無いから死にはしないのだけれど、それでもたまに何かを腹に入れたくなるのは人間の部分がまだちゃんとあるという証拠だ。


 色んな事を考えてしまうけれどそのすべてが無意味。

 ただ楽しくなる事を期待して今日も歩くのだ。



「おいそこの小僧。命が欲しかったら有り金と身ぐるみ全部置いて行きな」


 ……極稀にだがこういう輩にも絡まれる。

 今までは街道から外れた場所を歩いている時にしか無かったのだが、どうやらこいつらもなりふり構っていられなくなったのだろう。

 ついでに言えば魔物が人を襲わなくなったから余計にこういう阿呆がのさばり出した。


「命が惜しかったらって言うけど、お前らも生きていたかったら辞めておいた方がいいぞ」


 一応忠告くらいはしてやらないとな。


「お頭ぁ! 今の聞きましたか? こいつ一人で俺達と戦う気ですよ!」


「まぁまぁ、若い頃っていうのはいろいろ夢見ちまうもんだから仕方ねえさ。大人の怖さってやつを教えてやろう」


 お頭とかいう奴の言葉に反応し、木陰からさらに続々と野党が現れる。


 身なりは汚く、服もいつ洗ったのか分からないような状態。

 髭は伸ばし放題で皆頭にバンダナを巻き、手には短剣やら斧やらを持っている。

 典型的な小悪党の集団といったところか。


 しかし、人数は大したもので、総勢五十名くらいはいるようだった。


「一応忠告はしたからな」




 ……意外とつまらなかった。


『うーん。全員の手と足を逆の位置に付け替える所はなかなかいい発想だったと思うんだけれどね』


 あぁ、それは結構笑えたな。あの人数で喚きながらさかさか動き回るのは滑稽だった。


 でもあれじゃ逆立ちしてるのとあまり変わらないだろう?


『確かにそうかもしれないね』


 次にああいうのに絡まれたら頭と足だけにしてみるっていうのはどうだ?


『それは愉快そうだ。是非ともそれでいこう。早く次の野党が現れないものかね』


 そんなに遭遇するもんでもねぇよ。


『しかし何故最後は楽に殺してやったんだい?』


 まかり間違って世の中にあんな奴等の遺伝子が残ったら子供が可哀想だろうが。


『ははは……違いない。私はてっきり慈悲の心でも働いたかと思ったよ』


 馬鹿言うなよ。

【俺】という個人の中に慈悲なんて感情は残ってねぇよ。

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