大賢者は天敵が怖い。


「神器礼装……だと?」


 そう言葉を漏らしたのは魔族ではなく、私の方だった。


「なんなんだそれは……?」


「知らないよ」


 ショコラは本当に知らないと言わんばかりに、眉間に皺を寄せて私の質問をめんどくさそうに流した。


「三つの至宝を集めた者だけが使用できる礼装とか言ってたよ。シリルが」


 シリル・ムネリア……。


 確かあいつはこの至宝の一つを守っていた部族の一人だったか。

 本人も神に作られ、宝を守る番人として長い時を生きてきた。


 そのシリルが言うのだからそういう事なんだろうけれど、だからと言ってこれはなんだ?


 ショコラにはとても似つかわしくない荘厳な雰囲気を醸し出している。


 全体的に白を基調としていて、ところどころに赤のラインが入り、それが巫女服らしさを出している。


 そして、その手にはあの短剣……だった物が握られていた。

 だった物、というのは、今では立派な刀身を輝かせていたからだ。


 胸元には勾玉のペンダントが鈍い色で輝き、鏡は手鏡ではなく小さなクリスタルの欠片のようになり身体の周りを浮遊していた。


「なんでか知らないけどね、私にはアシュリーがくらってた攻撃はまったく効果なかったんだ」


 おそらく至宝の隠された効果なんだろう。しかしそれと共にもう一つ気になる事がある。


「あの鏡、精神攻撃を反射する効果があるのか?」


「え、知らない。なんか跳ね返せそうな感じするじゃん?」


 おいおい……。なんとなくでやってみたら本当にそういう効果があったっていうのかよ。

 ほんとにこいつは直感だけで生きてるんだなぁ……。


 しかし、きっとそういう本能的な生き方をしているからこその強さなんだろう。

 私とは真逆だ。


 そして、あくまでも自分に対して正直に生きている事が、人間として不純だとしても純粋な想いとなって至宝に認められるまでになったのだろう。


 恐ろしい話だ。……本当に恐ろしい話だ。


「でも礼装が使えるとは聞いてたけどさ……これは動きにくいなぁ。素早い行動とか出来るのかな」


 とことんマイペースである。

 しかも先ほどの魔族はまだ生きているだろうし、やるなら早く止めを刺してこいよ……。


「く、くくくくっ!! 愚かなり人間!」


 ほら元気になっちまったじゃんよ。


「まさか我の攻撃をそのまま跳ね返すとは驚いたが……それももう通用せんぞ。こういう場合の対策もきちんと用意してある! 先ほどは突然の事で驚いたが……今ので我を倒せなかった以上、貴様の勝機は既に失われた!」


「……うるさいなぁ。ごちゃごちゃ言ってると殺すよ? ……あ、どっちにしても殺すんだったごめん」


「ふざけた事を……そちらの魔法使いは我のアーティファクトに手も足も出ない。そして貴様は……こうすればどうしようもあるまい!」


 そう言いながらバグベアーは再び宙に舞い上がる。


「もう先ほどのような攻撃は通用せぞ! まずはそこの魔法使いをじわじわ嬲り殺してくれるわ!」


 確かにショコラは空を飛べないし、私は未だに頭がぐちゃぐちゃしていてまともに動けない……。


 本当にこのままでは死んでしまうかもしれん……。


「はぁ……ばかばっかり」


 ショコラの身体がふわりと浮き上がる。

 特に魔法を使っているような気配は無い。


 という事は、これ自体がその神器礼装の効果という事になる。


 飛行魔法が付与されている?

 この礼装の性能をきちんと調べてみたいものだ。


「くっ! 空を飛ぶことが出来たところでそれが勝利に繋がる理由はどこにも無い! 我の力がこれだけだと思うなよ」


 朦朧とする意識の中、バグベアーがショコラに向かって数々の魔法を放つのが見えた。


 そして、その全てがショコラに命中し、ぱんっという軽い音と共に弾かれ霧散していく。


「な、なんなのだお前は!」


「ショコラはショコラだよ。ショコラ・セスティ……プリン・セスティの妹」


「何を訳の分からない事を……!」


「訳が分からないのはお前の方。プリンとショコラの名前は憶えておいた方がいい。無知なやつだと馬鹿にされるよ」


 すまんがそれは私にも何を言ってるかよく分からない。


「……よく考えたら覚えても今死んじゃうんだから意味なかったね」


「馬鹿な事を……まだ我が負けたとは決まっていない! 魔法を弾く礼装だというのであれば物理で殴ればいいだけの事!」


 めきめき、ぶしゅぶしゅと嫌な音を立ててバグベアの身体から手足が生えた。

 しかも明らかに身体とのバランスが悪いムキムキの手足。



「くらえ! 我の真の力!」


「いや、キモいよ」


 ショコラは、振り下ろされたバグベアーの腕を刀で受けた。


 すると、面白い程綺麗にスパーっと拳が裂け、二つに分かれていく。


「ひぃっ!!」


「いちいちうるさい……騒がなくてもちゃんと殺してあげるから静かにして」


「あ、貴女とは相性が悪いようだ。我はこれで引かせて頂きますよ!」


「だめ」


 ショコラが懐からクナイを取り出し、バグベアーに投げつけると、見事アーティファクトに突き刺さった。


 本物のアーティファクトならばあの程度で壊れる筈がないのでやはりガラス玉なのだろう。


 私の頭がすっと楽になっていく。


「あ、貴女の事は報告させてもらいますからね!」


 バグベアーが捨て台詞を残し転移魔法でここから撤退しようとしていた。


「逃がさない」


 既に敵の姿は消えてしまっていたが、ショコラが刀を思い切り振り上げ、空間を切りつけると……。


 ……嘘だろ? どういう原理だよ。


 ショコラの放った斬撃が、空間を切り裂き、空が欠けた。

 ボロボロと空に開けられた穴から破片が飛び散り、その中からバグベアーが真っ二つになってずるりと落下していく。


「この世に私の嫌いな奴が栄えた試し無しだよ。どやぁ」


 どやぁ。じゃねぇよ……やっぱり私にとって一番の天敵はこいつで間違いない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る