大賢者はいろいろ頭が痛い。


「……どうした? 様子がおかしいぞ」


「アシュリーが殺し過ぎて魔物も引いてるんじゃない?」


「殺そうとしてくるんだから殺したっていいだろ。……そんな事より、ショコラはこれどう思う?」


 今までとにかく進軍し続けていた魔物達がぴたりと止まり、遠目から様子を見ている。


 既に見渡す限り血肉の山が築かれているのだから本来なら歩みを止めるのも分かるが、あの連中は蟲の影響でそんな事を考えるような知性は持ち合わせていない……。


 それがこうやってわざわざ距離を取るという事は、何か理由がある筈だ。


「……理由は簡単だよ。ほら、アレのせい」


「あん?」


 ショコラの指さす方、つまり空を見上げると、そこには……。


「なんだありゃ……」


 そこに居たのはデカい球体。

 球体の表面にはびっしりと目玉が並んでいた。


「気持ちわるい」


 ショコラは眉間に皺を寄せてぼそりと呟いた。


 私も完全に同意だが、そんな事よりもあれは何か異質だった。


「愚かな人間よ。我の前に頭を垂れろ」


「残念だけど私はハーフエルフなんでね、人間じゃあないんだわ」


「……魔物だろうとハーフエルフだろうと人間だろうと同じ事。我の前では等しく地面に這いつくばるべし」


 なんだこの態度でけぇ黒毛玉は……。


「お前が魔族どもの隠し玉ってところか?」


「お前らと語り合う口を我は持たぬ」


 ……そりゃそうだろうよ。丸い球体の表面には目玉しかないんだから。そもそもどこから声出してんだこいつは……。


 それにしても、おかしい。

 妙なプレッシャーを感じる。これはこいつのせいなのか?


「随分と精神力が強いのだな。だがしかし……それもこれまでよ。再度告げる。頭を垂れよ」


 ぐにゃり。


 視界が歪む。


 なんだ? 何が起きた!?

 体に力が入らない。膝がカクカクと震えだし、やがて立っていられなくなって地面に膝をついてしまう。


「頭を、垂れよ」


「ぐあぁぁぁぁっ……!!」


 頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されている気分だ。


 いったい何をした……?

 精神汚染系の魔法か??


 しかし、私は精神系魔法にある程度の耐性がある。


 こんな奴の魔法ごときで脳みそおかしくなるほど耄碌していないつもりなのだが……。


 思考が上手く纏まらない。

 吐き気が酷い。


 手足が震えて、自然に地面へと蹲っていく。

 抵抗、でき……ない。



「やれやれ……私は寝てればいいんじゃなかったの?」


 ショコラの声が聞こえる。

 だけど今の私はもう彼女の方へ振り向く事すら出来ない。


 濡れた綿でも詰められたように頭の中が重い。

 手足が自分の物ではないような感覚に襲われ、感覚が次第に失われていく……。


 これは、まずい……。


 このままじゃ……殺され……。

 こんな、ところで……?

 こんな訳の分からない奴に……?


 畜生。

 畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!


「ふざけるなぁっ!!」


 割れそうな頭を少しでもはっきりさせるために、なんとか雷魔法を唱え自分に落とす。


「ぐぅっ……」


 痛みで少しだけ頭が冴えた。

 身体も少しだが動く。

 顔を上げ、上空を見据えると……。


「……これは驚いた。まさかこの力にまだ抗うだけの精神力があろうとは……」


 そういう奴の、数々の目玉の中に一つだけ、妙なガラス玉がはめ込まれているのを見つけた。


「ショコラ……アレだ、あのガラス玉を……!」



「ほう、これに気付くとは……これは魔族王様より預かりしアーティファクト。しかし気付いた所で今の貴様に何ができようか。大人しくこのバグベアーにひれ伏すのだ」


 そう、か……生半可な精神魔法ならば私に効くはずが無い。

 まさか魔族がアーティファクトを投入してくるとは思っても居なかった……。


 しかし相手が神ならば、その可能性も考えておくべきだったのだ。


 それに、あのアーティファクトはおそらく……。


 私が作った物を更に進化させた物。

 人造アーティファクトだ。


 私にはただの魔力貯蔵庫までにしか作れなかったが、当の神ならばこれくらいの芸当出来て当然か……。


 いや、まて……先ほどあいつが言っていた。

 魔族王様、と。なんだそりゃ?

 読んで字のごとく魔族の王なんだろうが……と、今はそれどころじゃなかった。


「ショコラ……! ショコラは……」


 彼女も同じようにこの精神支配を受けて倒れてしまったのだろうか?


「……ん? 何?」


「馬鹿な……何故貴様は立っていられる……?」


 魔族が驚くのも無理はない。

 ショコラは、まるで何事も無かったかのように私の隣に立っていた。


「私に頭を垂れろ!!」


「うるさいなぁ……。むしろお前が私にひれ伏せばいい」


 そう言ってショコラは手鏡をバグベアーと名乗った魔族へ向ける。


「ぬおぉっ!?」


 バグベアーが突然うめき声をあげ、地面に落下してきた。


 ドドド……ズズゥン……。


「思ったより大きい」


 ショコラは、彼女は何故この攻撃に耐えられたのだろう?


 考えられるのはやはり、三つの至宝……か?


「おまえ可愛くないしぶっ殺してやるから覚悟しろよ」


 抑揚のない声でショコラがそう言い放ち、懐から短剣と勾玉を取り出し、手に持っていた手鏡と共に天に翳した。


 まばゆい光がショコラに降り注ぎ、次の瞬間彼女は……まるで巫女装束のような白く神々しい服装に変わっていた。


「神器礼装、神威……とかいうらしい」


 私は気が遠くなった。

 こいつが更なる力を手にしてしまうなんて……ある意味神様よりも質が悪いってば。

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