お姫様は心が痛い。
「姫!? どうしてここに!? ……いや、そんな事より……会いたかったです! よくぞご無事で!!」
長い黒髪を後ろで一つ縛りにした背の高い女性が私を見て目を輝かせる。
今までの話を聞いて察するに、彼女がナーリアだろうか。
彼女の事も見覚えがあるのでおそらく間違いないだろう。
私は彼女を、そして私を見てガタッと席から立ち上がった人達全てを片手で制した。
待て、と。
「……みんなに大事な話があるの。再会を喜ぶ前に聞いてほしい」
「姫……? やっと会えたというのに……どうされたのです? 様子が変ですがまだ記憶が……?」
確かこのナーリアという子は姫、つまりプリン・セスティを心から案じていたはず。
だから私は彼女に真実を伝えなくてはならない。
「ねぇ、貴女が姫? まず挨拶くらいさせてよ。私はメア。メアリー・ルーナ。この魔物フレンズ王国で魔王をやらせてもらってる」
この部屋……食事をするところだろうか? ここへ入った時から気付いていた。
視界に入らないわけがないそのよく知った顔。
私と同じ顔。
「初めまして。私の名前はローゼリア第二王女ロザリア・アルフェリア・ウィルテスラ・ローゼリア」
ざわり。
場の空気が一変する。
その場に居た全員、反応は少々違えども……全ての者達が動揺を隠せなかった。
純粋に驚く者、何を言っているのか理解出来ない者、そして、信じたくない者。
私の隣にいたショコラでさえ、驚いていた。
私はじっとショコラを見つめ、私の意向を無言で伝える。
彼女はしばらく私の事を睨んでいたが、やがて諦めたのか大きくため息をついて近くの椅子に腰かけた。
「ど、どういう事じゃ? セスティ……ではないのか?」
「嘘です! そんな、貴女があのロザリアだというのであれば……姫は、姫はどこに……」
「私には、貴女方が言う姫……プリン・セスティの記憶も多少ですが持ち合わせています。元魔王ヒルダさんと、ナーリアさんですよね? 詳しく説明しますのでどうか聞いてもらえますか?」
彼女達には、他の誰よりも誠意を見せないといけない。
私がセスティでない事への謝罪。そして、期待させてしまった事への詫びだ。
きっと彼女達は私の記憶が戻れば、よく知っている姫が、セスティが帰ってくると信じていただろう。
その日をずっと待ち望んでいたのだろう。
その想いを私は裏切った。
私にはどうしようもできない事だとはいえ、その気持ちを察すると胸が痛む。
以前の私ならばそんな事まったく気にならなかっただろう。
誰かが傷付くことも、私が傷つける事も。
だけど私は沢山の人々に触れ、知ってしまったのだ。
この世界に生きる人間の善意と言う物を。
勿論、悪意もだが。
復讐の事しか考えていなかった私はもういない。
変わってしまった。自分でも苦しくなるくらい、変わり果ててしまった。
弱くなった、と思う。
以前の私に比べて精神的な強度は大きく下がっているだろう。
だって、こんなにも他人の事で胸が苦しいのだから。
だけど私はこの変化を恐ろしいと思う反面、これも私なのだと受け入れている。
今までの私がどれだけ浅慮だったのか、どれほど自分の事しか考えていなかったのか、思い知った。
正直まだ消化しきれていない部分はある。
だけど、私は……そう。
以前から変わらない事がある。
自分の気持ちに嘘はつきたくないという事だ。
「本当にごめんなさい。私は、貴女方が求めていたプリン・セスティではありません」
もう一度深く、その場に居る全ての人間、そして魔物達へ頭を下げる。
「お前……セスティじゃなかったんだな。まぁあたしとしては中身が誰だろうと構いやしねえんだが……ただなんだ、性格が変わりすぎて張り合いがねぇな」
サクラコさんは少し寂しそうにそう言った。
私は彼女にも悲しい思いをさせてしまっているのかもしれない。
カエルさんもそう。私に、「なんにせよ記憶が戻ってよかったじゃねぇですかい」と言いながらも困惑している様子が見て取れる。
「二人とも今までありがとう。私は……皆が望むような人間ではありませんでした」
セスティを知らないであろう魔物達まで、この場の空気が乱れている事を察し、何も口を出せずにいる。
退出する事もし辛いのか、どうしようか迷っている姿も多く見られた。
「私の事をお話するにあたって……いろんな事を説明する必要があります」
私は、以前ローゼリアで起きた事を分かっている範囲で全て話した。
ロザリアと、その中に居たもう一人の話、エンシェントドラゴンであるローズマリー……皆が言う所のマリスの事。
そして、神……アルプトラウムについて。
そして、ロザリアの末路、もう一人のロザリアが王国で実験を繰り返し国を滅ぼした事。
その顛末を。
無言で聞くアシュリーとショコラ。
悲痛な顔をするヒルダさんとナーリア。
他の人々もこの話を聞いて思う所があるのか眉間に皺を寄せる者、無表情な者、反応はそれぞれだったが……。
自然と視線が、魔王へと集まる。
「……薄々気付いては居たんだけどね。私が悪意を持ってあの国を滅ぼしたんだって……。貴女に謝らなければいけないのは私の方だ」
そう言って魔王は私へ頭を下げる。
やめろ。
違うんだ。
「貴女が謝る必要はありません。だって……」
そう、これを言ってやらないと彼女は自分の記憶に苦しめられる事になる。
私が逃げる訳にはいかない。
「あの国を滅ぼしたのは……貴女ではありませんから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます