絶望戦士は理解できない。



「断る」


『……ほう、大事な人の命に勝る何かがあるというのかい?』


 ねぇよ。そんなもんは何もない。

 ヒールニントが生き返るというのなら俺はこの命を捨てたっていい。


 だけど、俺がこいつに協力するって事は姫の邪魔をする事になる。


 それだけは絶対にダメだ。

 これ以上姫に迷惑をかける訳にはいかない。


『やれやれ。決意が固そうな目をしているね……そういう事なら特別に条件無しで力を貸してあげようじゃないか』


 ……なんだ? 何を考えている……!?


『そんなに疑わないでくれたまえ。いいかい? 私がこれからするのは時間を巻き戻すというよりは今起きた出来事を無かった事にするだけだ。そこからは君が自分でどうにかするといい』



 ……無かった事にするのと時間を戻す事にどういう違いがあるのか分からないが、とにかくヒールニントが死んだという事実が無くなるのならそれでいい。その後みんなを守れるかどうかは俺次第という事か……!


『うん。いい顔になった……。では因果を捻じ曲げよう。いいかい? 説明した通りこれをやったら私は力のほぼ全てを使い果たしてしまう。次があると思わない事だね』


「言われなくたって分かっている! 早くしろ!!」



 ――――――――――――――



「……迷惑ですか?」


 ……一瞬の酩酊。

 視界がぐるぐると周り頭の中をかき混ぜられたような不快感が身体を駆け巡る。


 そして、堪えきれない程の吐き気と。


 聞きたくて仕方が無かった声。


 俺は我慢できずにヒールニントを思い切り抱きしめていた。


「ひゃあっ!! は、ハーミット様!? きゅ、急に何を……えっと、みんなが……見てます……」


 ヒールニントだ。

 間違いなく、幻覚なんかじゃなく、確かにヒールニント本人だ。


「あ、あの……ハーミット……様……?」


 俺は、無意識に泣いていた。

 みっともなく、情けない事だがみんなの前で嗚咽を漏らしながら泣いた。


 ロンザもコーべニアも心配して声をかけてくれている。


 それに、ヒールニントは……。


「……どうかしたんですか? 辛い事が、あったんですか? よしよし。私の勇者様は泣き虫さんですねぇ♪」


 そう言いながら俺の背中に手を回し、もう片方の手で俺の頭を撫でた。

 身長差があるので俺が上から覆いかぶさるような形。彼女は下から真上を見るような感じで抱きしめあう。


「こ、コーべニア、俺達どうしよう」

「し、知りませんよっ! こういう時どうしたら……ッ!!」


 俺は出来る限り冷静に、呼吸を整える。

 まだ彼女のぬくもりに包まれていたかったが、そういう訳にもいかない。


 頭を冷やせ。

 今の状況を考えろ。

 これはどうやらあの村へ向かっている最中、もうすぐで建物が見えてくる頃合い……。


 今なら、まだ間に合う。


「みんなに話がある。……聞いてくれ。そして、これから話す事は荒唐無稽できっと信じられないような内容だろう。それでも俺を信じてくれるか?」


 ヒールニントを抱きしめる手が震える。

 彼女は優しく俺の頭と背中を撫で続けた。


 いつまでも甘えてはいられない。

 ゆっくりと彼女を離して、皆に向き合う。


 そして、この先……村の中で起きる事。そして神との邂逅。俺に何が起きたかまで一通り説明した。


「さ、流石に……そんな事って……なぁ?」

「僕に聞くなよ。信じたいけど……」


 それはそうだろう。

 俺だって人からこんな事言われたら、何を馬鹿な事をと笑うだろう。


「信じます。貴方の全てを、私は信じます」


 こういう時、ヒールニントが全面的に俺を信じてくれるのがとてもありがたい。


「ですが……今の話を聞く限り、私はそこで死ぬ運命みたいですね」


「……おい」


「ハーミット様は、今摂理から外れた事をなさっていますよね?」


 ……確かに、そうなのかもしれない。だけど……!


「私はハーミット様にそこまで想ってもらえて嬉しいです。ですが、人の命は失われたらそこまで……やり直しは無いんです。私がそこで死んだというのならば……きっと私はそこで死ななきゃいけないんですよ」


 俺はヒールニントが、この女が何を言っているのか分からなかった。


 自分が死ぬ事が分かっていて、自分がその運命を回避できる状態にあるというのに敢えて死にに行くと言っているのか?


「冗談だろ……? 俺に、もう一度お前が死ぬのを受け入れろっていうのか……?」


「私だってこれから死ぬのが分かってたら怖いです……逃げちゃいたいです……。ずっとハーミット様と一緒にいたいです」


「だったら、みんなで逃げ……」


「……ハーミット様。それは私達が本来知る事の出来ない情報です。運命っていうのは、簡単に変えてはいけないんです」


 なんでだよ。どうしてそんな事を言うんだ?

 俺には本気で理解ができない。


「考えてみてください。もしここで私が死ぬはずだったのに生き残ったとします。私が生きる事で、本来生存する筈だった虫、動物、もしかしたら人間まで……運命が変わって死んでしまうかもしれないんですよ?」


「わからねぇよ。お前が生きて他の虫や動物が死ぬ……? それがどうした。俺は他の人間の命と引き換えにしてでもお前に生きていてほしいんだ……」


 それが俺の本音。

 仮にロンザとコーべニアの命と引き換えだったとしても俺はヒールニントの生存を選ぶ。

 たとえ俺の命と引き換えだったとしてもだ。


「ハーミット様……そこまで私の事を……本当に、本当に嬉しいです」


 そう言って彼女はにっこり笑って、一筋の涙を流した。


「だからこそ……私が貴方の人生の枷になりたくない。……申し訳ありません」


 おい。

 何だよ。どういう事だ?


「私は……貴方を……」


 ヒールニントは、俺を抱きしめ、俺の腰から引き抜いたダガーで自らの首をかき切って死んだ。


 綺麗な笑顔を俺に向けながら。


 最後の言葉を呟いて。




「愛しています」

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