ぼっち姫、大賢者の手の上。

 ちょ、ちょっと待てよ。


「デュクシ、お前それどういう意味だ?」


「いや、姫ちゃんとパーティ組む前日だったかな……なんか手紙が来たんすよ。差出人不明で、鬼神セスティが王都へ向かっている。パーティを組むチャンスだぞ。って」


 おいおい。ナーリアはまだ分かる。妹だし、以前から連絡を入れていた事もあるんだろうから俺とパーティ組むように仕向けるのは出来ただろう。


 だからと言って何故そこでデュクシが出てくる?


「あぁ、その事ね。勿論それも私。理由は簡単よ。アンタは使えると思ったから」


 ……この女何をどこまで知ってるんだ?


「怖い顔するじゃない。デュクシとか言ったわね? とりあえずあれは私。それでOK? 今はそれ以上言えない。余計な事いうとそこの姫が怒っちゃいそうだからね」


 そう言ってアシュリーは俺の方をチラ見してほくそ笑んだ。


 あの質の悪い笑顔は絶対いろいろ把握してる。

 デュクシのスキルを理解した上で俺と同行させていたのだ。


 俺は、もしかしたらずっとこの女の掌の上で踊らされていたのだろうか?


「……お前、後で詳しく聞かせてもらうからな」


「あらおっかない。……まぁ、いつまでもこんな所で話しててもしょうがないわ。とりあえず私の家に移動するわね」


 アシュリーはそう言って話を打ち切ると、手をこちらに向けて、またニヤリと腹立つ笑い顔をした。


「もう面倒だから皆纏めていくわよ。はぐれて一人だけ取り残されたくなかったらじっとしてなさい」


 アシュリーの掌からうっすらと光る透明な糸が大量に噴き出して俺達一人一人に絡みつく。


 ライゴスはちょっと焦っていたが、めりにゃんが「大丈夫じゃ。あの女に任せてみるのじゃ」と一言いうと、大人しくなる。


 ナーリアとデュクシは、網で捕獲でもされてるように思えたのかバタバタ暴れていたので俺が「大丈夫だよ」と言うとすぐに落ち着いた。とは言え不安そうな顔でこちらを見てくるので、不安は消えていないようだ。



 そのまま俺達の視界は真っ白な光に包まれ、次に目を開けた時には木製ロッジのような、建物自体が少しアンティークの雰囲気がする部屋に居た。


「……ここに来るのも久しぶりだな」


 皆も物珍しそうに辺りをきょろきょろ見渡している。


 ここはアシュリーが住んでいる家で、出来る限り木材の温かみみたいなのを残した作りになっている。

 部屋の四方は出入り口と大きめの窓が一か所ある以外全て天井まで届くほどの巨大な本棚に囲まれており、見た事もないような書物がびっしり詰まっていた。


 部屋の中央には少し大きめの木製テーブルがあり、その周りに同じく木製の椅子が四つ。


 部屋の隅には小さいテーブルもあるがその上にはよく分からない実験器具みたいな物がひしめいていて、謎の容器の中で謎の液体がゴポゴポと泡を立てている。怪しい。


「さて、さっさと本題に入りたいから姫とナーリア、そしてそこのお嬢ちゃんはこっちの席について」


 アシュリーは既にテーブルを囲む椅子の一つに座り、いつの間に入れたのか紅茶を啜っていた。


 あ、どうやら俺達を迎えに来る前にここで飲んでいた物らしい。

 一口飲んで「うっわ……」と言って飲むのをやめてしまったので相当冷めていたようだ。


 その幼い容姿の眉間に深い皺が刻まれる。

 俺はこいつのこういうギャップというか違和感しかない感じが割と好きだった。


「……何見てんのよ。早く座れ」


「へいへい。とりあえず俺とナーリア、それと……めりにゃんがご指名らしいぞ。デュクシとライゴス、あとショコラはちょっとのんびりしててくれ。話を一緒に聞いててくれてもいいぞ」


「口を挟まなければね」


 俺の言葉にすかさず補足、というか注意を足してくるあたりしっかりしている。


 アシュリーはとことん無駄を省きたいタイプの人間……じゃないな。エルフなので、自分の思っているプロセスより少しでも遠回りがあるとすぐ機嫌が悪くなる。


 気が短いのだこの女は。


 結果として、ライゴスはめりにゃんの頭の上、そしてデュクシは椅子が足りないので突っ立ってる。


 そしてショコラは……。


「……アンタそれふざけてんの? 私の知らない間に幼女動物園の園長にでもなったの?」


 ショコラは、俺の膝の上に座っていた。


「……私の席はここ。譲らない」


「……譲ってほしくなんかないよ」


 アシュリーは更に眉間の皺を深くして、大きなため息を吐く。


「まぁいい。本題に入っていこうか。まず、ナーリア、そこの幼女は何者? 頭にぬいぐるみ乗せてるけどそれ魔物でしょ? それもかなり強力な。それを使役する幼女って……」


 アシュリーの質問にナーリアが困ったような視線を俺に向けてきたので、「こいつには言っていいぞ」と許可を出してやる。


「えっと、さすがにあまり人に言える情報じゃなかったのでお姉ちゃんには報告しなかったんですけど……えっと……」


 早く言ってやれ。アシュリーが爆発しそうだ。


「何?」


「その、あれなんですよ」


「アンタね、あれほど逐一報告しろと言っていたのに黙っていたのよね? それだけでも腹が立ってるのにこの上そんなに溜めるような事なの?」


 アシュリーという女は自分が知らない事を他人が知っているというのが耐えられない女なのだ。


 知識欲というか、負けず嫌いというか……。


「アシュリー、とりあえず落ち着け。ナーリアもいいからさっさと話してやれ」


 アシュリーは自分を落ち着かせる為にぬるくなった紅茶を啜り、目を閉じる。


「この子は、その……魔王、です」



 がちゃん。


 アシュリーが、俺が見た事の無い表情をした。

 ……目を真ん丸にして口は半開き、その小さな口の端から先ほど口に含んだ紅茶がつつーっとテーブルに垂れた。


 ティーカップは見事にその手から離れテーブルの上に有った受け皿とぶつかり、砕け散る。


 テーブルの上にほんの少し残っていた紅茶が広がるが、皆アシュリーの様子に驚いてそれどころじゃない。


 アシュリーは、ハッ! と意識を復帰させ、もはや手の中に無いのにエア紅茶を飲む。

 すぐにテーブルの上で砕け散ってるティーカップに気付いて、冷静になったのか、一度咳払いをしてもう一度訪ねた。


「……そ、その子が、なんだって?」


「だから、魔王です」




「……うそやん」


 俺は、初めてみるアシュリーの狼狽した様子に爆笑しそうになるのを必死に堪えた。

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