ぼっち姫、勇者との再会。


「見て下さいこの羽根、この尻尾。そしてこの角! この少女が魔物なのは事実です。そして、元魔王というのも事実なのです!」


 客のざわつきが大きくなっていく。それも無理はないだろう。いきなり目の前にいる小さな女の子が魔王だと言われて信じる方がどうかしている。


「信じるか信じないかはお客様次第なのですが、実はこの少女、先々代の魔王の娘なのです。この少女が魔王になった後、また新たな魔王が君臨しているそうです」


 情報が正確すぎる。

 単なる情報通、では説明がつかないほど内情に詳しすぎるのだ。

 やはり、これはそういう事だろう。


「魔物は人間の敵。個人的に魔物に恨みを持つ方も多いでしょう? この少女はその魔物達の頂点に居たのです。しかも現在は力を封印されただの少女。……つまり、人間の我々が、元魔王に、なんでもできるのです。これは凄い事ですよ?」


 糞野郎が。

 ざわつきが歓声にかわっていく。ここにはクズしかいない。


「元魔王を倒す事も、元魔王を奴隷として働かせる事も! さらには元魔王に自らの欲望の処理をさせる事だって可能なのです!」


 殺す。ここに居る奴等全員ぶっ殺す。

 きっと今めりにゃんはとても怖い思いをしている筈だ。

 俺の体が動くようになり次第、ここにいる奴をまとめてぶち殺してやる。


『主、落ち着いて下さい』


 これが落ち着いていられるか。

 このままじゃ俺の仲間達が……。


「うわっ、なんだ!? どうなってる! 早く照明を……!!」


 ……? 何かあったのか?


『我も詳しい状況は分かりかねますが、会場の人々の声を解析するに何者かが照明を落としたようですね』


 機材トラブル……という訳ではなさそうだ。


 なにせ、これだけ体が動かない状態でも分かる。

 今俺のすぐ近くに何かがいる。


「……」


 それは無言で俺の目隠しを外した。

 真っ暗の中、本当にうっすらとした明かりが目の前に灯る。


 ここはステージ裏だから、他の連中にはこの明かりが見えていないようだ。


 誰かが会場に乱入してきたらしく、大騒ぎになっている。

 怒号、罵声、悲鳴、奇声。


「いっ、いったい何が起きてるんだ……!?」


 司会をしていた男も混乱しているようだ。

 どうやら意図的な消灯……。

 このオークションを誰かが潰そうとしている。それは間違いないだろう。


 目の前に居たのは黒いフード付きマントを身に纏った小柄な少女。

 おそらくこいつがクレバーに雇われているという殺し屋なのだろう。

 腕前は暗殺者としては一級品だ。俺だってこのザマなのだから。


 ピンキーキャットとか言ったか。こいつ、俺をどうする気だ……?


「おどろいた。ちゃんと意識があるのね」


 俺は出来る限りの殺意を込めて睨む。


「……貴方に危害を加える気はない。むしろその逆」


 ……簡単に信じる訳にはいかないが、どうやら敵対するつもりは無い、らしい。


「オークションの客を全員捕まえたかったから……貴女には囮になってもらった」


 おいメディファス! 俺の言葉を伝えろ。


『主からのお言葉です。うるさいこのクソガキ。早く俺の体を自由にしやがれ。……だそうです』


「……何それ。何が喋ってる?」


『どうでもいいから早くしろ。との事です』


「べつに構わない。もともとそうするつもりで来た」


 そう言いながら少女は俺の太ももの辺りに手を当てて、ブツブツ何かを唱えたかと思うと、小さな針を刺した。


『不可解。ただの毒ではなく魔力を込めた物だったのですか?』


「お前がなんなのか分からない。答える義務はない……」


 メディファスが珍しく自分から話かけたが、そっけなく流されていた。ざまぁ。


「これで後三十分もすれば動けるようになる。後は勝手にして」


 あと三十分だと? 気が長すぎるっての!

 俺はなんとか自分の体に力を入れてみる。

 すると、微かにだが指や足の感覚が戻ってきていた。

 まだ動かす事はできないが、これなら三十分はかからない。


「……驚いた。普通そんなにすぐ動けない。……さすがにあの人が気にするだけの事はある」


「あ、の……ひと……って、だ、れだ」


 何とか声も出るようになってきたぞ。


「……貴女は特殊という事ね。とにかく私の仕事は終わり。これで知りたい事を教えてくれるのよね?」


 少女は、俺の背後へ向けて喋りかけた。

 誰か、違う気配がそこにある。


「あぁ、助かったよ。君の知りたい事はこの人が知ってるから後で聞いてみるといい。今は少しだけ二人だけで話をさせてくれないか?」


「……分かった」


 ピンキーキャットは、俺の背後にいる男の言葉に頷くと、ふっと視界から消えうせた。


 動け。

 動いて。


 お願いだから私の体早く動いて。

 後ろを振り向くだけでいいの。


 だから、だからお願い。

 その顔を見せて。


「久しぶり」


 リュミア……!!


「どうして、私を……」


「喋るの辛いんだろう? 無理をしない方がいい。そのまま聞いてくれ」


 嫌だ。

 顔を見せて。

 言いたい事がたくさんあるの。

 聞かなきゃいけない事がたくさんあるの。


『主、落ち着いて下さい。それ以上感情を高ぶらせては症状が悪化します』


「うわっ……びっくりした。姫はまたよく分からない事になってるんだな。ははっ」


 リュミアの声。

 間違い無い勇者リュミア。

 私が探していた勇者リュミア。


 ……どうして探していたんだっけ?

 リュミアを私のかわりに目立たせるため?

 リュミアを私の元に置いておくため?

 リュミアを、私の物にするため?


『主! それ以上は危険です!』


「姫の症状は悪化してるみたいだね。だったら俺も手短にするよ」


 やだ、そんな事言わないでよ。


「俺あれからいろいろ考えたんだ。そして分った。やっぱり俺は勇者の器なんかじゃないって」


 そんな事ない。勇者はリュミアしかいないよ。


「ピンキーキャットには知りたい情報を教えるって条件で手伝ってもらったんだけど……まさか姫まで捕まるとは思ってなかったよ。俺よりよっぽど強いのに」


「私……、弱いよ。心が、弱い……」


『主……』


 弱い。こんなにも自分が弱いと感じたのは初めて。

 今にも胸が引き裂かれてしまいそう。


「無理に喋るなって。俺さ、決めてたんだよ。クレバーをどうにかしたら本格的に引退しようって。だから俺はもう戦わない。誰も救わない。勇者じゃない。だから……」


「やめて。それ以上先は、……言わないで」


「だから、もう……俺を探さないでくれ」


「リュミア!! もう私を……っ」


 私はやっとの思いで力を振り絞って振り向いた。

 照明も戻り、開けた視界には……。


 既にリュミアは居なかった。


「……置いて行かないでよ……」




 私の視界に映ったのは


 クレバーに雇われている用心棒達をなぎ倒す、頭がぬいぐるみのマッチョマンだけだった。


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