10月の思い出
タッチャン
10月の思い出
二人の男が向かい合って座っている。
(ここで読者の皆様に彼らの名誉の為に言っておく必要がある。彼らはゲイではないと言う事を)
一人は黒と赤のチェックシャツに黒のパンツ、
右手に使いなれたペンを持ち、左手には厚めの手帳をもっている若い男。
もう一人は、全身黒で統一されたスーツを着て煙草を吹かしている中年の男。
中年の男は座りなれた書斎の椅子に背中を預けて窓の外の庭で子供たちが紅葉を集めている様子を見ていた。
若い男は初めて座る椅子や広々とした書斎の空気にやや緊張しながら喋りだした。
「お忙しい中取材を受けて頂きありがとうございます。
売れっ子作家の取材は初めてでして…
早速始めたいと思います。
編集長が他の雑誌に貴方が話した事がない事を聞き出すようにと言われて………」
中年の男は右手を上げて若い男の言葉を遮り煙草の灰を灰皿の中へ落とした。
(正直な所私は人の言葉を遮るような人間が嫌いだ)
窓の外から若い男へ視線を戻し、口を開いた。
「今からあなたに話す事は多分、人によっては悲しい話しだろうね。正常な神経とか、感情とかを持っていたらね。
そうじゃない人には一つも面白くない話しだと思うな。所詮は他人の過去の話しなんだから。
どうでもいいと思うかもね。
今日は特別な用事があって9歳と8歳の息子を連れて出かける事になってるから手短に話すよ。」
そう言うと中年の男は煙草を灰皿に押し付けて語りだす。
(言う必要はないが私は煙草が嫌いだ)
「これは僕と一つ年上の兄さんの話し。
僕と兄さんは親友だった。
兄弟にしては珍しくとても仲が良かった。
(珍しい事か?)
何処に行くにしても一緒だったし、
何かをするのも一緒だった。
小学生の頃は二人で遊んでいたし、中学生の頃は親父の煙草を盗んで公園で一緒に吸ったりもした。
(他に友達は居なかったのか?)
兄さんは楽しい時やふざけてる時とか、
僕の悩み事を聞くときは僕の事を相棒と呼んだ。
例えば、僕らは高校に進学せずに社会人になったんだ。
僕は家から近い居酒屋に就職して同僚の女の子を好きになった。その事を相談すると兄さんは真剣な顔付きで「相棒、当たって砕けろ。だぞ」
って言うんだ。こうやって僕の事を相棒って呼んでくれる事が結構嬉しかったりするんだ。
(結局、砕けたんだと思います。はい)
仕事が終わったら二人で飲みに行く事も多かった。
ナンパも沢山したし、町の不良と喧嘩もいっぱいした。もっぱら僕は平和主義者だから喧嘩は兄さんに任せてたけど。
二十歳を過ぎた辺りから兄さんはたまに暗くなるときがあった。
ほんの一瞬だけど別人みたいな顔になる事が多くなった。
直ぐにいつもの明るい兄さんに戻るから僕はたいして気にも留めなかった。
気にしとけば良かったと今は思うよ。
10月15日、兄さんは自殺した。
24歳の誕生日だった。
遺書はなかった。僕に相談すらなかった。
なぜ兄さんが自殺したのか20年過ぎた今でも解らない。
(本当に解らないのか、解ろうとしなかったのか、
本当の所は彼の胸の内のみぞ知る)
毎年、僕は兄さんの誕生日と命日の10月15日に墓参りに行く。
中学生のときから吸っていた煙草を供えに。
それが今日なんだ。
(もう一度言わせて頂きたい。私は煙草が嫌いだ)
兄さんの名前が刻まれた石に話しかけても返事は返ってこない。
(当たり前だと思うのは読者の皆様だけではございません。もちろん私も思います)
もう一度兄さんに相棒って言ってもらいたいんだ。
そろそろ行かなきゃ。
もういいかな?
他の雑誌には話したことないよ。今の話しは。」
若い男は悲しみを帯びた表情なのかそれとも、
他では語られなかった売れっ子作家のヒストリーを聞けて高揚としているのか、
そのどちらとも取れる表情をしていた。
(男の言葉を借りるなら、正常な神経を持っている記者だと私は思う。皆様はどうでしょう?)
中年の男は再び窓の外の庭で遊ぶ二人の息子に視線を戻した。
その時、ふと相棒と叫ぶ声が男の耳に届いた。
男は辺りを見渡し今は亡き兄の亡霊を探していた。
もう一度相棒と呼ぶ声が聞こえて男は気づいた。
彼の9歳になる息子が弟に向かって叫んでいたのだ。
8歳の弟は一瞬暗い表情をしたかと思うとまた元に戻り兄と紅葉を集めだした。
中年の男は二人の息子の姿に遥か昔の幸せだった頃の自分たちを写してそして、微笑んだ。
10月の思い出 タッチャン @djp753
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