灰は灰に、塵は塵に。

タッチャン

灰は灰に、塵は塵に。

大切な人が棺の中で眠っている。

目は決して開かれる事はなく、永遠に閉じたまま。

何で僕は涙が出ないのか考えていた。

周りにいる人達は皆、泣いているのに。

僕はずっと考えていた。

もう少しで答えが出てきそうだったのにその時ふと、

棺の中で眠っている妹が僕を呼んでる気がした。


答えは暗く、深い深い穴の中へ消えてしまった。


僕の2つ下の妹は13歳になったばかりだった。

昨日の誕生日は盛大に行われ、

両親も、親戚も、妹も、皆笑顔だった。

でも僕はうまく笑顔を作ることができなかった。


母さんが作った豪華な料理やケーキは僕以外の人達が全部、美味しそうに食べていた。

その光景がとても気味が悪くて、僕は吐きそうになるのを我慢していたくらいだ。


妹は皆からもらったプレゼントを楽しそうに開けては、一人一人にお礼を言っていた。

最初に両親から貰った小さな箱には、新品の自転車の鍵が入っていた。

次に親戚の人達から貰った物はあまりよく覚えてない。というのも、僕は彼らの事を快く思ってないからなんだと思う。昔からそうだったのだ。


皆の視線が僕へ向けられた。妹以外の視線が。

僕が用意したプレゼントを期待していたのだろう。

でも僕は何もあげなかった。

妹が僕に対して欲しがった物は約束を守る事だけだった。

僕は約束を守った。



今、棺の中で妹は目を閉じている。

永遠に閉じたままだ。

周りの人達はまだ泣いていた。

喪服を着て、頭を項垂れている人達の景色を見ていると頭が痛くなる。僕はどこかがおかしい。

その証拠に僕はまだ泣いていない。

たぶん、これからもずっと、何年たっても、今日僕が泣かなかった理由は分からないんだろう。



僕はプレゼントを自分の部屋へ運んでいく妹の後ろ姿を見つめていた。

戻って来た時、妹は僕の目を見て優しく微笑んだ。

賑やかだった家の中は静かになり、母さんが食器を洗う音が大きく響いていた。

僕と妹はテーブルで向かい合って座ったまま一言も口を聞かなかった。

僕達は両親が眠る為に自分たちの部屋へ行くまでそうしていた。

僕達の時間はここで止まった。

僕と妹の間には時計の針の音も、両親の寝息も、外の木々が擦れる音も、何もかもが聞こえなかった。

この世界に僕達二人だけが取り残されていた。



黒い塊達が僕に憎悪と嫌悪が混じりあった目を向けているのを感じながら僕は自分の両手を見ていた。

妹の首の感触がまだ残っている様な感じがした。

でもその様な物は何も感じなかった。

ただ震えていただけだった。

その時、妹が僕の耳元で囁いた気がした。

約束を守ってくれてありがとう。と。


暗くて深い穴の奥から僕が探していた答えが、這いずり出てくる。

罪悪感と言う感情が。

僕は罪悪感を感じていなかったのだ。

妹にとって正しい事をしたと思っていたのだ。

その感情は大きくならず、小さく僕の心の隅っこに横たわったままでいた。


玄関の前に佇む新品の自転車は誰にも乗られる事は無く、ただの鉄屑になっていた。

妹が乗る筈だった自転車は鉄屑でいる事を受け入れていた様な感じがした。

僕にはそう感じる。

この広い世界で一人取り残された僕だけが。


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灰は灰に、塵は塵に。 タッチャン @djp753

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