お酒の魅力

タッチャン

お酒の魅力

5杯目、6杯目、7杯目、8杯目。


バーボン、ジャック・ダニエルのダブルを飲み干す。

2杯で止めるつもりだったが、俺の頭の中から声がする。まだまだ飲ませろと。

俺はその声に抗う事が出来ない。

バーテンにもう一度だけ注ぐ様に注文し、

最後の1杯を時間をかけて飲む。


グラスを傾ければ氷がグラスの中で踊り、歌い、綺麗な音色を響かせて俺の脳を蕩けさせる。


他の酒ではここまで気持ちよくはならないのだ。

ジャック・ダニエルを飲み続けて20年以上たつが、

この酒を上回る物に出会った事がない。

俺の棺には、このボトルを1本入れて欲しいものだ。


最後の一口を飲み干す。

熱くて、上質な旨味が喉の奥を通りすぎる。

至福の一時。

この至福の一時をずっと味わっていたいが、腕時計の針は深夜3時を回っていた。

財布からお金を抜きとり、カウンターの上へ置いて店を出る。

空を見上げると無数に散りばめられた宝石がキラキラと輝き、寝静まった街を見守っていた。


タクシーを拾い、自宅の住所を告げて後部座席に背中を預ける。

窓ガラスに額を付けて外の景色を眺めていた。

ゆっくりと流れる街並みが色褪せてぼやけて見えるのは、アルコールが俺の頭を支配しているせいでもある。俺はこの感覚が好きなのだ。


車内は暖かく、酒の匂いが充満していた。


瞼を閉じて少しだけ仮眠を取ろうとした時、何処からかクラクションが鳴り響いた。

横からライトが照らされ、眩しくて目を開けると、

目の前に鉄の塊が現れた。


横から追突され、タクシーは衝撃に耐えきれず、勢いよく回転し、ガードレールに突っ込んだ。

窓ガラスが割れて、破片が車内に散らばる。

意識は朦朧とするが生きている。

悪運が強いな。

その証拠にかすり傷ですんだのだ。

だが運転手はぐったりとして動かなかった。

彼を助けないと。

ドアを開けようとしたが、追突された衝撃で曲がり開かなかった。

窓から上体を出して慎重に地面に足を下ろす。

その時後ろから、大丈夫ですか?と声がした。

振り替えると、額から少しだけ血を流し、左腕を押さえながら男性が近寄ってきた。

追突してきた彼は気が動転していたのか、何度も謝罪してきた。

俺は彼を落ち着かせて、警察と救急車を呼ぶ様に説得した。


少し離れた場所で電話をしている男性を横目に、

運転席のドアをこじ開けて、運転手を引っ張り出す。

その時不思議なことに酒の匂いが辺りを包み込んでしまったのだ。

20年間、鼻に染み付いた匂いが。

一瞬、俺のせいだと思ったが、匂いの元は俺の首に手を回してぐったりとしている運転手からだった。


沢山の警察官や救急隊が事故現場を覆っている景色を眺めながら、俺は明け方の空を見て煙草を吹かしていた。

俺の隣で事故の詳細を警察官が話してくれた。

タクシーは赤信号を無視して交差点に入ったそうだ。大分前から運転手は眠っていたと言っていた。


煙草を地面に落として踏みつける。

俺は薄明かるくなった空を見つめながら思った。

誰も彼も酒の魅力には抗う事が出来ないと。

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お酒の魅力 タッチャン @djp753

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