関係者達との面会



「――それで、オズウェル君とは、あれから一度も会えていないと」



 面会室の壁際に佇むティムは、肩を落としながら、小さく頷いた。


「彼のアパートは訪ねてみたのかい?」

「……いいえ」

「なら、一度足を運んでみたらどうだい?」

「でも、何を話したら、いいのか」

「単純に、仲直りがしたい、では駄目なのかい?」

「……仲直りは、したいです。でも、俺、オズウェルさんに、罪は犯して、欲しくなくて……」

「あぁ、成程。その点ですれ違っている限り、難しいと」


 もう一つ、ティムの頭が上下する。


 ティムの隣で、ラヴは微笑んだ。


「まぁ、そう気にする必要もないと思うよ。オズウェル君は今、少々意固地になっているのさ。同時に、君の言い分も理解している。

 彼があの時独り言を言ったのは、恐らく自分の感情に折り合いを付ける為だろう。そうして、君が手伝ってくれないのは仕方ないという事にして、やり過ごすつもりだった。しかし、堪え切れずに爆発させてしまった。

 きっと彼も、ティムと同じように悩んでいるだろうね。どうやって仲直りをしようかな、と」

「……そう、でしょうか」

「そうだとも。彼の主治医を勤めていた私の言葉が、信じられないかい?」


 ティムは、緩慢に首を横へと振った。

 ラヴの笑みが深まる。


「ティムはよく頑張ったよ。相手の意見を否定するのは、とても大変な事だ。けれど、オズウェル君を想って、一生懸命伝えた。それは君の優しさであり、誇るべき素晴らしい行動だ。もっと胸を張りたまえ」


 ふふ、と喉を鳴らし、ラヴは腕を伸ばした。ティムの頭を、優しく撫でる。


「そんな偉い君に、私から一つ助言だ。

 オズウェル君と仲直りがしたかったら、まずは君から歩み寄った方がいいだろう。

 オズウェル君は、悪い人間ではないが、少々頑固で素直ではない。だから、自分から謝るなんて出来ないだろう。いや、謝る必要はないか。お互い相知れない考えを持っているのだからね。


 なので、『あの一件は水に流しましょう。いつものように楽しく食事をしましょう』という意思表示を、君の方からしてみせるんだ。そうすれば、必ずやオズウェル君は応えてくれる。多少の文句は言われるかもしれないがね。

 まぁ、困ったお兄さんの相手をすると思って、我慢してくれたまえ」

「……そうしたら、オズウェルさんと、仲直り出来ますか?」

「オズウェル君が変に拗らせていなければね。まぁ、それならそれで、少し時間を置いてから、もう一度会いに行けばいい。彼の好きな葡萄ジュースを手土産に持っていけば、より効果的だろう。

 そうして共に飲みつつ、オズウェル君と接触していない間の私の話でも聞かせてやれば、いつも通りとはいかないまでも、次回の約束位は取り付けられるさ。

 大丈夫だよ。少なくとも、このまま喧嘩別れにはならないだろうから、安心したまえ」

「……はい」


 項垂れるティムの頭が、小さく上下する。

 ラヴはもう一度撫で、ふふ、と喉を鳴らした。



 つと、面会室の扉が開く。

 ガラスの仕切り板越しに、中へ入ってきたクリフォードと目が合った。


 ラヴは微笑み、仕切り板の前に置かれた椅子へ腰掛ける。



「やぁ、久しぶりだね、ドナルド・ル・ボン君。元気かい?」



 手を膝の上で組み、ラヴはクリフォードが連れてきた、ややふくよかな男――ドナルドを見つめる。


 ドナルドは目礼だけ返し、用意された椅子へ座る。クリフォードは、入口の脇に控えた。


「すまないね、突然呼び出してしまって。今日は、君の幼馴染であるジェフの自殺について、いくつか話を聞きたいんだ。いいかな?」

「……あぁ。だが」

「分かっているよ。どうしても必要でない限りは、ポーリーン君を召喚しない。約束する」

「……よろしく頼む。漸く気持ちを持ち直した所なんだ。子供達も、段々笑顔が増えてきて……」

「その笑顔を、また曇らせたくはないんだね。だから、代わりに君がこの場にいる。知っている事は全て話す。そうだね?

 大丈夫だよ。君が約束を守ってくれる限りは、こちらも真摯に対応するつもりだ」


 ドナルドは、頷くように頭を下げた。


「では、早速始めよう。

 調書によると、君はジェフから、死ぬ三日程前に、自殺について打ち明けられたんだよね?」

「あぁ。でも今思えば、それよりもっと前から様子が可笑しかった。自分が死んだ時の話や、ポーリーンさん達を頼むって、頻繁に口にするようになってな。

 何を言ってるんだって笑い飛ばしたんだが、もしかしたら症状が悪化したのかと思って、ポーリーンさんに聞いてみたんだ。でもそんな事はなくて、なら少し弱気になってるんだなって、その時は思ったんだが、まさか、自殺を考えてたとは、流石に思ってもみなくて」

「集団自殺を決意する切っ掛けは、入院仲間のヘンリーだったそうだが」

「そうだ。ヘンリーさんは、自殺する半年程前、奥さんと一緒に外出したらしい。どうも結婚記念日だったらしくてな。ほんの少しの間だけ、二人の時間を楽しんだそうだ。

 けど、奥さんがトイレに行ってる間に、急に具合が悪くなって、倒れちまったんだと。で、たまたま近くを通り掛かった若い兄ちゃんに介抱されて、事な気を得た。


 それから数日すると、その兄ちゃんが病院まで訪ねてきてくれたらしい。ヘンリーさんはとても喜んだそうだ。

 この時、自分の病気の事とか、奥さんに迷惑掛けてるとか、金の心配とか色々話して、何て言うか、精神的にも辛いっていう話をしたんだと。

 そうしたら、その兄ちゃんが、教えてくれたらしい。

 他殺に見える自殺の仕方を」

「ほぅ。他殺に見える自殺の仕方、ねぇ」


 ラヴの目が、楽しげに細められる。


「ジェフは最初、ヘンリーさんが騙されてるんじゃないかって心配したらしい。もしくは、性質の悪い冗談だったんじゃないかって思った。

 だって、その自殺の仕方を教えてくれた若い兄ちゃんは、警察の人間だって話なんだよ」

「えっ」


 ティムは大きな体を跳ねさせ、思わず声を上げた。

 集まった視線に、慌てて口を塞ぎ、何度も頭を下げる。


「すまないね、ル・ボン君。続けてくれたまえ」

「あ、あぁ。

 まぁ、兎に角、ジェフから聞いた話だと、ヘンリーさんがそう言ってたらしいんだ。それで、ジェフ達は訝しんだんだが、でも、ヘンリーさんの決意は固くて、自分が死ねば奥さんは楽になる、他殺となれば保険金も払われる、今よりずっと楽な生活をさせてあげられる、そう言ったんだと。

 で、他殺に見せ掛けるから、少し手伝って欲しいって言われて、だったら自分も一緒に死のうって、ジェフは決めたらしい。そうしたら、他の仲間も便乗して、結局六人全員で自殺する事にした」

「君に自殺を打ち明けた理由は?」

「俺のケーキを自殺に使うからだと。

 最期にどうしても俺のケーキを食べたいって、ジェフは思ってくれたみたいでな。でも、俺のケーキに異物を混入されたとなると、確実に疑われるのは俺だ。それに、折角のケーキへわざわざ殺鼠剤を入れるなんて、作り手の矜持を傷付けるかもしれない。そう思って、予め伝える事にしたらしい」

「君は、止めなかったのかい?」

「止めたよ。でも、あいつ、昔っから人の言う事なんか聞かなかったから。一度こうだって決めたら、周りが何しようと絶対折れねぇんだ。

 例え俺が裏切って、あいつらの計画潰した所で、またやるに決まってる。

 知ってるんだよ、俺は。あいつはそういう奴なんだよ」


 ドナルドは目を伏せ、感情を押し殺すように眉を寄せた。


「何故ジェフ達は、遺書を残したんだい? それも若い兄ちゃんとやらの指示なのかな?」

「さぁ、分からねぇ。でも、そうなのかもしれねぇな。少なくとも、ジェフには思い付かなそうな事だ。もしもの時の為に保険を掛けるだなんて」

「そうか。では、その若い兄ちゃんとやらについて、知っている事を全て話して欲しい」

「そう言われても、俺はジェフからその存在を又聞きしただけだから、知ってる事なんざほぼねぇよ。ジェフ自身も、直接は会ってないみてぇだしな。

 まぁ、もしかしたらヘンリーさんの奥さんとか、同じ病室だった奴なら、見掛けた事位あるかもしれねぇが」


 そう言って首を傾げるドナルドに、ラヴは、成程、と微笑んだ。








「そういえば、今更だが」


 本日の面会を終えたラヴが、クリフォードを振り返る。


「ル・ボン君は、捕まらなかったようだね。彼はジェフ達の自殺を知っていた。更には、殺鼠剤入りのケーキを食べやすいよう細工もした。殺人ほう助の罪を問われても可笑しくはないと思ったのだが」

「……そのほう助された人間達の家族から、嘆願書が届いた。彼はただ、故人の遺志を尊重しただけであり、また故人も彼が裁かれる事を望んではいない、とな」

「ほぅ。それで彼は、釈放されたと?」

「流石に無実とはいかない。だが減刑と執行猶予が付き、実刑とはならなかった」

「まぁ、妥当な所だね」


 ふふ、と喉を鳴らし、ラヴは足を組んだ。


「所で、ル・ボン君が言っていた、他殺に見えるような自殺の仕方を教えてくれた、若い兄ちゃんとやらについてだが……どう思う、クリフォード?」

「……警察官に、そのような真似をする者はいない」

「という事は、黒幕君が嘘を吐いたと?」

「そうだろうな」

「けれど、苦しむヘンリーを楽にしてやろうという気持ちは、弱者を守ろうと日夜活動する警察の人間らしいものではないかい?」

「我々と犯罪者を一緒にするな」


 鋭く睨まれるも、ラヴは平然と微笑むばかり。


「では念の為、黒幕君が警察関係者だった場合と、そうでなかった場合の二通りで推理してみよう。黒幕君の自称を鵜呑みにするつもりはないが、万が一という事はあるからね」


 ラヴは、徐に小首を傾げる。長い髪が、肩の上を音もなく流れた。


「あぁ、そうだ。クリフォード。ピーター君からは、何か新たな証言を得られたのかな?」

「……いいや」

「そうか。では、何か分かったら教えてくれたまえ。ティムも、引き続き頼むよ。無理のない範囲で、ピーター君から情報を引き出してくれたまえ」

「が、頑張ります」

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