犯人達との面会
特別監房の鉄格子の前へ、がたいのいい男が座っている。
囚人が着る簡素な服を纏い、厳つい顔を少し俯かせた。武骨な手を膝の上で組み、口を固く結ぶ。
そんな彼を、クリフォードは入口の脇から、ティムは壁際から眺めた。
特別監房の外では、数名の看守が待機している。
「やぁ、久しぶりだね、ユリエル・リリー君。いつぞやの事件以来かな。元気かい?」
鉄格子の奥から、ラヴが微笑み掛ける。
ユリエルは、小さく会釈を返すのみ。
「さて。今回君にきて貰ったのは他でもない。
君に犯行を促した人物について、少々話を聞きたいんだ」
ユリエルの指が、僅かに震えた。
「私はね、君が起こした事件の概要を聞いた時、特に疑問に思わなかったんだ。いい大人ならば、この程度は自分で考え、実行してしまうだろうとね。
けれど君と直接話をした時、その考えが若干揺らいだんだ。ただ、その時の私は、問題視しなかった。こういう事もあるだろうと受け流した。
今思えば、それが黒幕君の指示だったのかもしれないなと、そう考えてね。それで、こうして確かめようと思ったんだよ」
ラヴは、目の前のがたいのいい男を、見据える。
「単刀直入に問う。君に犯行を促した人物とは、一体誰なんだい?」
しかし、ユリエルは口を開かない。
「君と黒幕君は、どういう関係なんだい? 君から黒幕君を頼ったのかい? それとも、黒幕君から近付いてきたのかい?」
ユリエルは、黙っている。
「黒幕君は男かい? それとも女かい? 見た目は? 一体どのような人物なのだろうか? 私に似ているかい?」
ラヴの声だけが、辺りに響いては消えていく。
無言を貫くユリエルに、ラヴの笑みは深まる。
「そのだんまりも、黒幕君の指示かな?」
ユリエルの眉に、つと力が籠った。
「君は、必要最低限しか語ってはならないと言われているね。下手に口を開けば、その分綻びが生まれ、君の本当の犯行動機や、誰にも知られたくない想いを暴かれる恐れがある。
仮に暴かれたとしても、認めずに黙っていれば、それは誠とはならない。予め決められていた、『アリッサ恋しさに殺害してしまった』という、いかにもな動機が採用され、世間にもそれが事実だと認識される。
警察は、君と黒幕君の掌の上で、転がされたというわけだな」
顎にも力が入り、上下の歯が擦り合わさる。
「まぁ、安心したまえよ。例えここで何を言おうとも、既に公式とされた記録が変わるわけではない。君の発言はここだけの話となるし、証言台に立つ事も、名前を公表して内容を語る必要もない。
君が望むのなら、司法取引をしても構わないと警察側は言っている。黒幕君の存在を教えてくれるのならば、減刑なども検討するとの事だ。
場合によっては、君の親友であるウィルフレッドとも、直接会えるかもしれないね」
瞬間、ユリエルの顔が、弾かれるように上がった。
驚きを浮かべ、ラヴを凝視する。
ラヴの口角が、持ち上がった。
「どうだい? 話す気になってくれたかな?」
足を組み直し、小首を傾げる。
片や微笑みながら、片や息も忘れて、見つめ合う。クリフォードとティムも、黙って二人を見つめた。
緊張と沈黙が漂う中、やがてユリエルは、込み上げた唾を、音を立てて飲み込んだ。
そして、結んでいた唇を、薄く開く。
しばし戦慄かせたかと思えば、そのまま静かに、閉じてしまった。
目を伏せ、顔を下げ、最初と同じ体勢に戻る。
頑なな態度で俯くユリエルを眺め、ラヴは徐に、微笑んだ。
「懸命だね。そういう選択は、決して嫌いではないよ」
そう言って、ふふ、と楽しげに喉を鳴らした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「やぁ、こんにちは、シエナ・ボウヤーさん。あなたとは、はじめましてだね」
ラヴは、鉄格子を挟んで向かいに座る小さな老婦人へ、微笑み掛けた。
「私の名前は、ラヴィニア・ラヴレス。君の夫、チャールズ・ボウヤーの起こした事件を、解き明かした者だ」
シエナと呼ばれた老婦人は、小さな体を強張らせ、怖々と頭を下げた。
「あぁ、そう怯えないでくれ。確かにここは物々しいし、体格のいい男二人に見張られているように思えるかもしれない。
しかし、安心してくれ。あなたに決して危害を加えない。あの二人も非常に紳士的で、女に手を挙げるなどしないよ。まぁ、見た目の威圧感は否めないがね」
肩を竦め、ラヴは柔らかく微笑む。
「さて。私があなたを呼んだのは、他でもない。あなたが共犯者として捕まる切っ掛けとなった事件について、話を聞かせて欲しいんだ。
本当は、夫のチャールズに質問したかったのだけれどね。彼は認知症が大分進行してしまったらしく、今は殆どの時間を寝て過ごしているらしい。起きていたとしても、まともに会話が出来る状態ではない。なので、代わりに君に答えて貰おうと思ってね。いいかな?」
「は、はぁ。それは、構いませんが、あの、ですが、私が話せる事は、もう事情聴取の時に、全てお話しましたが……」
「あぁ、分かっているよ。今回は、その補足と言うのかな。私が気になった部分を、より詳しく掘り下げていきたいんだ。あなたもここは落ち着かないだろうから、早々に終わらせよう。協力、よろしく頼むよ」
はぁ、とシエナは小さく頷き、膝の上に置いた手を不安気に擦る。
「では、早速始めようか。まずは、あなたが血塗れのチャールズを見つけた時の話だ。
あなたは、チャールズが大怪我をしたのかと驚き、すぐさま夫の体を確かめた。するとチャールズが、うわ言を呟く。『ペティ』『やったぞ』と繰り返し何度も。
不審に思ったあなたは、何があったのかチャールズに問う。するとチャールズは、ある一点を見つめた。
そこには、腹を切り開かれた男が倒れていた。
男の顔と死に方を見て、チャールズがペティの仇討ちをしたのだと察したあなたは、慌ててチャールズを家へ連れ帰った。そして、証拠隠滅をした。
調書にはこう書かれていたが、間違いはないね?」
「はい、そうです」
「仇討ちの予兆のようなものはあったのかな? もしくは、事件前に何か変わった事などは?」
「特には、なかったと思います。いつものように家でぼんやり過ごして、同じ内容を繰り返し話したり、ペティを探して一人で出掛けてしまったりしていました」
「一人で出掛けた、というのは、つまり徘徊という事だね? その時、誰かと会っていた様子や、そういう話をチャールズから聞いていたりはしないかい?」
「誰かと会っていたのかは、分かりません。でも、大抵の場合は、主人が一人で歩いている所を、ご近所の方やお巡りさんが見つけてくれて、家まで連れてきてくれたり、交番へ私が迎えに行ったりしていたので」
と、そこでシエナは、徐に視線を天井へ向けた。
「そういえば……事件の前に一度、警視庁まで主人を迎えに行った事があります。どうも保護して下さった方が、交番の位置が分からなかったらしくて、それでそちらまで連れていってくれたそうで。あれが確か、事件の二週間位前、だったような……」
シエナは首を傾げて、唸る。
「でも、そうです。あれから、主人の行動が、少し変わったんです。独り言が多くなったと言いますか、よく手を動かしながら、『こうか』『こうだな』、と呟くようになったんです。
それと、外へ一人で行ってしまった際、いつも同じ辺りで見つかるんですよ。今までは、色んな場所で保護されていたのに。だからあの日も、主人が家にいないと気付いて、すぐにそちらの方向へ探しに行ったんです。
今思えば、主人はあの時、ペティを殺した犯人の居場所を、見つけていたのかもしれませんね。だから同じ場所へ何度も足を運んでは、仇を討とうとしていたのかもしれません。
だから、『こうか』『こうだな』って言いながら、殺す練習をしていたのかもしれません」
ラヴは一つ頷き、足を組み直す。
「事件の二週間程前に、チャールズが徘徊中、誰かと接触した可能性は?」
「それはあります。保護して下さった方と、警視庁の職員の方々です」
「それ以外では?」
「それ以外では……どうでしょう。主人は、特に何か言っていなかったと思いますけど」
「本当に?」
「多分、ですけど……」
シエナは眉間に皺を寄せ、頬へ手を当てる。
そんな彼女を、ラヴは微笑みながらじっと観察した。
「仮に、だよ。仮に、チャールズが徘徊中、誰かと接触し、ペティの仇を討つ為の策を授かっていたとしたら、どうする?」
「え? 策?」
「あぁ。ペティの仇の居場所や、どうやって殺したらいいか、その手順ややり方だな。それをある人物から教わり、チャールズは忘れないよう、『こうか』『こうだな』と必死で復習していたとしたら、どうする?」
シエナは、目と口を丸くした。
しばしラヴを呆然と見つめ、やがて、ゆっくりと目を伏せる。
「……こんな事を言ったら、怒られるかもしれませんが……感謝すると、思います」
膝の上で、手を握り締めた。
「主人は、ペティを本当に可愛がっていました。私も、娘のように思っていました。そんな子を、あの男は無残に殺したんです。
娘の仇を討ちたいと思うのが、親心というものです。私だって、心の底では、あの男が憎くて憎くて仕方なかった。ペティだけでなく、主人まで狂わせたあの男が」
「殺してやりたかった?」
「……分かりません。でも、誰かが私に策を授けてくれたのならば、もしかしたら、そういう事もあったかもしれません」
シエナは小さな体を一層丸め、俯いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふむ、中々手強いな」
犯人全員との面会を終え、ラヴは椅子の背に凭れる。
「まさか、全員が全員口を噤むとはな。いや、正確には全員ではないか。それでも、実行犯と、犯行に直接関わった共犯者は、全員だ。
それだけ相手に恩を感じているという事か? もしそうだとしたら、黒幕君とやらはかなりのやり手だな。益々興味深いよ。そうは思わないかい、ティム?」
「え、あ、ど、どう、でしょう」
ティムは膝に手を乗せ、困ったように首を傾げた。
「で、でも、黒幕さんの、存在を、誰も、認めない、という事は、このままでは、黒幕さんに、辿り付かない、という事、なのでは、ないでしょうか?」
「そうだね。まぁ、全く手掛かりがないというわけではないが、それでも僅か過ぎる。もう少し情報が欲しいな」
ふふ、と喉を鳴らし、微笑んだ。
「ティム。ピーター君からは、何か聞いていないのかい?」
「い、いえ、特には。俺はただ、ピーターさんと、遊んでいる、だけ、なので」
「そうか。では、次の面会の際にでも、少し話を聞いてみてくれたまえよ。勿論、ピーター君の負担にならない程度にね」
「え、ふ、負担にならない、程度、とは、一体、どの程度、なのでしょうか?」
「そうだな。例えて言うのならば、雑談のついでに、そっと話題を振ってみる程度かな。わざわざ質問してしまっては、ピーター君も身構えてしまうだろう。彼が平然と口を開けるような状況で、極々軽い気持ちで聞いてみてくれたまえ。もし口籠ったり、逃げたそうな素振りを見せたら、無理せず止めてくれて構わない」
「わ、分かりました。頑張ります」
拳を握り締めるティムに、ラヴは口角を持ち上げる。
「しかし、このままでは手掛かりが少な過ぎて、黒幕君に行きつきそうにないな。
そこで、ティム。クリフォードへ一つ伝言を頼む」
「は、はい。何でしょう?」
ラヴの笑みが、深まった。
「『次は、事件の関係者から話を聞きたい。手配してくれたまえ』、とね」
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