魔法使いの推理
「そういえば、ピーター君。先程、君の頭の中を覗いた時に見えたんだが、君のパパは、最近いなくなったみたいだね」
ピーターは、大きな目をまた丸くする。
「そして君は、パパがいなくなって、嬉しかった。何故なら、ママがもう泣かなくていいからだ。
君も、パパがいなくなってから、泣かなくなった。痛い思いもしなくなった。とても平和に過ごしている。今は、仕事に行っているママを、公園で待っている所だった。
どうかな? 合っているかな?」
「……あってる。まほーつかいって、すごいね」
「ふふ、ありがとう。だが、これで驚いて貰っては困る。私は、もっともっと凄い魔法が使えるんだ」
細い指を立て、ラヴはどこか大仰に語り始める。
「ピーター君。君はパパから、何度も殴られたり、蹴られたりしていたね。躾だと言って。けれど、パパにされたのは、それだけではないね」
ラヴは、徐にピーターへ手をかざした。
目を細め、何かを読み取るかのように、黙る。
「……ふむ、成程。パパは、君の首へ首輪を嵌め、手足を縛ったりもしていたようだね」
「……わかるの?」
「あぁ。魔法の力を使って、今君の記憶を見たよ。
パパはそうして君を動けなくすると、君を物差しで叩いたり、ナイフで切ったりしてきた。痛かったね?」
「……うん」
「そうだろう。痛かった筈だ。けれどパパは止めてくれなかった。それどころか、泣く君の背中に覆い被さり、妙なものを尻へ入れてきた。止めてと言っても抜いてはくれなかった。そんな事を、パパは何度も君にしたんだね」
ピーターは、ティムの頭を抱き締めて、小さく肯定した。
「パパは、いつもこうして君を縛っていた。ティム、両手を出したまえ」
ラヴは、どこからともなく縄を取り出すと、ティムの両手へ素早く掛けた。
「縄を手首に回してから、右手と左手の間にも縄を一度通す。そうして建設現場などでもよく使われる、本結びという縛り方を用いていた。
おや? こうだったかな? それとも、こうだったかな?」
「こうだよ」
ピーターは腕を伸ばし、ティムの手を挙げさせた。そのまま、父親にされていたように、ティムの手首を縛ってみせる。
「あぁ、そうそう。これだこれだ。ありがとう、ピーター君。君は手先が器用なんだね。それに、こんなに複雑な縛り方を覚えているだなんて、とても賢い」
「かんたんだよ。だって、こうして、こうして、こうするだけだもん。パパがするの、みてたから、ピータしってるの」
「そうか、凄いな。しかもこの縛り方を使えば、ティムのような大男を拘束する事も出来る。本当に凄いなぁ、ティム?」
「あ、は、はい。凄い、です」
ティムは、自分の手首に巻き付く縄を、物珍しそうに眺めた。それから、軽く左右へ引っ張ってみる。
「あ」
縄は、いとも容易く千切れてしまった。
この場に、妙な沈黙が流れる。
「……しまった。私とした事が、己の使い魔がどれ程凄まじい力を持っているのか、すっかり失念していた」
ラヴは溜め息を吐き、首を横へ振る。
「すまないね、ピーター君。ティムはゴーレムだから、人間より十倍も力持ちなんだ。だから縄など、素手で引き千切ってしまうのさ。普通の人間には出来ない芸当だよ」
「ゴーレム、すごいつよい……」
「あ、ど、どうも」
ティムは、気まずさに身を縮める。
「さて。意図せずティムの怪力を見せ付ける形となってしまったが、本来ならば、このように抜け出す事は出来ず、もがくか蹲るしか出来ない。それはどんな人間でも、大人でも、ピーター君のパパでも同じさ。それは、君も知っているだろう?」
「うん」
「君はそうして全く動けない状態で、パパに沢山痛い事をされていたんだね。君の頭の中を覗いた私は、見ているだけ泣いてしまいそうだったよ。君のママも、きっと悲しんでいるに違いない」
「ううん」
ピーターは、ティムの頭へ顎を乗せたまま、首を横へ振る。
「ママは、かなしくないよ」
「おや、何故だい?」
「だってママには、ないしょだもん」
立てた指を、ピーターは自分の唇に押し付けた。
「パパがね、ママにはないしょだって。やくそくやぶったら、もっとピータをしつけするって。だから、ないしょなの」
「そうか」
美しい顔に微笑みを湛えたまま、首を傾げる。
「だが、ピーター君のパパは、ピーター君が約束を破らなくても、ピーター君に躾をしたんだろう?」
「……うん」
「それは、ちょっと可笑しいよね。ピーター君は約束を守って、ママには内緒にしているのに、パパは約束を破って、ピーター君に躾をするだなんて。
しかもパパは、ママとの約束も破った。ママはパパとの約束を守っていたのに、何度も躾をされた。どう考えても、悪いのはピーター君とママではなく、約束を破るパパだよね」
ラヴの笑みが、つと深くなる。
「だから、パパを縛り上げて、殺したのかな?」
ティムの顔色が、変わった。
表情を強張らせ、己の頭を包む温もりへ、意識を集中する。
「ううん」
耳を掠めた幼い声に、ティムはホッと息を吐き出す。
けれど。
「――ピータは、パパをしつけてあげたの」
すぐさま、凍り付いた。
「パパは、やくそくをやぶる、わるいこだからね。だめだぞって、おしえてあげたの。ピータ、パパがするのを、みてたからね、できるんだ」
「ほぅ、そうか。では私にも、躾の仕方というものを、教えてはくれないかい?」
「えー、んー、だめー」
「おや、駄目なのかい?」
「だって、ないしょだから」
「躾の仕方は内緒だと、パパと約束したのかい?」
ピーターの頭が、上下に揺らされる。
「そうか、内緒ならば仕方ないな。
では、ここは一つ、魔法の力を使うとするか。そうすれば、君が何も教えなくとも、私は躾のやり方が分かってしまうのさ」
「……わかっちゃうの? ほんとに?」
「あぁ、本当だとも。だが安心したまえ。あくまで私が記憶を読むだけで、君は何一つ私に教えていない。つまり、君は約束を破っていないんだ。だから、何も問題はないよ。君が躾けられる事はない」
ピーターは、ホッと力んでいた体を緩め、ティムの頭に寄り掛かった。
ラヴは、徐にピーターへ手をかざす。
目を細めながら、ピーターを見据えた。
「……君はまず、パパが酔って寝てしまうのを待った。寝たと確認したら、うつ伏せにして、手足を縛った。次に口を塞ぎ、首輪を付け、散歩紐で壁のフックへ繋いだ。
パパが動けなくなったら、物差しで体を叩く。特によく叩かれていた、背中と尻を狙って。 青痣が沢山出来たら、今度は、二の腕、腹、太ももを中心に、ナイフで切り付けていった。
尻の穴へは、うーん、何を入れたのかな。細くて長いもののようだから、物差しか、鉛筆か、指か……あぁ、分かった。指だね。君は、指をパパの尻の穴へ入れたんだ」
ラヴは、ピーターの表情を読み取りつつ、更に言葉を続ける。
「何回か指を出し入れしたら、最後に君は、刃物でパパの首を切った。これで躾は終了だ。君は汚れた手を洗い、外へ出て、公園でママが迎えにくるのを待った。そうだね?」
ピーターは、大きな目と口を、真ん丸く開いていた。
そうして、ポツリと呟く。
「……まほーつかい、すごい」
「ふふ、ありがとう。だが、君も凄いよ。何倍も大きなパパに、躾をしてしまったのだから。怖くはなかったかい?」
「こわい? なんで? まほーつかいは、こわいの?」
「少し怖いかもしれないね。途中でパパが起きてしまったらと思うと、焦って躾を上手く出来ないかもしれない」
「ピータはね、ぜんぜんこわくないよ。しつけも、ちゃんとできたの。だからママも、もうなかないんだ」
「そうか。ママは、喜んでいたかい?」
「うんっ。でもね、ママにはないしょなの」
「内緒、という事は、躾の事は言っていないのかい?」
「うん。だってこのしつけは、ないしょだから。パパとやくそくしたからね。だから、ママにはないしょなの」
ピーターは胸を張り、誇らしげにはにかむ。
その下では、ティムが対照的な表情をしていた。
そんな二人を、ラヴは微笑みながら眺めている。
すると。
「動くな」
ティム達の周りから、カチャリ、という金属音が、いくつも上がる。
拳銃を構える警察官達の姿も、現れた。
物々しい雰囲気に、ティムもピーターも身を竦ませる。
「おや、見つかってしまったようだ」
ふふ、と喉を鳴らすラヴの前へ、クリフォードが進み出る。鋭く尖らせた眼差しで、ラヴを真っ向から睨み付けた。
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