本当の動機
「アリッサが、複数の男と交際していたという事は、いつ知ったんだい?」
「……事件の後です。でも、その前から、そういう噂が流れているのは、知っていました」
「それは、ウィルフレッドも知っていた?」
「えぇ。ですが、ウィルは信じていませんでした。アリッサに詰め寄ったあの時までは。だから、彼女との結婚も、前向きに考えていました」
「君は、ウィルフレッドから求婚の相談をされていたんだよね? どういった経緯で聞いたのかな?」
「ウィルと飲みに行った時です。様子が可笑しいと思っていたら、実は、と切り出されました。
それから度々話を聞いては、どうやって結婚を申し込むか、色々と案を出しました。ついでに、結婚式や結婚後の話も、少し」
「求婚の日程や方法は、決まっていたのかな?」
「ある程度は。けれど、まだ細かい部分は決まっていなくて、他の人にも協力して貰おうかとも話していたので、その準備も考えると、大体二・三か月後を想定していました」
「それが急に早まる事になった。君は、驚いたのでは?」
「……そう、ですね。多少は」
「多少? 本当に?」
ユリエルは、口を閉ざした。手錠の嵌った手を握り込む。
「調書によると、君は、ウィルフレッドがアリッサに求婚をしに行くと聞いた瞬間、堪えていた恋心を爆発させてしまった、と証言している。
という事は、君は求婚の件を聞いた際、多少ではなく、多大に驚いたのではないかと思ったのだが、どうだろうか? もし本当に多少だったのならば、その理由を是非教えてはくれないか?」
ユリエルは、何も言わない。厳つい顔を強張らせ、自分の拳を見つめている。
「質問を変えよう。
君は、アリッサ殺害後、彼女の全身の皮膚を剥ぎ、持ち去ったね。どの瞬間に剥ごうと思ったのかな? 殺害を決意した時? 犯行中? それとも殺害直後?
因みに私の予想は、犯行直後だ。殺害に使われた金槌は持参していたのに、剥ぎ取りに使われた包丁や鋏は、アリッサの部屋にあったものだった。道具を用意していないという事は、突発的な行動だったと考えられる。
どうだい。当たっているかな?」
ユリエルからの返事は、ない。
「頭から顔の上半分に掛けての皮膚を剥がなかった理由は? 確かに、金槌で殴ったお陰でぐちゃぐちゃと酷いあり様だったが、それでもやろうと思えば出来た筈だ。薄い唇や掌の皮膚も、丁寧に剥がされていたのだから。
私が考えるに、君は皮膚よりも、肉に思い入れがあったのではないか? 胸や尻など、女性らしい部分は肉ごと抉り取っていたのだからな。
けれど、皮膚も必要だった。それも全身の皮膚が。
一体何故? どういった理由で、アリッサの全身の皮膚を剥ごうと、現場で思い立ったのかな?」
特別監房に、ラヴの声のみが静かに響く。
ユリエルは、身じろぎさえしない。
「過去に見聞きした事件資料によると、死体損壊事件における損壊理由は、主に三つだ。
一つ。事件を隠蔽しようと、遺体を小さく切って持ち運びやすくする為。主に力の弱い女や老人が行う場合が多い。
二つ。犯行の記念に持ち帰る為。そうして事件時に感じた興奮を思い出し、悦に入る目的で収集する。こちらは連続殺人犯が行いやすい。
そして三つ。記念、という意味では二つ目と同じだが、こちらは正真正銘思い出という意味合いだ。
過去には、殺した愛人の性器を切り取り、肌身離さず持っていた、という女もいる。理由は、『遺体を持って逃げるわけにはいかないから、一番思い出の多い部分を持っていった』、という事らしい。
まぁ、要は思い入れがあったからこそ、その箇所を選び、切り取ったというわけだが、逆を言えば、何かしらの思い入れがなければ、その箇所は選ばないという事だ。
つまり、君がアリッサの皮膚を選んだのにも、何かしらの意味がある筈なんだ。
その理由、思い入れとは、一体何なのだろうか?」
ラヴは、ユリエルを見つめたまま、目を細める。
「疑問を紐解く鍵は、リリー君の部屋で見つかった、アリッサの皮膚にある」
机の上へ置いた写真を、ユリエルへ差し出した。
「ここに、アリッサの皮膚の写真がある。こちらが部屋に飾ってあった状態のもの。そしてこちらは、着せられたネグリジェを脱がせたもの。
人間の皮膚は、甲殻類のように脱皮出来ないからね。どうしても一部を切り開いてから剥ぎ取るしかない。という事は、少なくとも両腕、両足、胴体の五か所には切れ目を入れる必要がある。そうして剥ぎ取った皮膚を後で縫い合わせ、アリッサの形に戻した。
ここで見て貰いたいのは、この剥ぎ取る為に入れられた切れ目の位置だ。腕は内側の部分へ、胴体は背中側、足は後ろ側を切ってある。つまり、繋ぎ合わせた際、縫い痕が目立たない場所を狙って切り開かれているんだ。
更にもう一つ注目して貰いたい。
二の腕と腹周り、そして足全体に、縦の亀裂が入っているだろう? これがどうにも気になってね。クリフォードに頼んで調べて貰ったんだ。
すると、とある大学教授から、こんな答えが返ってきた。『形状と劣化の様子から、乾燥後に何かしらの負担、例えば、左右へ強く引っ張られた事などによって出来た亀裂だろう』、とな。
つまりこれは、皮膚を部屋へ持ち帰った後に出来たものだと考えられる。
では、亀裂を生じさせた何かしらの負担とは、一体何だろうか?
そこで私は考えた。縦の亀裂というのは、皮膚を摘まんで左右へ引っ張られた場合と、内側から圧力が掛かった場合に起こるのではなかろうか、とね。例えて言うならば、紙袋へ割れるまで空気を吹き込んだような状態だ。限界まで伸びた皮膚は、内側からの圧力に耐え切れず、裂けてしまった。
ではその圧力とは、一体何だったのだろうか? 考えていく内に、私は思い出したんだよ。アリッサの皮膚には、ネグリジェが着せられていた事を。
君は確か自供の際、アリッサの皮膚へ着せる為に、彼女のネグリジェを持ち去ったと言っていたね。
何故ネグリジェを選んだのかな? アリッサのクローゼットには、ブラウスやスカート、ワンピースなど、もっと鮮やかで洒落た服があった筈だ。なのに君は、ただの寝巻きを選んだ。何故か?
そう考えた時、私は一つの可能性に行き着いた」
つと、ラヴは微笑んだ。
「もしかしたら君は、繋ぎ合わせたアリッサの皮膚を、ネグリジェごと身に纏っていたのではないだろうか、とね」
ヒュ、と息を飲む音が、小さく上がった。
ユリエルの顔色が、明らかに変わる。
「君とアリッサでは、全体の太さが違う。繋ぎ合わせた皮膚へ体をねじ込んだ際、最初は弾力性があったから入ったのかもしれない。けれど、段々と水分が抜け、固くなった皮膚は、君を受け止め切れなかった。だから破れ、縦の亀裂が入ったんだ。
ネグリジェも、通常の女ものの服では入らないから、ゆったりとした寝巻きを選んだ。そう考えると、亀裂とネグリジェについての説明が付く。
だが、新たな疑問も出てくる。
何故君は、そのような事をしたのだろうか?
可能性としてはいくつかある。
一つ。愛する者と一体化したい場合。
二つ。殺した相手の一部に触れる事で、性的快感を得る場合。
三つ。相手に成り代わりたい場合。
私は、この成り代わりたい場合だと考えた。理由は、アリッサの胸や尻など、女性特有の柔らかさを持つ場所に関しては、肉ごと抉り取っているからだ。
一体化や性的快感を得る為ならば、わざわざ肉を持って帰る必要はない。つまり、君にとって肉は必要だったんだ。ただの皮膚ではなく、女性的な体を持つ皮膚を、纏いたかった。それは何故か?
疑問はまだある。何故君は、アリッサの唇と掌の皮膚まで、丁寧に剥いだのか? あれだけの適当さを物語る剥ぎ跡だ。薄く破けやすい末端は、切り捨てていても可笑しくはない。なのに何故、と考えた時、君にとって、アリッサの唇と掌には、何か大きな意味があるのかもしれない、と思ったよ。
その結果、もしかしたら君は、アリッサの唇と掌を通して、別の何かと擬似的に触れ合っていたのではないだろうか、という仮定に行き当たった」
がたいのいい体を縮め、ユリエルは俯いた。
その顔は強張り、冷や汗が滲んでいる。
「子供がよくやっているだろう? 犬の糞を踏んだ者に触られそうになると、汚い汚いと言って逃げていく遊びを。実際は触れられた所で犬の糞など移らないのだが、間接的に触れる事で、まるで自分も犬の糞で汚れてしまったかのように錯覚する。
これと似たような事を、君はアリッサの唇と掌を通して、何なら全身を通して、想像していたのではないか?」
青ざめるユリエルを見つめたまま、ラヴは、口角を持ち上げた。
「例えば、『ウィルフレッドは、ここへ口付けを落としたのか』、なんてね」
ユリエルの唇へ、力が籠る。
「例えば、『ウィルフレッドは、ここを握ったのか』。
例えば、『ウィルフレッドは、ここへ触ったのか』
『ここを抱き締めたのか』
『愛撫したのか』
『愛したのか』、などなど。
そのような事を想っていたのではないか?
つまり、何が言いたいかというとだね」
ラヴの笑みが、深まった。
「君が密かに恋していたのは、アリッサではなく、ウィルフレッドだったのではないか。私はそう推理してみたのだよ」
異様な空気が流れる中、ラヴだけは、平然と微笑んでいる。
「切っ掛けは、やはりアリッサの複数交際と、ウィルフレッドの求婚だろう。
君は、事件前のどこかで、アリッサが本当に、ウィルフレッド以外の人間と付き合っていると知った。
気持ちをひた隠しにし、幸せになって欲しいと心から願っていた君は、大いに傷付いただろう。もしかしたら、君が欲しいものを持っているのに、平然と裏切り、尚且つ誤解だなどと嘯くアリッサを、許せないどころか、憎らしくさえ思っていたのかもしれない。
そんな相手に、ウィルフレッドは、これから結婚を申し込んでくると言い出した。
求婚が成功するかは分からない。
だが、もし成功してしまったら。
そう考えたら、筆舌し難い絶望が、君の心に襲い掛かってきたのかもしれない。押さえ続けてきたものが、爆発してしまったのかもしれない。
だから、アリッサを殺してしまったのではないだろうか。
だから、アリッサに成り代わりたくて、彼女の皮膚を剥ぎ、身に纏ったのではないだろうか」
ラヴは、静かにユリエルを見据える。
ユリエルは、唇をきつく結んだまま、何も言わない。
無音の面会室に、歯ぎしりの音が、僅かに響いた。
「……私の推理は以上だ。ご静聴、感謝するよ」
つと、ラヴは恰好を崩す。胸に手を当て、恭しく一礼した。
それから、ティムを振り返る。
「ティム。クリフォードを呼んできて貰えるかい?」
「え……あ、は、はい」
ティムはおずおずと頷き、強張った体をぎこちなく動かす。特別監房を出て、クリフォード達が待機している階段前へと向かった。
「――懸命だね、リリー君」
ティムの背後から、ラヴの声が聞こえる。
「そういう選択は、決して嫌いではないよ」
そう言って、ふふ、と楽しげに喉を鳴らした。
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