犯人との面会


 刑務所の廊下を、クリフォードは二人の看守を引き連れて歩いていく。


 看守の間には、がたいのいい男がいた。

 その骨太な手首には、手錠が嵌っている。


 特別監房の前で待機していた若い看守が、クリフォードへ敬礼をした。クリフォードは一つ頷き、中へと入る。


「やぁ、いらっしゃい。待っていたよ、クリフォード」


 鉄格子越しにラヴは微笑んだ。椅子に座り、持っていた写真を机の上へ置く。



「彼が、ユリエル・リリー君だね」



 ラヴは、がたいのいい男――ユリエルを見上げた。

 ユリエルは、少々厳つい顔を強張らせ、唇を固く結んでいる。


 壁際で待機していたティムは、緊張気味に普段使っている椅子を持ち上げた。鉄格子を挟んで、ラヴの前へ置く。

 ユリエルに一度椅子を勧めてから、大きな体を部屋の角へ嵌め込んだ。


 クリフォードは、ユリエルを座らせると、彼の丁度背後にある、特別監房の入口脇へと控える。ユリエルを連れてきた看守達も、部屋の外で待機した。


「さて。では早速話をしたい所だが、その前に、やっておかなければならない事があるんだ。少しだけ待っていてくれたまえ」


 ラヴはユリエルに微笑み掛けると、視線をティムへ流す。


「ティム。悪いが、しばらく席を外して貰えるかな?」

「あ、は、はい。分かりました」

「ありがとう。

 それから、外で待機している看守にも、中の話が聞こえない場所まで下がるよう伝えて欲しい。全員にだ」


 え、と目を瞬かせたティムは、クリフォードを窺う。

 返ってきた答えは、首の横振り。


「え、えっと、看守さんには、少々、難しいです。すいません」

「そこを何とか頼むよ。別に疾しい事をするつもりはないんだ。ただ、彼と腹を割って話がしたいだけさ」

「で、ですが」

「あぁ、そうだ」


 と、ラヴは、徐に手を叩く。



「クリフォード。君も席を外したまえ」



 クリフォードの顔に、険しさが増す。


「先程も言ったが、私は彼と腹を割って話がしたい。なのに、見てごらん。大勢の警察関係者に囲まれて、とても緊張しているだろう? これでは話せるものも話せないよ」

「出来るわけがないだろう。ふざけた事を抜かすな」

「ふざけてなんかいないさ。元精神科医として、人の心と向き合ってきた者として、お願いしているだけだよ」


 ふふ、と喉を鳴らし、ラヴは長い髪を揺らした。


 クリフォードは何も言わず、睨むばかり。


「よし、分かった。ならばこうしよう。

 君の代わりに、ティムが一人で残ればいい」



 ティムは、人一倍大きな体を跳ね上がらせた。



「私は、彼と一対一で話がしたい。けれど、君達警察の立場も、分からなくはない。だから折衷案として、警察側の人間であるティムのみが、私達の面会に立ち会うという方法を提案させて貰う。それならば、私も快く折れようじゃないか」

「あ、ラ、ラヴさん。ラヴさん、無理です。お、俺には、そんな大役、で、出来ません」

「何を言っているんだ。ティムなら出来ると思ったからこそ、私は君を指名したんだよ? もっと自信を持ちたまえ」


 あ、う、と唸るティムに微笑み、ラヴはクリフォードへ視線を流す。


「そういうわけだから、頼むよクリフォード。いいだろう?」

「……駄目だ。許可出来ない」

「そう言わずに。でなければ、私は彼と話が出来ない。事件の真相も、当然闇に葬られるぞ? いいのか? 君は真実を知りたかったからこそ、この場を設けてくれたんだろう」


 クリフォードの眉が、ピクリと反応する。


 平然と微笑むラヴを睨み付け、やがて、深い溜め息を吐いた。



「……聞こえていたな。しばらくここへは近付かないように。階段前で待機だ」



 すると、廊下で待機していた看守達は敬礼をし、この場を離れていく。


「ありがとう、クリフォード。私を信頼してくれて」

「……ラヴレス。先程言った言葉に、嘘偽りはないんだな」

「あぁ、勿論だとも。私は疾しい事をするつもりはない。クリフォードを裏切るつもりもない。一片たりともね」


 そう断言したラヴに、クリフォードは唇を曲げた。鋭い眼差しで睨み付け、踵を返す。


「リトル」


 クリフォードは、鋭い視線をティムへ向ける。


「後程、報告するように」

「は、はい。分かりました。が、頑張ります」


 拳を握り、ティムは大きく頷いた。クリフォードも一つ頷き、特別監房を出ていった。


 足音が徐々に消え、この場にふと、沈黙が落ちる。



「さてと。これで漸く話が出来そうだ」



 ラヴは頬を緩ませ、徐に座り直した。鉄格子越しに、黙り込むユリエルを見つめる。


「悪いね。呼び付けておいて、待たせてしまうだなんて。

 本当は、私の方から訪ねるのが筋というものなのだが、いかんせん複雑な身なものでね。まぁ、その辺りはクリフォードから説明があっただろうが、そういうわけで、こうして君にわざわざ足を運んで貰ったというわけさ。

 きてくれてありがとう。君と話が出来て、とても嬉しいよ」


 ユリエルは、返事代わりに小さく会釈をした。


「では、改めて自己紹介といこうか。私の名前は、ラヴィニア・ラヴレス。君は?」

「……ユリエル・リリーです」

「ユリエル・リリー君。可愛い名前だね。リリー君と呼んでも?」


 ユリエルは目を伏せたまま、小さく首を縦へ揺らす。


「では、リリー君。君には今から、私の質問に答えていって貰いたい。だが、必ずしも答える必要はない。答えたくなければ答えなくても構わない。但し、嘘だけは吐かないでくれ。いいかな?」


 男らしい顔が、また上下に揺れる。


「それでは始めようか。まずは、そうだな。アリッサへの恋心を自覚した瞬間とは、一体どんな時だったんだい?」

「……職場の飲み会で」

「飲み会か。酒に酔っ払ったアリッサに、抱き付かれでもしたかい?」

「いえ。ただ、褒められただけです」

「なんて?」

「頼りになると。尊敬すると」

「嬉しかった?」

「はい」

「その時は、アリッサは既に、ウィルフレッドと付き合っていたのかな?」

「……いいえ。ですが、互いに惹かれ合っているのは、見ていて分かりました」

「だから、気持ちを隠して、身を引いた?」


 はい、とユリエルは、伏し目がちに答える。


「二人が付き合い始めてから、どんな気持ちで過ごしていたんだい?」

「……幸せになって欲しかったです。それは、本当なんです」

「あぁ、信じるよ。だからこそ君は、自分の恋心を誰にも気付かせなかった。それどころか自分を律し、アリッサとウィルフレッドの相談にも誠実に乗っていた。中々出来る事ではないよ」


 ユリエルは、口籠りながら礼を言った。


「幸せになって欲しいと願いながら、君は日々を過ごした。寄り添う二人を見て、苦しさを覚える事もあっただろう」

「……はい」

「そういう時、どうやって耐え忍んでいたんだい?」

「……楽しかった思い出を、思い出して」

「例えば?」

「自分を頼ってくれた時の事や、笑い掛けてくれた時の事を」

「もしも彼女と自分が付き合っていたら、などは?」

「……えぇ。でも、虚しくなるだけだと気付いてからは、止めました」

「虚しくなる? 何故?」

「望みは、ありませんから。やるだけ無駄なんです」


 自嘲気味に呟き、ユリエルは俯いた。


 部屋の空気が、じんわりと重くなる。

 ティムは、居心地悪そうに身じろいだ。


「君は、ウィルフレッドと仲がいいんだよね? 課が違うのに、何故仲良くなったんだい?」

「ウィルとは、同期なんです。だから、元々顔を合わせる事が多かったのと、後、ウィルが拾った子猫を、私が引き取ったので。それで、よく部屋へ遊びにくるんです」

「成程。猫を通じて、二人は仲を深めていったんだね」

「はい」

「普段、どういう事を話していたんだい?」

「とめどない事です。天気がいいとか悪いとか、猫の成長とか、最近あった面白い話、仕事の愚痴。そんな事を、ダラダラと」

「惚気話は?」

「惚気、というか……アリッサの話なら、ありました」

「どのような内容だったんだ?」

「別に、普通です。恋人のいる男なら、誰でもするような話です」

「恋人が可愛いとか、駄目な所も魅力だとか?」

「そうです」


「性交の感想は?」


「……は?」

「アリッサとの性交の感想は、聞いたのか? もしくはアリッサの体付きや、性的な意味合いの発言などを、ウィルフレッドは――」


 ガタン、と部屋の隅から音が上がる。



 角に体を嵌め込んでいたティムが、目を泳がせていた。

 少々頬を赤らめ、落ち着きなく体を揺らしている。



「おや、失礼。少々刺激が強かったかな」


 ふふ、と喉を鳴らし、ラヴは弓形にした目を、ティムからユリエルへ流した。


「それで、どうだったんだい?」

「……言いたくありません」

「そうか。では、ウィルフレッドがアリッサと口付けをした事があるかどうかだけ、教えては貰えないか?」

「……あるんじゃないですか。ですが、私はそういう話は、あまり好きではありませんから。ウィルも、私が苦手だと知っているので、基本的にしてきません。精々手を繋いだとか、その程度です」


 ユリエルは眉を顰め、そっぽを向く。

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