2-18

 二人が立ち去った後、カイの心の中で何かが決壊した。激情の本流が心の中で暴れ回り、あふれた分が涙という形で頬を伝った。

 名前のない未知の感情と彼は向き合うことを余儀なくされた。頭の片隅で、彼がフーリアに対して行ったことがいかに効果的であったかを知る。


 ――嫌なことをされれば足を止めざるを得ない。激高して立ち向かってくる。

 その通りだった。いや、それ以上だった。

 こんなのは嫌なことという言葉で収まっていいことではない。どころか、どのような言葉を以てしても表現できるものではないだろう。

 彼は知らず知らずのうちに仲間を使って、自らをそういう場所へと追い込んでいたのだ。

 

 全て自分のせい。

 自分の生のために仲間を利用しようとした者の当然の末路だ。


 どうしようもない思いを誤魔化すように、彼は慟哭する。でも、その程度で感情が治まるはずがない。息が続く限り、喉が痛みを覚えるまで彼は吠え続ける。

 それでもまだ少ない。

 この気持ちから逃れるには、まだまだ足りない。


 自死という言葉が頭の中をよぎった。


 それは一つの救いのように彼には思えた。死んでしまえば、全てのしがらみから解放されて、これからも肥大化するであろう苦しみを受けなくて済む。

 そう思った時、彼は魔力を振り絞って土から一本の剣を創りだした。精巧という言葉の正反対に位置するようなひどく不細工な得物。ただただ重いだけの扱いにくい剣。それを両手で持って自らの胸へ突き刺そうとした。


 ――ああ、これで楽になれる。


 肉体は依然として死を拒み続けているかのごとく震えている。でも、今回ばかりは理性が勝った。死んでしまいたいという気持ちが、生きたいという想いを上回ったのだ。

 ゆえに、剣は震えながらも、わずかながら方向を狂わせながらも終点だけは外さず、しっかりと心臓を貫き生命活動を停止させる。


 ――はずだった。


 でも実際は、彼の心臓は動き続けたままだったし、どころか手を離してしまったことで、得物は地面を転がった。

 それはあるいは呪いとでも言うべきものかも知れない。

 死を覚悟した間際、彼の頭の中にはこれまでのひどく碌でもない走馬燈が駆け巡った。自死を抑制させるどころか、促しかねない内容ではあったけれど、彼は見てしまったのだ。仲間が彼を庇って死ぬ瞬間を。

 わずか一人のために、十人弱の命が散っていく様を。


 幻想を見た。

 カイの手を必死に止めようと、腕を掴んでくる仲間の姿だ。それが剣を掴んでいた彼の手を優しくほどいていったのだ。

 手を掴もうとした。伸ばした手で彼らを求めた。

 だが、彼らはそれだけすると、まるで役目を果たしたと言わんばかりに宙にとけて消えていった。最初からそこにいなかったように消えたのだ。


「あ、ああア。アアアアアアァ――――――ッ!?!?!?」


 獣の断末魔のような声が上がった。

 生きていきたくはない。しかし、自殺することはできない。

 二つに一つ。どちらかを選択しなければならない局面に彼は立たされている。

 決断するには数分の時間がかかった。


 彼がわずか数分で決断できたのは、賞賛されるようなことではない。決断には違いないのだが、彼がやったことを端的に言えば選ばないことを選んだのである。

死ぬことと生きること両方を選択したのだ。

 逃げたのだ。自分を裏切ることを恐れ、仲間を裏切ることができず、結局逃げた。


 地面に転がっている剣を、彼は握りしめる。

 心臓が警鐘を鳴らしていた。この行動は間違いであると警告してくれている。震える腕も、汗でぐちゃぐちゃになっている額も危険信号を示している。

 彼はそれを乗り越えた。否、乗り越えてしまったと言った方が正しい。


 左手で剣の柄を掴み、伸ばした右腕の肘のところをしっかりと見定め、切り落とした。


 激痛が電流のように全身を駆け巡り、少しして患部からは普段なら耐えきれない熱が生じる。しかし、それで終わりではない。剣は骨で受け止められてしまっているらしく、彼はもう一度振り上げ、振り落とす。

 意識が飛びそうになるなか、もう一度振り下ろす。何度も何度も振り下ろして、都合、十回目にして骨は砕かれ、皮膚ごと切り裂かれた。

 絶叫を我慢する気力どころか、絶叫する力さえなく、右手を切り落とした彼は気を失った。


 それは間違いに違いない。

 生きることを諦め、自殺することを放棄した彼は、結局のところ、他人に自分の命をくれてやろうと思ったのだ。次に会う者を死神とし、それに遭遇するまで必死に生きようと考えた。ひどく中途半端で、誰もが望んでいない結論を彼は出してしまったのだ。


 気を失っている彼の腕からは、止めどなく血が流れている。衛生状態などを考えれば、彼が行ったことは自殺とほぼ同義に違いなかった。

 刻一刻と命の灯火はその火を弱め、消えかかろうとしている。


 その時、彼の前に誰かが現れた。足の先から頭の先まで全て銀色の甲冑と兜で武装している。騎士という言葉がこれ以上ないほど似合う風貌だ。

 彼は無残な格好で気を失っているカイを抱きかかえると、そのまま、キズタ達とは逆方向へと歩みを進めた。

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ボクと彼女の異世界譚 ―零ノ国― 現夢いつき @utsushiyume

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