第53話 宿の部屋で
その後、ホテル自体はすんなり見つかったし、予約も取れた。ケスマン地区バーナー通りの中流階級ホテル「ホテルル・クリン」の部屋で、私はふっかふかのベッドに腰を下ろしながらくつろいでいた。
だが。
「うーん……」
難しい顔をしながら私は足をぶらぶらさせていた。ここもまた、フーグラーの「ホテルル・サルカム」がそうであったように、
「やっぱり、なんか変な感じ」
「種族によって、部屋が分かれるコト、がデスカ?」
私がぼやくと、お茶を飲んでいたデュークさんが小さく首を傾げた。
不思議そうな表情をする彼に、私は口を尖らせながら話す。
「だってさー。お金はあるわけじゃないですか、種族に関係なく。どうせ代金支払うのは私なんだし、そうなら種族によって提供するサービス変えなくてもいいのに、って私は思うんですけど」
支払うのが私であるとは言え、サービスの対価を払っているのだから、サービスを享受する権利は有しているはずだ。それが私の主張だった。
確かに
私の言葉に、悩む表情をしながらデュークさんが言う。
「ウーン……そうですネ」
しばらく考え込んだ後、デュークさんがティーカップをテーブルの上に置きながら話し始める。
「ミノリ様は、
「えっ、うーん……」
問いかけられて、考え込む私だ。
先程プラーム教会で、このドルテという世界の成り立ち、人種の成り立ちの話について聞いた。それぞれの種族についての起こり、生まれた経緯。あれを聞いて私もようやく、なんで
「たしか、教会の話だと、神様の眷属が竜で、地上の生き物は獣で、人間はその獣から進化した、って扱いなんですよね?」
「そうデス。なので
私の言葉に、頷きながら
教会の教えはそういうものだと尊重しつつ、しかしそれを以て
「そして同じ理由デ、
「あー……うーん……」
宗教的な観点、というところに力を入れて、デュークさんは言葉を切った。そう言われると、私も何も言えない。
この世界の人々は広くキャロル清教の教えを信じている。マー大公国の人達もそれは変わらない。だからこそこんなに教会が建てられて、人々が礼拝に行ってるのだ。そのことが、この国がキャロル清教の教えである「人種の成り立ち」を軽んじているわけでは無いことの何よりの証だ。
ということを踏まえると、つまり。
「人間はちゃんと変化を終えた生き物だからえらい、獣人は獣から変化しきれなかったから偉くない、そういう風に考えるのが普通ってことですか?」
「ざっくり申し上げますト、そうデスネ」
私の言葉を聞き取ったデュークさんが、こくりと頷いた。
やっぱりそういうことだ。この世界の根強い人種差別の根幹は、そこにあったのだ。
私が目を見開いていると、デュークさんがホテルの部屋のデスクに置かれた本を取った。ドルテスク文字で書かれているから内容なんて分からないが、表紙には先程教会で目にした星形のしるし。キャロル清教にまつわるものだと、すぐに分かる。
「それは?」
「キャロル清教の教えヲまとめた
曰く、キリスト教の聖書と同じ扱いのものだという。ホテルの部屋には決まって、この神書が備えてあるんだそうだ。
そのページをめくりながら、デュークさんが説明を行う。
「マー大公国ハ人種差別撤廃の急先鋒デス。
そう話しながら、デュークさんが一枚のページで手を止めた。そこには宗教画のようなイラストが描かれていて、竜、獣、数種類の人が表現されている。
獣から伸びる矢印は三つ、その先に描かれた人も三種類。竜の方からも矢印が伸びているのは
ページを覗き込む私に、デュークさんは静かな声で話してくる。
「ですカラ、教会の教えにどっぷり浸かッタ
「そっかー……」
彼の説明を聞いて、深く息を吐く私だ。
清教の教えがそうである以上、その信者が
如何にマー大公国が国を挙げて人種差別をなくそうと動いていると言っても、働き口があちこちにあって教育機関での学びの機会もあると言っても、国民全員から差別意識をなくすのは難しい。だから、万一そういう人がトラブルを引き起こすことの無いように、フロアを分けているのだ。
なんだろう、私が純粋な日本人だから、ということも多分にあるのだろうが、どうにもやりきれない。やっぱり一昔前のアメリカの黒人差別みたいだ。
「なんかなー、マー大公国っていい国だと思うし、過ごしやすい国だと思うんだけど、そういうところやっぱり異世界っていうか、異文化だなーって思うなぁ」
「致し方ない部分かと思いマス」
ベッドに倒れ込むようにぐーっと身体を反らす私に、苦笑しながらデュークさんが言った。神書をデスクに戻しながら、再び口を開く。
「ミノリ様は特に、
「そうかー……そうですよねー……」
その言葉に、何とも言えない気持ちになって言葉を返す私だった。
これが日常で、これが常識で、この世界はその理屈で基本動いているのだ。こういうところに触れると、やはりここは日本とは違う国で、地球とは違う世界なんだな、と思わされる。
ふと体勢を戻しながら、私はデュークさんに声をかけた。
「私の方からパーシー君の部屋に行くのは、別にいいんですよね?」
「そうですネ、問題ありまセン。参りますカ?」
問いかけると、デュークさんが頷いて立ち上がった。そう、私のいるエリアにパーシー君が立ち入れないなら、私がパーシー君のいるエリアに行けばいいのだ。
すぐに私もベッドから立ち上がる。
「行く。行きたい」
「分かりマシタ。デハ――」
私の言葉に微笑んだデュークさんが、ホテルの鍵を手に取った瞬間だ。
大きな音が建物を揺るがした。いや、それだけではない、物理的に建物が揺れている。これはただ事ではない。
「ん? なに、今の音」
「交通事故、ですカネ……行ってみまショウ」
不安そうな表情になって、私とデュークさんが顔を見合わせる。交通事故が近くで起こったのかもしれない。足元を確認しながら、私たちは部屋の扉を開けて外に出た。
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