第51話 礼拝の時間

 ブレイハム通りからプラーム通りに移動してプラーム教会を目指しながら、私は先導するジャックさんと会話をしていた。

 アメリカ人だと言っていたが、ジャックさんも日本語はペラペラだ。英語、日本語、ドルテ語のトライリンガル。おまけにアプリ制作も出来るなんて、ハイスペックだ。


「ジャックさん、アメリカ人なんですよね? あのお店はカリフォルニアだかに繋がっているって聞きましたけど」


 興味を抱きながらジャックさんに話しかけると、彼はガタイのいい身体を小さく傾けながらこちらに振り向いた。陽光に照らされた金髪が眩しい。


「そう、このオールドカースルと、カリフォルニア州サンフランシスコの間に跨っている。あっちじゃもう、ドルテ人の移民街も作られているんだぞ」


 そんなことを話しながらずんずんプラーム通りを進んでいくジャックさん。彼の発言に目を見開いたのは、私の両脇を固めるドルテ出身の二人だ。


「移民街、デスカ?」

「そこまで多くの人ガ、ドルテから地球パーマントゥルに移り住んでいたトハ……」


 デュークさんもパーシー君も、信じられないと言いたげな表情で言葉を零している。

 まぁ、そうだろう。地球はいわゆる短耳族スクルトしかいない、他の種族などいる筈もない世界だ。竜人族バーラウ獣人族フィーウルなんて、向こうに行ったら目立って目立って仕方がない。

 とはいえ、オールドカースルと接続するのはアメリカ、移民の国だ。異世界からの移民を受け入れるだけの度量もあるのだろう。

 事実、ジャックさんは肩をすくめながら話す。


「人の出入りが大きい町だし、向こうも移民は慣れっこだからな。さすがに短耳族スクルト以外が行くと驚かれるが……馴染んじまえばどうってことねぇし、竜人族バーラウ獣人族フィーウルも等しく『ドルテ人』だから、差別反対のこの国の人間にとっちゃ居心地もいいんだろうさ」


 曰く、アメリカ合衆国にもたくさんの「接続点」があり、日本以上にドルテと地球の間で人間の行き来があるそうなのだが、アメリカ側が比較的異種族に寛容なこともあって、地球に定住することを決めたドルテ人や、ドルテ人の子孫が結構いるらしい。

 ジャックさん自身もそうしたドルテ人の子孫で、4分の1くらい長耳族ルングの血が入っているんだそうだ。

 そうしているうちに、プラーム教会はどんどん近くなってくる。程なくして私の前に、教会の石造りの建物がそびえる。


「さあ、着いたぞ。ここが二番街最大の教会、プラーム教会だ」

「わあ……」


 ジャックさんが手を伸ばす先には、キャロル清教の星を模ったマークがある。そしてその下にはドルテスク文字で書かれた看板。読めないけど、教会だというのはもう分かる。

 というか、下から見上げると本当に尖塔が大きい。


「すごい、大きい」


 その大きさに私が圧倒されていると、デュークさんとパーシー君が笑顔をこちらに向けてきた。


「立派でショウ。これがこの町でも有数ノ大きな教会でございまスヨ」

「プラーム教会は大陸暦1365年ニ建造されて以来、その形を保ち続けていマス。歴史的建造物としてモ、重要な建物なのですヨ」


 パーシー君の解説を聞きながら、ぽかんと開いた口を塞げない私だった。

 大きい。正直なところ教会をこんな間近に見ること自体初めてだ。立派で、荘厳で、綺麗だ。そして中にどんどん人が入っていっている。


「中、入っていいの?」

「もちロン」

「ただ、これから礼拝がありますカラ……お静かに、お願いしますネ」


 パーシー君に困ったように言われながら、私達も教会の中に入っていく。中は思っていたよりも近代的と言うか、整っていて綺麗な造りだ。緻密に組まれた石製のタイルがモザイクアートを作っている。

 そして入り口のところから礼拝堂まで人の列が出来ており、その列を挟むようにカソックを着た長耳族ルングの男性が私達来場者を出迎える。


「Bine ati venit la biserica noastra. Curata-ti mainile aici.」


 何やら言いながら、男性は奥に置いてある水を湛えたお盆のようなものを指し示す。何を言っているのかよく分からないが、このお盆の水で何かをしろ、というのは何となく分かる。


「なんて?」

「『私どもの教会へようこそ。こちらで両手をお清めください』とのことデス。そこのボウルの中の聖水ニ、両手を浸してくだサイ」


 パーシー君に確認すると、やはりそういうことを要求されていたらしい。曰く、このお盆の中に満たした聖水で手を洗うのが、教会に入るために必要だそうだ。

 そっと、お盆の中に手を入れる。手を入れるだけでいいらしいが、日本人としてはちょっと不安だ。


「こう?」

「そうそう。そしたら礼拝堂に入る手前にタオルがあるから、そこで拭くんだ」


 私にうなずきを返してくるのはジャックさんだ。さっさと手を聖水で濡らして先に進んでいる。確かに礼拝堂の手前側にタオルが数本かけられている。

 そのタオルで手を拭くと、ジャックさんが礼拝堂の中に指を向けながら説明を続けた。


「礼拝堂の中に入ったら、ベンチがあるからそこに座る。そこで神父の説話を聞いて、賛美歌を聞いて、お祈りだ」

「へえ……」


 説明を聞きながら、感心した声を漏らす私だ。

 なんだろう、異世界にいる筈なのに、異世界らしさがあまりない。アメリカの大都市の延長線上、という感じがしないでもない。

 驚きを露わにしている私に、ジャックさんが片眉を持ち上げながら声をかけてくる。


「意外か?」

「ですね……なんか、思っていたより、普通だなって」


 彼の言葉に、私は率直に返しながら頷く。

 異世界の教会と言うから、もっと色々と異世界情緒満載で地球の作法なんて通じないんじゃないか、と思っていたが、思っていたよりも地球の教会と似た感じだ。

 私の言葉に、ジャックさんが小さく肩をすくめながら答える。


「宗教だからな、そんなもんさ。地球と僅かながらでも行き来があるから、文化の流入もある。この教会だって、キリスト教的なところが微妙にあるだろ」


 ジャックさんが礼拝堂の入り口の上に掲げられた宗教画を指し示しながら言った。確かに、天使だったり聖母だったり、キリスト教の宗教画に近いところがある。この宗教画にかかれている天使様には、鱗と翼と尻尾が生えているけれど。

 ジャックさんの言葉がピンと来なかったのか、デュークさんが首を傾げている。


「キリスト?」

地球パーマントゥルで信仰されている宗教の一ツ、でしたっけ。あちらには様々な宗教が存在シテ、それぞれ棲み分けていると聞きますガ」


 パーシー君も話をしながら、いまいちピンと来ていない様子で言っている。確かにドルテにいると、世界の中に宗教がいろいろとあって、棲み分けたり侵略戦争やったり、果ては殺し合ったりしているなんて想像もできないだろう。

 ジャックさんがパーシー君に頷きながら、礼拝堂の扉をくぐる。


「まあな。ほら、入るぞ」


 その後をついて私も中に入っていくと、一気に広々とした空間が目の前に広がった。

 先程のロビーより石材の色が明るく、白く輝いているように見える。正面には星の文様が刻まれた演台が置かれ、それに向かい合うようにたくさんのベンチ。大きなベンチだから、私達四人が並んで座っても問題なさそうだ。

 既に礼拝は始まっているらしく、演台では竜人族バーラウの神父さんが聖書を片手に話をしている。説話が始まったところなんだろう。


「Dumnezeu a venit din cer si a devenit un balaur. Fiarele care traiesc pe pamant au devenit oameni prin puterea lui Dumnezeu. Asa de...」


 話しているのも当然のようにドルテ語だ。まぁ、ドルテ語を分からない人が来るなんて想定していないだろうから、他の言語で説話をする必要は無いんだろう。

 神父さんに目を向けつつ、隣に座るパーシー君にひそひそと話しかける。


「あの話をしているのが、要するに神父さん、ってこと?」

「ハイ、Tataですネ。位が高いので、ほとんどが竜人族バーラウデス」


 パーシー君の話すところによると、貴族と同じくらい宗教関係者も社会的地位が高いのだそうだ。中でも神父さんや司教さんは国のトップに相当するくらいの権威を持つため、ほぼ例外なく竜人族バーラウなのだそうだ。だからドルテにおいて、宗教関係者はほぼほぼ貴族の家柄の出身らしい。

 ますますインドのカーストみたいな話だな、と思いながらさらにパーシー君に顔を寄せていく。


「ちなみに、なんて?」


 問いかけると、パーシー君がちょっと困ったように笑いながら私の耳に顔を寄せてくる。


「『神は天よりお越しになって竜となりました。そして神は地に住まう獣を、その力で人へとお変えになりました』。この世界の人種の成り立ちの説明ですヨ」

「へー、そういう……」


 その話に、再び私は息を吐き出した。

 なるほど、神様がそうやって作ったというのが広く信じられているのなら、この世界にそういう差別主義的な考えが強く根付くのもしょうがないか。

 ある意味納得しながら、私は神父さんの説話をぼんやりと聞いていた。

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