第50話 ハントストア
オールドカースル中央駅は二番街の東側、二番街と三番街とを隔てる二の壁から突き出るようにして作られている。駅にはオールドカースル市内を循環するように走る市営鉄道の駅が面しており、定額でどの駅にも行ける仕組みだ。
その市営鉄道に乗り込んで、オールドカースル中央駅からほぼ反対側。プラーム教会前駅で降りた私達は、駅を出てすぐにきょろきょろと辺りを見回した。
「なんか、すごく人がいるね。中央駅からだいぶ離れているのに」
駅の周辺には、かなりの人出があった。実際プラーム教会駅で降りた人の人数も、そこそこ多かった記憶がある。
するとパーシー君が、鞄から手帳を取り出してページをめくりながら言った。
「今日は
「礼拝?」
彼が開いた手帳の中を覗き込むと、確かに今日、6月3日は日付の文字が赤くなっている。日曜日なのだと、一目で分かった。
しかし、礼拝。あれだろうか、地球で言うところのキリスト教徒が教会で礼拝するみたいなことが。
「ドルテの全土で信仰されてイル、キャロル
「プラーム教会は二番街で最も大きな教会デス。なので人の集まりもいいのでショウ」
「へー……」
デュークさんとパーシー君の説明によると、キャロル清教の教会は全世界、どんな都市にも存在して、週に一度の礼拝の場所になるほか、都市内の重要なコミュニティ形成場所になっているのだそうだ。
勿論オールドカースルの中にもたくさんの教会があり、その数は実に50を超えるという。その中でもこの駅から徒歩4分のところにあるプラーム教会は、二番街でも最大の教会で、内装もすごく綺麗なんだそうだ。
パーシー君が指をさした方に目を向けると、ひときわ高い尖塔を備えた大きな建物が目に入った。五本の線が組み合わさった星の文様が、高々と掲げられている。
「礼拝の時間になっタラ鐘の音が鳴りますカラ、すぐに分かりますヨ。そうしたら、見学に行ってみまショウ。まずはハントストアに行くのが先決デス」
「あっ、そうだ。そっちが先だよね」
デュークさんが話を変えつつ私の手を引く。それに素直に従いながら、私はプラーム通りから一本奥に入ったブレイハム通りに入る。ここも広くて大きな通りだ。
たくさんの商店が看板を掲げる間を通り、私は教えられた地番を探す。
「ブレイハム通りのー、46番、46番……あ、ここ?」
歩道の縁石には土地の地番を表す数字が刻まれている。その数字から建物に目を移すと、そこには周辺の店舗から明らかに浮いた、全面ガラス張りの店があった。
店内の棚は明らかにステンレス製だし、並んでいる雑貨もなんかすごく現代っぽい品が多い。モバイルバッテリーやら、LED式のランタンやら。いや、ドルテに来てからこの世界が結構近代的で私は驚いたもんだけど、それ以上だ。
パーシー君とデュークさんが目を大きく見開きながら、店の看板を見上げている。
「ここ……で良いんですかネ」
「ミノリ様、お分かりになりまスカ? あの文字……」
そう言いながらデュークさんが指さしたこの店の看板、そこには確かに「General store:Hunt Store」と書かれている。
「うん……
この店が『地球で』繋がっている先の国のことを考えながら、私はガラス戸の取っ手を握って、ゆっくり押す。音も立てずに開かれた扉をくぐり、中にいる男性に声をかけた。
「え……エクスキューズ、ミー?」
「Um? What...」
私の英語でも、問題なく通じたらしい。まあ、専門商社の営業事務と言う立場上、英語が出来なくちゃ仕事にならないわけだが。現地の人にもすぐに話に行けたのなら万々歳だ。
ともあれ、私の英語に反射的に英語で返したのだろう。レジカウンターの奥に座っていた小太りの男性がこちらに目を向ける。と、その目がはっと大きく見開かれた。
そう思った矢先、その男性が店内の掃除をしていた若い青年にドルテ語で声を飛ばす。
「Johnny, un invitat special. Trageti inapoi acum, und porniti serverul.」
「Eh!? I, inteleg!」
ドルテ語で何やらまくし立てる男性に、小さく跳び上がった青年が店の奥に駆け込んでいった。それを見送ると、ふっと息を吐いた男性が改めてこちらを向く。
「ふぅ……すまねぇな。待たせちまって」
「あ、日本語……えぇと、ここが『ハントストア』、で間違いないですよね?」
唐突に男性の口から飛び出しためっちゃ流暢な日本語に、今度は私が驚く番だった。そして気を取り直し、日本語で男性に問いかけると、彼は親指で自分の後ろにある「Hunt Store」とでかでかと書かれた壁を指さした。
「そう、ここがブレイハム通り46番地の『ハントストア』、そして俺がジャック・ハントだ。お前さんは……」
そう言いながら、ジャックさんは私の顔をじっと見つめる。しかし言葉が途切れたのは一瞬だ。すぐに私の両脇を固める、パーシー君とデュークさんに視線を向けつつ言う。
「黒い髪をショートボブにした、灰色狼の
「え、は、はい、そうですけど……」
私が何を言うより先に、私の素性を言い当てられた。驚くというより私はぎょっとした。ベンさんから情報が行っていないとは思えないが、そこまで正確に言い当てられるとさすがに驚く。
と、パーシー君が目を細めながらジャックさんに問いかけた。
「アガター先生カラ、お話が行っていらっしゃル?」
「ああ、ベンから聞いた。お前さんがうちに『アプリ』をインストールしに来るって話もな」
その問いかけにすぐさま頷くジャックさんだ。どうやらベンさんからジャックさんに、相当詳しい情報が伝えられているらしい。
うっすらと眉間にしわを寄せながら、私はジャックさんに疑問をぶつけていく。
「なんでそこまで、ベンさんから話が行っているのか、私にはよく分からないんですけれど……」
「確カニ。いくらアガター先生とはイエ、ミノリ様のプライバシーに関わるようなお話ハ……」
デュークさんも一緒になって、ジャックさんにちくりと文句をつけた。筋違いかもしれないけれど、やはり言っておきたいことはある。
するとジャックさんは大仰に肩をすくめた。そしてさも当たり前のことを話すように言い始める。
「なんだ、知らんのか。ベンは世界各地の『接続点』を統括する責任者だからな、全世界の『接続点』からどんなやつがいつ転移したか、全部知っているんだぞ。それにお前さん、『アプリ』の話はベンから聞いて、ここに来いって言われているんだろう?」
「あ……あー」
そう言われて、私はぐうの音も出なかった。
そりゃ、全部の「接続点」を統括しているんならそういう情報が否でも入ってくるだろうし、必要なところへの割り振りだってするだろう。
おまけに私は「アプリ」を持っていない。地球に帰れるタイミングは逸したし、必然的にハントストアまで来ないとならないから、ジャックさんに便宜を図ってもらう必要があるわけだ。
「お前さんがオールドカースルに到着したら、すぐにうちに来ることは分かっているんだ。こっちに情報が流れてくるのは当然だろう?」
「そうですね……すみません」
ジャックさんに呆れ顔でそう言われて、すぐに頭を下げる私。随分、不躾なことを言ってしまったものだと思う。
と、気にしない風で笑いながら、ジャックさんがこちらに手を伸ばしてくる。
「いいよ、ほら、『アプリ』入れるんだろ? スマートフォンを貸しな」
「お願いします」
言われて、私は素直にジャックさんにスマートフォンを手渡した。時計の動かない、電波も入らないスマートフォン。今やカメラとしての機能しか果たせていないそれを、ジャックさんの大きな手の上に乗せる。
そのスマートフォンを持って、ジャックさんはカウンターの内側に置かれたパソコンの前に座った。私のスマートフォンをUSBに繋いであれこれ操作をする中で、先程ジャックさんに声をかけられていた青年が店内に戻ってくる。
「Manager, am pornit alimentarea.」
「Inteleg.」
短い会話。その中でジャックさんが小さく頷く。パソコンのモニターに映るのは、私のスマホにデータをダウンロードしている旨を示すダイアログボックス。
ローカルのサーバーから直結でデータをダウンロードするなんて、なんとも前時代的な手法だが、広域ネットワーク環境が整っていないこの世界では、しょうがない。
「ドルテでも、スマホアプリのインストールって出来るんですね……」
「サーバーに直付けしてダウンロードすればな。若い奴が管理する店なら、うちのサーバーのスレーブとインストールパッチを提供して、そこでスマホに入れることも出来るんだけどよ。ベンのところはあいつしかいねぇから管理が出来なくてな」
ジャックさん曰く、「
そして前々回、つまり私がドルテに転移してしまった時の「切り替わり」では、予測されていた切り替わりタイミングより早く切り替わりが起こってしまい、私が店に入った直後くらいには、もう店の外がドルテになってしまっていたのだとか。
私がそこに当たってしまい、アプリをダウンロードする暇がなかったのは不幸なことだが、まぁ、こればかりは言っても仕方がない。
と、データのダウンロードまで完了したらしい。ジャックさんがパソコンからスマホを外し、私に返してきた。
「よし、これでいい。予測データのダウンロードもしているから容量食ってはいるが、地球に戻ったらデータ削除すればいい」
「ありがとうございま――」
そのスマホを、お礼を言いながら受け取ろうとした、その時。
店の外から、音の高い鐘の音が、リーンゴーン、と聞こえてきた。
「あれ?」
スマホに伸ばした手を止めて店の外を見るが、別に店の外で誰かが待っているわけでもない。呼び鈴と言うわけではないようだ。
と、その音を聞いて耳をぴくりとさせたパーシー君が、店の外に目を向けながら言った。
「礼拝の鐘ですネ」
「もうそんな時間か。よしついでだ、キャロル清教の礼拝も見学していけ。教会まで案内してやるよ」
そう言いながらジャックさんが、私の手に私のスマホを押し付けてくる。ちょっとだけ熱を持ったスマホのホーム画面をスライドすると、今まで存在しなかったシンプルな時計のアイコンが表示されていた。
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