第49話 首都の実情
オールドカースル中央駅の正面出口を出た私を出迎えたのは、フーグラーで見たのよりも明らかに美麗な世界だった。
地面に敷かれた石畳の精緻さも、街路にずらっと並んだ店のショーウィンドーも、頭上に広がる翡翠色をした空の鮮やかさも。
フーグラーの町も当然、非常に美しい町だったのだが、あそこは古都である故にか雰囲気が落ち着いていて、静謐という言葉が良く似合った。それに対してオールドカースルは華美だ。全てが美しい。
「ここが、オールドカースルかー……」
「みるぶ」で見たのよりも何倍も色鮮やかで、美しい街並みに心を奪われながら、私は私の両脇に立つ二人に声をかけた。
「パーシー君、デュークさん、基本的なこと聞いてもいい?」
「ハイ」
「どうぞ」
ほぼ同時に返事を返してくる、立場も種族も違う二人。彼らへと、視線を向けながら私は問いかけた。
「二人とも、オールドカースルに来たことはあるの?」
率直でシンプルな質問。二人は顔色も変えず、すぐに反応を返してきた。まずはデュークさんがにこりと笑いながら答える。
「私はございマス。兄がこちらの大学ニ通っておりますノデ、何度か家族で遊びニ来まシタ」
「ボクは無いんですヨネ……
続いて答えるパーシー君の表情は、変わってこそいないが目元が僅かに暗い。とはいえ立場を思えば当然のことだ。デュークさんはアータートン伯爵家の一員として出かける機会もあるだろうが、一般市民でしかも
ともあれ、二人がこの大きくて綺麗な街にどれほど慣れているかは知れた。
「そっか。じゃあさ」
なので私は二つ目の質問を携えた。グロリアさんから受け取った「接続点」のメモ、その一ヶ所を指さして言う。
「グロリアさんの話していた『ハントストア』がどの辺りにあるか、二人はすぐイメージできる?」
その質問に、反応をしたのはデュークさんだ。すぐにパーシー君へと目配せする。
「パーシー殿」
「ハイ。ちゃんと記憶していますトモ。二番街パッシェン地区、ブレイハム通り。二番街の西、一の壁の西門と二の壁の西門をまっすぐ繋ぐプラーム通りカラ、一本南に入った通り沿いにありマス」
そしてパーシー君も、すぐに「ハントストア」の住所をそらんじてみせた。ここの住所については事前にベンさんからしっかり聞いている。今の質問も確認のようなものだ。それはそれとして。
「二番街?」
私は聞き慣れない単語に首を傾げた。二番街ということは一番街とかもあるのだろうが、それが何を指しているのかいまいちピンと来ない。
パーシー君が指先で円を描きながら説明をしてくれる。
「この街の区画分けの、一番大きな括りですヨ。オールドカースルは同心円状の構造をしてイテ、立場でどこまで入れるかが分かれているのデス。零番街は大公家の方々と上位の貴族のみ、一番街は上流階級の人々のみ、という具合デス」
曰く、オールドカースルの中心部は大公家の城があり、大公一家と国政に関わる貴族だけのエリアとして零番街、それ以外の一般貴族、上のカテゴリにいる人達のエリアとして一番街、商業施設や商店、レストランの集まるエリアとして二番街、一般市民の住宅が多く並ぶエリアとして三番街が作られており、それぞれが高い壁で区切られているのだそうだ。
そういえばオールドカースル中央駅に入るまでの間に、二回ほどトンネルをくぐった。あのトンネルが街を区切る壁だったわけだ。
デュークさんがにっこり笑いながら、街並みの向こうに見える壁を指差す。
「ハイ。なのでミノリ様の行動できる範囲モ、三番街から一番街マデ。特に二番街と一番街ガ中心になるでショウ。私がいれバ一番街にも入れますカラ。間違っテモ
「マァ、二の壁も超えたりはさせませんケレド」
デュークさんもパーシー君も、とても真剣な顔をして私に告げる。
その真剣な忠告に、私はハッと目を見張った。四番街には近付くな、とは、今朝からしきりに二人から言われていたことだ。
「四番街……あー、そういえば書いてあったっけ、確か46ページ」
そう言いながら私は「みるぶ」を取り出す。44ページから始まる首都オールドカースルの説明、そこから一枚ページをめくった先の、この街の概略図。
いびつな同心円状に作られた四枚の高い壁の、一番外側。壁に囲われることなく、オールドカースル平野に寄り添うようにして作られているのが、オールドカースル四番街、すなわち
私も電車の中から目にしていた。小さく古い住宅がひしめくように並ぶ様と、その只中にぽつんと建った、場違いにも思える大きな集合住宅。三番街にすら住居を持つことを許されなかった、可哀想な人達が身を寄せ合う場所だそうだ。
「フーグラーにもあるって話だったけど、オールドカースルにもあるんだね、スラム街」
「ハイ……種族融和を謳っているマー大公国の首都でサエ、この状況なのデス。お恥ずかしい話ですガ、スラム街を潰したら相当数の市民ガ行き場所を失くしマス」
「大公家モ、この問題を何とかしたいト頭を悩ませているのデスガ、集合住宅をたくさん建築シテ四番街の住居の賃料ヲ安くすることが精一杯デス」
パーシー君とデュークさんが、そう言いながら力なく頭を振った。曰く、あの大きな集合住宅は大公国が貧民のために建築したもので、家賃を格安にする代わりにそこに住まわせ、住民のいなくなった街区を再開発しているのだそうだ。
その説明に私は目を見張った。国が違えば住宅事情も変わるものだが、貧しい人々の為に国や自治体が集合住宅を用意し、格安でそこに住まわせるのは日本もこの国も同じらしい。異世界でも団地システムを見ることになるとは思わなかった。
「あれかー。なんか町の外側に、高い建物が何棟も建ってるなーとは思ったけれど」
「あの集合住宅ガ、今や大公国のスラムを象徴するものになっている状況デス。ドルテではまだまだ一軒家が一般的デ、集合住宅の建築には相応の技術が必要なのですガ……皮肉なものデス」
そう話すパーシー君の表情は、なんとも物憂げだ。高い技術を使って建てた家に、貧しい人を住まわせる。確かに複雑な気持ちにさせられる。
そして私は悲しそうな表情のパーシー君から目を背け、デュークさんの方を見やりながら口を開いた。
「そういえば前から疑問だったんですけど」
「ハイ、何か?」
私の顔を見たデュークさんが小さく首を傾げる。彼の顔を見つめながら、私は疑問をぶつけた。
「いいところの地区に
私の言葉に、彼は僅かに目を逸らした。
まぁ、そうだろう。爵位を持つれっきとした貴族の彼に、投げかけるような質問ではない。
言葉を選んでいたのか、デュークさんはしばしの沈黙の後に口を開いた。
「ン……なくはない、ですガ、とても稀ですネ」
「爵位を返上したり、爵位を剥奪された元貴族ガ住居を持つ場合、先立つものが殆ど無いノデ必然的にランクの低い地区に住むことになりマス。ですが逆に言えば、そういうケースでもない限り、
「んー、やっぱりそうなんだ」
デュークさんの言葉を補足するように、パーシー君が声をかけてくる。その答え、予想は出来ていたが、実際に耳にするとショッキングだ。
眉根を寄せる私に、パーシー君が説明を重ねる。
「ドルテは、実家から離れて暮らすとイウ生活スタイルがそこまで社会に根付いていませんからネ。家族がいるなら家族と一緒ニ、家族が全員いなくなったら誰かと身を寄せ合っテ……そういう仕組みなのですヨ」
「なるほどねぇ……」
彼の説明を聞きながら、私はもう一度二番街の美麗な街並みを見る。
その美しい街にもやっぱり暗部や触れてはいけない部分はあるし、そういう場に身を置かざるを得ない人はいるのだ。そのことが、私は少しだけ悲しかった。
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