第4章 首都の旅は波乱万丈
第48話 車中の朝食
小さな揺れが絶えず私の身体に伝わる。
閉じられたカーテンの隙間から陽光が差し込み、私の顔に光を落とした。
薄ぼんやりと明るい、特急車両の半個室。通路側のカーテンの向こうから、車内放送のドルテ語が聞こえてくる。
「Vom ajunge la Kershaw gara in curand. Urmatoarea oprire este punctul final, Oldcastle Central gara...」
「う、うーん……」
私はうっすらと目を開けてから、二度三度、目を瞬いた。それと同時にブレーキがかかり、私の身体が慣性によって背もたれの方に押しやられる。
ちょうど隣、通路側の席に座っていたパーシー君にもたれるようにして、私は眠っていたらしい。骨ばっているが毛皮と洋服に挟まれているおかげで、温かく柔らかだ。
特急車両のドアが開く際の油圧ピストンの音を聞きながら、私は同席する二人の異世界人に目を向ける。
「あれ……もう朝?」
「おはようゴザイマス、ミノリ様」
「はい、朝になりましたヨ」
私の前の座席にはデュークさん。隣にはパーシー君。そうだ、今は電車の中、オールドカースルに向かう特急車両の中だったのだ。
先程の車内放送の内容はよく分からなかったけれど、電車が止まっていることを考えると停車駅についたらしい。
「うーん、よく寝たぁ……意外と寝心地悪くなかったな、この席」
「国営鉄道の特急車両、その一等車ですからネ。大陸でも有数の高級車両デス」
「マーマが切符の代金ヲ出してくれましたカラ……高いんデスヨ、この席」
ぐっと身体を伸ばす私を見やりながら、パーシー君もデュークさんも笑顔を見せる。そういえばこの席に関してはグロリアさんが切符を買ってくれたけれど、大人三枚で25アルギンはしていたっけ。そこに乗車券の6アルギンがプラスされるので、合計すると一人当たり10アルギンと少々。さすが一等車。
「今はカーショー駅ですノデ、次がオールドカースル中央駅となりマス。だいたい、あと一時間と少々ト言うところでしょうカ」
「一時間……じゃあオールドカースルへの到着は、9時くらいか」
説明するパーシー君が話す後ろで、発射を告げる放送が響く。ドアが閉まる音、車輪が動き出す音。時計を見たら今が7時半頃なので、そのくらいに到着する形だ。
デュークさんがにこにこと笑いながら、窓のカーテンを開けた。カーショー駅のホームがどんどん後方に流れて、駅近隣の小麦畑が見えてくる。
「そうですネ。もうソロソロ朝食のプレートが運ばれて参りマスヨ」
「あ、そうだ朝ご飯! 昨日の夕飯も美味しかったから楽しみー」
彼の言葉に、途端に気分が盛り上がってくる私だ。
先日の夕食も、この特急の車内で食べた。車内食とは思えないほどに新鮮なサラダ、牛肉のステーキ、スープ。当然パンも焼きたてホカホカ。グロリアさんちのお屋敷で食べたハンバーグには負けるけれど、めちゃくちゃ美味しかった。
そして車内に響くワゴンの音。通路側のカーテンを開けて、
「Imi pare rau ca te-am facut sa astepti.」
「Multumesc.」
「ムルツメスク」
お礼を言いながらプレートを受け取る私達だ。
これまた焼き立てホカホカのパン、野菜と肉団子のスープに、目玉焼き、焼かれたソーセージ。バランスもいいし、なにより美味しそうだ。こんなちゃんとした朝食、日本だとホテルくらいでしか出ないのではなかろうか。
「わー……美味しそう。これ、このパン、焼き立てですよね?」
「先程のカーショー駅で搬入したんですヨ。駅に停車する時ニ、車内で提供するパンも搬入しているんデス」
私が湯気を立てるパンを取り上げながら言えば、デュークさんが誇らしげに言った。アータートン領主の息子である彼のこと、この特急車両に乗ったことも、きっとあるのだろう。
パンを割って、口に入れる。小麦の甘さと香ばしい香りが口いっぱいに広がった。バターをつけなくても十分甘いし、程よく塩気もある。野菜スープと一緒に食べるとより味わい深い。
「んっ、美味しいー」
もう、それしか言葉が出てこなかった。特急車両とはいえ車内食、それでいいのかという気もするが、美味しいものは美味しいんだから仕方がない。
「やはり、国営鉄道の特急で提供される食事ハ、美味しいデス」
「マー大公国人ハ皆さんとも、食事にかける情熱ガ凄いですカラネ。特に各地からオールドカースルに向かう列車ハ、力を入れているト思いマスヨ」
パーシー君も舌鼓を打つ中、デュークさんがにこやかに笑いながらそう話した。
彼の言葉に、私は小さく首を傾げる。そりゃ確かに、この朝食も昨日の夕食も美味しかった。フーグラーにいた頃に食べた、あちこちのレストランでの食事も相当に。「食事にかける情熱が凄い」という点には納得するが。
「そうなの?」
「ハイ。オールドカースルは『食の都』とシテ、世界でも有名ですカラ」
私の疑問に、デュークさんはソーセージにナイフを入れながら答えた。
オールドカースル、食の都。なるほど、食の都に向かう列車だからこそ、その道中で食べる食事も満足のいくものを、ということだ。
パーシー君が私のカバンに視線を向けながら、スプーンを手にしつつ言う。
「フーグラーが学術都市、シャンクリーが港湾都市とシテそれぞれ栄えて力を持っておりますガ、首都オールドカースルは飲食業が特に発展している町なのデス。サワさんがお持ちの『みるぶ』デモ、オールドカースルのページではレストランが多く掲載されているデショウ?」
「あ、あぁー。確かに」
彼の言葉を聞いて、私は納得しながら声を漏らした。
そういえばそうだ。私の「みるぶ」は古本ではあるけれど、載っている情報の方向性はそんなに間違っていない。オールドカースルについてもしっかり、「マー大公国の美食が集まる町」と紹介されていた。
実に4ページに渡って市内のあちこちのおすすめレストランが紹介されていたので、そのすごさは感じ取っている。
口元をナプキンで拭ったデュークさんが、口角を静かに持ち上げた。
「フーグラー市のアードラー通りガ、レストランの集まる通りであるのと同様、オールドカースルにもいわゆるレストラン街がございマス。しかしその規模は段違い。一つの街区がまるまる、レストランの集まる地区となっておりマス」
「ラウテンバッハ通りを中心ニ、ツァンバッハ通り、ライヒェンバッハ通り……数多くの通りにずらりとレストランや酒場ガ並んでいるのデス。凄いですヨ」
「へー」
パンを噛みちぎるパーシー君もどことなく誇らしげだ。そう言うからには、本当にすごいのだろう。
さて、私達が食事を終えてくつろいでいる頃。徐々に窓の外の景色が牧歌的なものから街中の、整えられた建物が並ぶ風景に変わってきた。いよいよ首都、オールドカースルに到着だ。
車内にチャイムが鳴り響き、何度も聞いた添乗員さんの声が響き渡る。
「Va multumim pentru imbarcare. Vom ajunge la Oldcastle Central gara in curand. Va rugam sa aveti grija sa nu uitati nimic.」
その声を聞いて、周辺が一気に慌ただしくなり始めた。同時に電車の速度が落ち始めたのを感じる。
私は傍らに置いた自分のバッグを手にしながら、忙しなく辺りに目を配った。
「あっ、そろそろ着く?」
「はい、そうデス。いよいよ首都、オールドカースルですヨ」
パーシー君とデュークさんが揃って頷く。それと同時にかかるブレーキの、甲高い音が聞こえてきて。
がくんと揺れる車体と、ドアの油圧ピストンが動く音が、私達の旅の始まりを告げるのだった。
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