第26話 大公国の交通事情

 歓談の時間を一時間ほど取ってもらった後、私はブレンドン閣下に市庁舎である議場棟の中を案内されていた。

 議場棟内部は開放的な造りで、石材と木材をバランスよく使用したお洒落なデザインをしている。石造りの城の一棟を利用しているにしては随分とモダンな雰囲気だ。

 ちなみにグロリアさんとデュークさんは、何やらやることがあるとのことで、今は別行動。閣下の他に、私の傍にいるのはパーシー君だけだ。


「お城の中の市庁舎っていうから、もっと重厚な雰囲気かと思っていたんですけれど、意外と親しみやすい感じなんですね」

「Ea spune, "Am crezut ca a fost o atmosfera mai solida, deoarece este un primarie in castel, dar este surprinzator de prietenos."」


 私の言葉をすぐさまにパーシー君が翻訳し、閣下へと伝えていく。翻訳によるタイムラグは如何ともしがたいが、パーシー君が仲立ちしてくれるおかげで私は、日本語を話すことの無いブレンドン閣下と会話をすることが出来ていた。

 私の言葉を受けた閣下が、自慢げに口角を持ち上げる。


「Prin ideea mea, am reconstruit complet cu cativa ani in urma. A fost o structura mai ingusta si mai dificil de folosit, dar are o buna reputatie din partea publicului datorita reconstructiei.」

「『私の発案で、数年前に全面的に改築しました。それまでは窮屈な造りでしたが、改築したおかげで市民からの評判も良いです』とのことデス。

 ブレンドン閣下が伯爵になられテ、まず着手したのガこの議場棟の改築だったのですヨ」

「へー……こういうお城の改築って、すごい大変そうですね」

「Er spune, "Se pare ca reconstructia unui astfel de castel este foarte grava."」


 私とブレンドン閣下の後ろで翻訳と解説に終始するパーシー君。これぞ通訳という働きぶりだ。レスポンスも早いのでとても助かる。

 閣下の発言に私が感嘆の声を漏らすと、翻訳された言葉を耳にした閣下が、こくりと頷いた。


「Asa e. Cu toate acestea, primarul trebuie sa pregateasca o munca pentru cetateni. Lucrarile publice sunt importante.」

「『その通りです。しかし市長たるもの、市民に仕事を与えなければなりません。公共事業は重要ですから』だそうデス。

 議場棟の改築の際ハ、ギルドにも仕事が回って来たんですヨ、作業のための人員ヲ募集するためニ。

 ボクのギルドでの最初の仕事ハ、改築の人員を募集するためノ募集要項を作成することデシタ」


 当時のことを思い出してか、パーシー君が議場棟1階の高い天井を見上げてふっと息を吐いた。

 確かに公共事業となれば、市営商会が動かないわけにはいかない。人員の募集に市民への通達、工期の管理に材料調達。政府主導であったとしても、商会がやるべきことはたくさんある。

 パーシー君もその時のことをしっかり記憶しているようで、ブレンドン閣下にドルテ語で何やら話しかけていた。私の言葉を待ってのものではないから、彼自身の言葉なのだろう。


「Domnul sau a facut mari eforturi in lucrarile publice. Se apreciaza ca sunteti dornici sa acordati afacerea cetatenilor.」

「Da. Treaba mea este sa impartasesc bogatia printre cetateni.

 Traseul trenului este in continuare de planificare prelungire. De asemenea, este in curs de intretinere soseaua pentru masinile electrice, dar este, de asemenea, necesar sa se creeze un loc pentru a conduce autovehiculele.」


 つらつらと話して、ふっとため息をついたブレンドン閣下。パーシー君も二度三度、頷きを返している。

 勿論、話していた内容は私には伝わっていない。問いかけるより先にパーシー君が私にそっと顔を寄せてきた。


「今のはボクが、『伯爵閣下は公共事業に熱心でいらっしゃいます。市民に仕事を多く振っていただいていて感謝しております』。

 デ、閣下が『はい、市民に富を分配するのが私の仕事です。

 電車の路線も延長を計画しています。電気自動車用の街路整備も進めていますが、運転技術を講習するための施設も作らなければなりません』と仰いまシタ」

「あ、そういえば自動車や電車もあるんだっけ、ドルテって。

 フーグラーの街中だと馬車しか見かけないけれど、やっぱりあるんだ?」


 パーシー君の言葉に頷きながら、私は二日前にベンさんから教わったドルテの基礎知識を思い返していた。


 ドルテには電車が走っている。自動車も走っている。いずれも動力は電気だ。

 私の手持ちの「みるぶ」に記載されている情報によると、マー大公国の首都・オールドカースルと、大公国第二の都市・シャンクリーを結ぶ直通路線が開通したとのことで、両都市間を走る高速電車が大きく掲載されていた。

 パーシー君によると、オールドカースルとフーグラーを結ぶ路線も既に営業を開始しており、多くの住民が高速電車に乗って都市間を行き来しているとのこと。

 現在はフーグラーから北に五十キロメートルほど離れたところに位置する、デーンズという都市までの路線延長が計画中とのことだ。


 自動車についてはザイフリード大公国やサルーシア国などが主に生産を担っているそうで、そこから各国に輸出されているという。

 しかし結構な高級品のため、輸出されているといっても一部の貴族や裕福な商家が使っている程度。また自動車が走れる街路の整備や、自動車を運転できる技量を身に付けるための、いわゆる教習所の用意、加えて馬車を使い続けようという保守層の存在により、フーグラーではなかなか普及が進んでいないとか。


「ブレンドン閣下を始め、伯爵家の皆様ハ電気自動車に関心を示していらっしゃるのですガ、その為にはまず走れる場所ヲ作らないといけないト、閣下は常より仰っておりマス」

「そうだよねぇ、走ってるところを人に見せないと普及しないもんね」


 パーシー君の言葉に頷く私だ。

 どんなにいいものでも、人々の目に触れないことにはどうしたって広まらない。お店も、技術も、製品もそうだ。だからコマーシャルをどんどん打つわけであって。

 未だに普及が進んでいないというフーグラーでも、走れるように整備を進めているということだから、今後は少しずつこの街にも走るようになっていくんだろう。

 私とパーシー君の話に合わせるように、ブレンドン閣下が手を大きく動かしながら声を発する。


「In capitala Oldcastle, raspandirea masinilor a progresat si se pare ca nu mai exista sansa de a vedea o caruta.

 Se pare ca un tren dedicat ruleaza, de asemenea, pentru a se deplasa in jurul orasului.」

「『首都オールドカースルでは電気自動車の普及も街路の整備も進み、馬車を見かけることは無くなりました。市内を移動するための、専用の電車も走っているそうです』と、閣下は仰いまシタ」

「へー……首都には走っているんだ、自動車」


 手元の鞄から「みるぶ」を取り出し、首都オールドカースルのページをめくる私は、まだ見ぬ首都の風景に思いを馳せた。

 きっと、フーグラーよりも道が整備されていて、お洒落なお店とかいっぱいあって、人もいっぱいいるんだろう。

 観光できるところもきっと多くあるに違いない。ベンさんが話していた地球と繋がる雑貨屋の話もあるし、一度は行ってみたいところだ。

 私の手の中にある「みるぶ」のページに視線を落としていたブレンドン閣下が、唐突に「フム?」と疑問の声を上げた。


「閣下、どうしたんですか?」

「Domnule, ce sa intamplat?」

「Acesta este Curt cinci de Ansorge, nu? Acest model este un model lansat cu douazeci si sase de ani in urma, dar este inca frumos. Nu a fost publicat ghidul tau acum zece ani, doamna Sawa?」

「アッ……!」


 ガイドブックに見開きで載っている首都オールドカースルの道路。

 そこに停車している一台の車を指さしながら、閣下は私に言葉を投げた。その意味を理解する前に、パーシー君が大きな声を上げる。


「なに、どうしたの? 閣下はなんて?」

「『これはアンゾルゲ社のクルト5ですね? このモデルは二十六年前に発売された車種ですが、まだ綺麗です。貴女のお持ちのガイドブックが発刊されたのは十年前ではありませんでしたか?』と……

 そうデス、アンゾルゲのクルト5は既にアンティーク扱いされている車種デス。このガイドブックに映っている車はまだ新シイ……

 サワさん、たしかアガターさんは『地球パーマントゥルとドルテの時間は同時に流れない』ト仰ってましたヨネ?

 その時々デ、それぞれの世界デ流れる時間も、同じではないのデハ……」

「あ……そうか! 地球の時間とドルテの時間が切れ切れに流れるから……地球で十年経ってる間に、ドルテでは二十六年経ってるってことが、起こり得るんだ」


 パーシー君の言葉に私は目を見張った。

 そうだ、言われてみればその通り。ドルテで地球基準の時計を持っていた場合、地球で時間が流れた分だけがドルテで時間が流れ出した時に進むとのことだけれど。その流れた分の時間が二つの世界で同じなわけがない。

 なにせ、切り替わるタイミングは不定期なのだから。ズレが生じることは大いにあり得る。

 ということは、つまり。


「逆に、ドルテではちょっとしか経ってないけれど、地球ではすごい時間が経ってた、ってことも……」

「あり得てしまいますネ、サワさんがアガターさんのお店ニいない間にジャポーニアに繋がったとしたら……」

「Despre ce vorbesti?」

「Vorbim cand doamna Sawa se intoarce in tara in care traieste din Marele Ducat.」


 ブレンドン閣下そっちのけで、難しい顔をして深刻な話を始める私とパーシー君に、何事かと声をかけてくる閣下。パーシー君が説明するも、閣下は要領を得ない表情できょとんとしている。


「浦島太郎になっちゃいたくないしなー……何とかしないと……」


 議場棟の観光をしていたことも忘れて、私は深刻な表情のまま、ぽつりとつぶやくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る