第27話 地球に帰る為に

 用事を済ませて戻ってきたグロリアさんとデュークさんは、私とパーシー君が随分と深刻な表情をしながら話し合って、その横でブレンドン閣下がきょとんとしているものだから、大層不思議に思ったらしい。

 一体何が起こったのか、と話の輪に入れていない閣下に聞いても「Nu stiu分からない...」と言って首を振るばかり。

 なので私とパーシー君の会話が一段落し、二人揃ってため息をついたところで、ようやく私達の会話にグロリアさんとデュークさんが加わることが出来たわけだ。

 二人で話を重ねた「地球とドルテの時間の流れに差があるのではないか」問題と、それと共に発生する私の浦島太郎現象の危険性を話すと、二人揃って眉を寄せつつため息をついた。


「ナルホド……確かにそうだワ、私がここ十数年の間でフィールドワークに何度カ行った時、数年単位デ時間を空けているのに、あんまり日本人ジャポネーザの話し言葉ガ変化しないから、不思議に思っていたのヨネ」

「マーマがお土産に買ってくる日本ジャポーニアのお菓子モ、数年経ってまた行った時ニモ同じものが普通に売られていたと伺いましタ。

 話を聞いた時にはロングセラー商品なのカナ?って勝手に思っていたんですケレド……」

「Masinile de creator pe care Gloria le-a cumparat pentru suveniruri s-au folosit de mai mult de un deceniu si pot fi utilizate in continuare. Am crezut ca este minunat pentru ca a durat mult timp.」

「『グロリアがお土産に買ってきた製図用の機械も、十数年使い続けていますがまだ使えます。長持ちするので、すごいと思っていました。』だそうデス……

 すごい大きなモノをお土産にされてましたネ、奥様、そういえば」


 二人と、ようやく話を飲み込めた閣下の言葉に、私は閣下に日本語を同時通訳していたパーシー君と顔を見合わせた。

 グロリアさんがお土産で買って帰っているというお菓子が、本当にロングセラー商品の可能性こそあるが、確かに2010年から2019年までで日本人の話し言葉が大きく変化したかというと、そこまで大きくガラッと変わったわけではない。使う単語の幾らかに変化はあったけれど。

 しかしグロリアさんは日本語話者ではあるがネイティブではない。さらに観測時間に、ドルテにおいて数年単位の開きがあるのだ。多少の単語の変化があったとして、それを語句の変遷と取るれか、バリエーションと取る形かは判断が難しい。

 閣下の使っているという製図用の機械も、2010年代に入ってから作られたものというなら相当に耐用年数は長いはずだ。これで閣下がパソコン使ってCADをやっていたりしたらびっくりだが。

 ブレンドン閣下の言葉に、パーシー君も額に指を押し当てて悩み始める。


「……そういえバ、マーマが日本ジャポーニアからマー大公国にやって来た際に持っていタ、携帯型のtelefon――電話を見せてもらったことがありマス。

 サワさんのお手持ちの、『スマートフォン』と異なり、折り畳み式の機種でしたガ、確か2008年製、と書かれていたはずデス」

「今地球では2019年……十一年前ってとこか。

 グロリアさん、アサミさんがフーグラーにやって来たのは、何年前ですか?」


 パーシー君の言葉に、私はハッと目を見開いた。

 そうだ、思えばフーグラー市には地球から転移してきてこちらで暮らしているアサミさんがいる。ロジャーさんも秋葉原でデジタルカメラを購入して持ち帰っている。

 一つの可能性に思い至った私がグロリアさんに視線を向けると、彼女は「ウーン」と唸りつつ、腕を組んで口を開いた。


「大陸暦1861年の秋……今年が1887年ダカラ、二十六年前ヨ。

 それカラ二年後、大陸暦1863年。ロジャーとアサミの間にパーシーが生まれタノ……その年の春ニ、ロジャーとアサミが二人してアガター先生のお店に行っテ、その日のうちに戻ってきたのダケド、出かける前は膨らみが目立たなかったアサミのお腹がだいぶ大きくなっていたのネ。

 だから、少なくとも二十六年前の秋と、二十四年前の春にハ、ドルテから地球パーマントゥルが切り替わって、またドルテに戻ってイル……そういうことになるワ」

「なるほどなー……うん、分かりました」


 グロリアさんに説明を受けて、私はいよいよはっきりと頷いた。

 「次に地球に切り替わってからドルテに戻ってくるまで、どれくらいの時間が地球で流れるかが分からない」という根本的な問題こそあるが、今の話を聞いた限りではまだ救いがある。

 これはちょっと、アサミさんとロジャーさんに本格的に話を聞いた方がいいかもしれない。私はブレンドン閣下に身体を向けつつ、パーシー君に声をかけた。


「パーシー君、ごめん。閣下に通訳して。『案内してくれてありがとうございました』って」

「分かりまシタ。

 Domnul, er spune "Va multumim pentru calauzirea castelului."」

「Multumesc foarte mult, doamna Sawa. Va rugam sa va bucurati de excursie in Marele Ducat.」


 私に頭を小さく下げるブレンドン閣下。礼の意図が伝わったことに安堵しながら、私もしっかりと頭を下げ返した。

 あとはレストン家に向かうだけだ。私は目を白黒させているデュークさんの腕を軽く叩くと、びっくりするデュークさんにきっぱりとした口調で言葉を投げる。


「デュークさん、レストン家に戻ります。馬車の用意をお願いできますか?」

「エッ、ハイ、了解しまシタ」

「ロジャーとアサミに話を聞きに行くのネ、ちょうどいいワ。

 さっき私とデュークで済ませて来タこれ・・のこともあるシ、そこで全部話しちゃいまショウ」

「これ、って……そのキャリーケースですか?」


 グロリアさんが傍らに携えていた小ぶりなキャリーケース。どう見ても日本産のそれに私が首を傾げると、グロリアさんはにっこりと微笑んだ。




 かくして再び馬車に乗ってレストン家。

 とんぼ返りしてきた私たちにアサミさんもロジャーさんも驚きを露にしていたが、私の話を聞いてすぐに神妙な表情になった。


「確かに、私はドルテに来てから一度地球に帰り、またドルテに来ているわね……そこの時系列を整理するのは確かに有効だわ。

 ロジャーさん、あなたのデジタルカメラ、ここに持ってきてくれる?それと私の携帯電話テレフォン・モビルも」

「分カリマシタ」


 アサミさんの言葉にこくりと頷いたロジャーさんが席を外すと、ロッキングチェアーに座ったままのアサミさんがゆっくりと口を開いた。


「私が湯島堂書店ゆしまどうしょてんを通ってフーグラーにやって来たのは、西暦で2010年6月5日、大陸暦で1861年9月10日。

 今でも覚えているわ、言葉も分からない、文字も読めない状態で異国に放り出されて、アガターさんの力を借りてお城に連れて行ってもらって、奥様にお会いして……あの頃はエイブラム様が伯爵位を継がれる間際のことで、場内が慌ただしかったのを覚えているわ。

 そのままお城で働いている中で奥様の付き人をしているロジャーさんと出逢って、一年後に結婚したのね。そうして何度か閨を共にして、妊娠が分かって、喜びの絶頂にいる時に、ふとなんとなく、アガターさんのお店に行きたくなったの。大陸暦1863年9月29日、ロジャーさんを連れてね」


 ちょうどアサミさんの二つ折りタイプのガラケーと、ロジャーさんが所有しているデジタルカメラを持って戻ってきたロジャーさんに視線を向けながら、アサミさんは過去を噛み締めるようにゆっくりと話した。

 こうしてみると、ロジャーさんの持っているデジタルカメラも、コンデジであるが故にかそんなに大きなものではない。使い込まれているからか外装はかすれもあるが、まだ使えそうな感じである。


「じゃあ、その時に……」

「そうよ、ドルテから地球に切り替わった。

 切り替わったその時、地球の日時は西暦2010年6月13日……およそ一週間が経過した後だったわ。私がフーグラーで暮らしていた二年の間で、どこかで一週間分繋がっていたのね」


 天井を見上げながら、すっと目を細めるアサミさん。

 二年間過ごしていて、元の世界に戻ったら一週間しか経っていない。タイムトラベルしたような感覚に陥ることだろう。実際そういうことになるのかもしれない。

 だが現実に、アサミさんは二歳年を取り、ロジャーさんと結婚し、お腹には子供がいたわけだ。

 加えて地球でも一週間、アサミさんが姿を消していたことは厳然たる事実である。

 ロジャーさんがゆるりと首を振りながら説明を継いだ。


「ジャポーニアニ行ッテカラハ、アサミハ、職場ヘノ説明、ゴ家族ヘノ説明、色々ナトコロニ説明ヲ、シナイトナリマセンデシタ。アサミト私ガ結婚シタコトモ、オ腹ニ子供ガイルコトモデス。

 ソノ間ニ、アサミノパーパ、マーマ、ソーラニ会イマシタ。アサミノブニクノオ墓ニ、ゴ挨拶ニモ行キマシタ」

「そう……両親と姉にロジャーさんを会わせて、祖父母のお墓に結婚の報告をして、後は私がその気になるまで観光を、ね。地球で働いていた時の職場は退職させてもらったし。

 いろんなところに行ったのよ、新宿、渋谷、秋葉原、上野、横浜……箱根の温泉にも行ったかしらね。

 そうして二ヶ月くらい……8月5日だったわね。またふとなんとなく、アガターさんに会いたくなって、両親と姉にお別れをして、湯島堂書店に入ってしばらくしてたら、いつの間にかフーグラーに戻ってきた、って具合よ」

「来るときも、帰る時も……『なんとなく』の感覚が、あったってことですか?」


 アサミさんの話が途切れたタイミングで、私は一つの問いかけを投げた。

 アサミさんは「なんとなくベンさんに会いたくなった」と言った。それに従い湯島堂書店に行くことで、見事にそのタイミングを逃すことなく転移に成功している。

 ずっと不思議だったのだ。アサミさんがロジャーさんと地球に行って、ご両親に会っていることが。その二人が今もこうしてフーグラーで生活を送って、パーシー君とパメラちゃんを生んでいることが。

 ベンさんは確かに「切り替わる前に予兆を感じ取れる人はいる」と言っていた。アサミさんがそうだとしたら。

 そしてアサミさんは、ゆっくり、はっきりと頷いてみせた。


「そうよ。

 アガターさんになんとなく、ただ会いたいっていう感じではなくぼんやりと頭に浮かぶ形で会いたくなると、その幾らか後になって切り替わりが発生するの。

 何度か、そうなってもアガターさんに会いに行かなかった時、後になってふと携帯電話の時計を確認したら、時間が動いていたということがあったわ」

「それなら……」


 この家で過ごして、アサミさんがベンさんに会いたくなった時。そのタイミングで私が湯島堂書店に向かえば。

 思わずグロリアさんの方に視線を向ける。彼女は頷きを返しながら、ピッと人差し指を立てた。


「そうヨ、ミノリさんに寝泊まりしてもらう場所ヲ、レストンのお家にした一番の理由はソコ。

 寝食を共にしていレバ、アサミからその話も受けやすくなるでショウ? そうして一緒にいる間ニ、アサミが予兆・・を感じ取れれば一番。

 もしすぐのタイミングを逃したとしてモ、次に備えることが出来ル……ね? 理に適っているでショウ」


 人差し指を立てたままで、ぱちりと片目を瞑ってウインクしてみせるグロリアさんを見た私は。

 あまりの有り難さに、込み上げてくるものを抑えきれなくて、顔を覆うしかなかった。


「ありがとう……ありがとうございます、皆さん……私のために、こんなに……」

「ハイ、サワさん。ボクたちは全力でサワさんをサポートしマス。

 日本ジャポーニアにお帰りになるその時マデ、サポートさせていただきマス」

「そうよ、ミノリさん。貴女が無事に日本に帰ることが第一だもの。

 しっかりサポートさせてちょうだい。こんな私でも、役に立てるなら嬉しいわ」


 パーシー君に震え始める肩を抱かれ、アサミさんにも手を添えられて、私はただただ、嬉しさのあまり涙を零し続けた。

 帰りたい。

 こんなに優しい人たちの思いを無碍にしないためにも。

 私は、そう思うのだった。

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