第13話 スられた!!
レストラン「グラディーナ」で食事を終えた私達は、グロリアさんに先導される形で彼女が懇意にしている服屋へと向かっていた。
「ごちそうさまでした。すみません、お支払いいただいてしまって……」
「いいのヨ。お口に合ったなら嬉しいワ」
結局、昼食のお代は五人分全部、グロリアさんが支払ってくれた。
合計して7アルギンと300クプル。お酒の入らない、五人でする食事の代金としてはちょっとお高めな印象だ。
1アルギンでも出そうかと財布を出したのだが、グロリアさんがさっさと会計してしまったので、行き場のない財布は再び私の鞄の中にしまわれた。
財布を手に持ったまままごつく私を見る店員さんの視線が、実に痛かった。
「それにしても、やっぱり目立つんですかね私、日本人なのが丸わかりですし……」
「仕方がないわヨ、だって私と一緒に歩いているんだモノ。
歩いている最中も周囲からちらちらと、時にじろじろと見られる視線を感じて身を縮こませる私に、グロリアさんは何でもないように声をかけた。
まぁ、彼女の言うとおりだ。貴族階級の貴婦人が、被差別階級の男性を三人も連れて、さらにどう見たって現地人でない私と一緒に、親しげにしながら街を歩いているのだ。目立って目立って仕方がない。
グロリアさんがいるおかげか、街の人が身体を寄せて道を開けてくれるおまけ付きだ。近寄ってくる人間など一人もいやしない。
パーシー君がグロリアさんの隣を歩きながら、こちらを振り返りつつ苦笑を口元に浮かべる。
「ドルテの人々……特に
ボクもマーマ以外の人で黒い髪ヲしている
「はー……そういえば確かに、金色や茶色の髪の人が多いなとは思っていました」
パーシー君の言葉に、私を遠巻きに見る街の人を眺めながら、感嘆の声を漏らす私だ。
フーグラー市に暮らす人々のうち、
例外は
私と並んで歩くセオドアが、自分の胸元を親指で指さし、顔に笑みを浮かべながら口を開いた。続けてヒューゴーもセオドアを指さしつつ言葉を続ける。
「Daca este un Fiul, vor fi imbogatite mai multe variante. Rosu, albastru, galben, gri.」
「Ca si tipul asta, poate pata, uneori, purpuriu inchis, care sta in picioare.」
「『
確かに、セオドアは紫色に黄色の縞ダカラ、とても目立ちますネ」
「Este mai bine sa iesi in evidenta decat sa ai o culoare simpla ca tine.」
やれやれ、と言った様子でセオドアが肩をすくめた。深い紫色の毛皮に山吹色の縞が入っているセオドアは、非常に見た目の色が鮮やかだ。
私を挟んで反対側を歩きながら軽口をたたくヒューゴーも、臙脂色の毛皮で全身を包んでいるから、こちらも相応に目立っている。
二人の毛皮の鮮やかさと比較すると、灰色一色のパーシー君の毛皮はどうしてもシンプルに見える。変に目立たないので、私は逆に好ましいのだが。
すると、ヒューゴーが私の方にそっと身を寄せてきた。その視線を私の髪に向けて、興味深そうに指先で触れてくる。
「Parul tau negru este de asemenea frumos si de preferat. Este aceasta culoare initial?」
「えっ、あー……パーシー君、今のは」
「『貴女の黒い髪も、綺麗で素晴らしいです。元からその色なのですか?』と言っていマス。
……女性の髪の毛を許可なく触るノハ、マナーがよろしくないですヨ、ヒューゴー」
「Oops, imi pare rau.」
パーシー君にじろりと睨まれて、ヒューゴーは私の髪から手を離した。
その大柄な体格に見合わないつぶらな瞳を見ると、どことなく愛嬌がある顔立ちに見える。こういうと何だが、ちょっと可愛い。
私は小さく肩を竦めると、パーシー君にちらと視線を向けた。
「……パーシー君、とりあえず、彼に『気にしないでください』と伝えてくれる?」
「分かりましタ。Hugo, er spune "Ca nu ar trebui sa fie in minte".」
「Multumesc, doamna.」
ようやく通訳らしい仕事を果たしてくれるパーシー君に声をかけられたヒューゴーは、小さく私に頭を下げると、少し距離を取った。
恥ずかしいのか、照れているのか。微妙によそよそしい風合いを感じる。
グロリアさんが後ろを振り返って、苦笑しながら私に頭を下げた。
「ごめんなさいネ、ミノリサン。まだまだ若い盛りダカラ、物珍しいものを見るト反応してしまッテ……」
「いえ、大丈夫です。気持ちは分かりますし」
頭を下げるグロリアさんに、同じく頭を下げ返す私である。
気持ちは分かる、それは事実だ。外国人が間近にいて、髪の色や姿かたちが自分と違うものがあるとなったら、興味を覚えるのも無理はない。
まぁ、勝手に髪の毛を触るのは確かにマナー違反だ。それはよろしくない。しかしそこもパーシー君がクギを刺してくれたから、大丈夫だろう。
「アリガトウ、そう言って貰えるト私も気が楽ヨ……あぁ、着いたわ、ここが女性ものノ下着を取り扱うお店ヨ。
Barbati, voi cumpara lenjerie de corp de acum, asteptati linistit in afara magazinului! Nu intra!」
「「「Da, doamna!!」」」
グロリアさんが厳しい口調でパーシー君、セオドア、ヒューゴーに告げると、三人はびしりと背筋を正し、揃って右手を額に当てた。
要するに、敬礼のポーズである。
姿勢を崩さない三人を見渡した私は、徐にグロリアさんに向けてことりと首を傾げた。
「今のって、『店の中に入ってこないように!』って厳命ですか?」
「そういうことヨ。さ、行きまショ」
店内に入ると、ふわりと華やかな香りが鼻腔をくすぐった。
セーターにカーディガン、ブラウスにワンピース、パンツにスカート、様々な服が所狭しと並ぶ服屋は、想像していた以上に立派で広かった。
「はー……すっごい……」
「凄いでショ? ここなら下着も服も、
Ah, Adele! Vreau sa vad haine si lenjerie pentru ea aici. Ma intreb daca sunt bune?」
「Bine ati venit, doamna Gloria. E o fiinta scurt, nu-i asa? Doar o lucrare noua a sosit, deci va rog sa aruncati o privire.」
私の隣でにっこり笑うと、グロリアさんは奥からこちらに歩んできた店員さんに向けて手を上げた。
恐らく、馴染みになっている店員さんなのだろう。
小さく目を見開いた私がグロリアさんの顔を見ると、彼女はぱちりと片目を閉じてみせた。
「『
「あっはい、お願いします」
「Adele, in primul rand as vrea sa vad lenjeria de corp, este bine?」
「Da, doamna. Aici placut.」
アデルと呼ばれた店員さんの後について、グロリアさんと私は服屋の中を進んでいった。
数分後。
私は試着室で、グロリアさんの持ってくる服を次々に着せられていた。
下着に関しては深く考える必要もなく、シンプルで安くて着心地がいいのを籠へと放り込んだので、それでいい。
さて次は服だ、と見ようとしたら、グロリアさんに試着室へと連れていかれたのだ。
「キャー可愛イー! ミノリサンそれすっごく可愛いわヨ!!」
「はぁ……ありがとうございます?」
ポップな色合いのセーターにキュロットを穿いた私を、グロリアさんは手を叩いてほめそやしている。
対する私はなんというか、実に微妙な心境だ。
グロリアさんは私の心境などいざ知らず、続けざまにロングのAラインワンピースと長袖のカーディガンを押し付けてくる。
「こっちのワンピースにカーディガンはどうカシラ? キャーやだこっちも可愛イー!」
きゃいきゃいはしゃぐグロリアさんは頬を赤く染めて、すっかり少女の顔つきだ。
高い声で可愛い可愛いと叫ぶその様子は、どことなく日本の女子学生っぽい。パッと見た感じ50代くらいだと思うんだけどなぁ、この人。
それにしても私はすっかり着せ替え人形状態である。身につけさせられたカーディガンの裾をつまみながら、私は上目遣いにグロリアさんを見やった。
「あの……グロリアさん?? これ……高くありません?」
「ソウ? 全部ひと揃えで21アルギンでショ、そんなものだと思うわヨ?」
「(き、金銭感覚がお貴族様だー……!!)」
私は試着室の中で、小さく身体をのけぞらせた。
日本の貨幣価値なら、ワンピース、カーディガンを全部買って21,000円なら、まぁブティックとしては普通と言える気はする。
しかしここは異世界ドルテ、貨幣価値は無論だが日々の生活でかかる額も違うわけで。
21アルギンをこれだけの服につぎ込んだとなったら、目を剥く人は何割かいそうだ。さすが、貴族のグロリアさん御用達。
「ひとまず、あの……下着も3セット買わないとならないので、服と下着全部まとめて20アルギン程度だと助かります……
あと、出来ればシャツかブラウスは2枚欲しいんですが……」
「あら、そうナノ? それじゃしょうがないわネ、もうちょっとグレード落とすか、アデルに値段交渉しましょうカ」
そう言いながら試着室を出て、店内を眺めつつ歩いていると、雑多に商品がかけられたラックが目に留まった。
ブラウスも、シャツも、スカートも一緒くたにかかっていて、それらの値札らしきタグには赤線が引かれて書き足しがされていて、ラックの上に何やらポップが掲示されている。
私がそのラックにかかった商品の値札をまじまじと見ていると、グロリアさんがラックのポップを見て声を上げた。
「……あらっ、これセール品? ミノリサン、このブラウスどうかしラ? 30パセントオフで3アルギンと200クプルになってるワヨ」
「あっ、いいですね。その隣の色違いのも可愛いです」
「じゃあこれとこれを買って……あら、このジャケットもオシャレ。ミノリサン、どう?」
「よさそうですね、値段は……6アルギンですか、これ?お手頃ですね」
そうして私とグロリアさんは、セール品の中からよさそうな服を見繕っていった。
ジャケット1着、スカート1枚、ブラウス2枚、ニーソックス3枚、ブラジャーとショーツが3枚ずつ。
これだけあれば洗濯しつつ回していけば、何とかなるだろう。
「まぁ、こんなところでいいでショウ。これで合計が……アー、22アルギンくらい、カシラ」
「そのくらいですかね。両替した30アルギンには手を付けていないですし、足りるはず……
……あれっ?」
鞄を開けて、中からお財布を取り出そうとした私は戸惑いがちに声を上げた。
鞄の中に入れていたはずの、ピンク色の長財布が見つからない。
他の荷物に埋もれているのかとも思って中身をひっくり返すが、やっぱりない。
さぁっと背中に冷たいものが走るのを感じながら、私は叫んだ。
「お財布がない!!」
「なんですッテ!?」
スられた! 私はこの瞬間に、そう確信したのだった。
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