花を咲かせる、おしごとをしています。

芹意堂 糸由

花を咲かせる、おしごとをしています。

 フィーアンは、つぼみの花を見つけて花開はなびらかせる妖精です。暖かいとこらから、やってくるのです。しかるべきとき、しかるべきところに、フィーアンはやってきます。


「照り咲いた 照り咲いた

 赤、ピンク、また赤、赤、黄色に白

 咲け 咲け 今咲け

 わたしが咲かすの 今咲かすの

 それがわたしのおしごと

 つぼみは今、咲くの」


 フィーアンがまたつぼみに触れると、そのつぼみは美しく咲き誇りました。

 袖を揺らし、髪をなびかせながら、フィーアンは飛び回ります。花から花へ、つぼみから花へ。フィーアンは満足げに頷きます。


「照り咲いた 照り咲いた

 あたりをてらすために 今照り咲いた」


 そんなフィーアンがまた一つ、小さな紫色のつぼみに手を当てようとしたときでした。


「まって」


 と、声がした方を見れば、違う妖精が手を伸ばしています。

 首を傾げるフィーアンに、妖精は続けました。


「まってください。そのつぼみだけは、そのままにしておいてください」


 妖精に、フィーアンは眉をひそめます。


「だめだよ、いま咲かせないと」


 フィーアンが首を振ると、妖精は泣きそうな顔で、訴えました。


「お願いします。このつぼみだけは、残してほしいのです」

「なんで」


 フィーアンが言問うと、妖精は懇願する目でいいます。


「このつぼみを、毎日そこの窓辺から眺めている女の子がいるのです」

「うん」

「その女の子は、このつぼみがお友だちなのだと、いっています」

「じゃあお友だちを咲かせてあげないと」


 フィーアンがいうと、妖精はその目をさらに潤ませて、ぶるぶると首を振りました。


「お友だちが咲いてしまうと、女の子はひとりぼっちになってしまいます」


 困惑するフィーアンに、妖精は言い辛そうに、説明しにくそうに、口を動かします。


「女の子は」


 妖精は俯いて、暗く、「女の子は、咲きません」といった。


「咲かない? 女の子は、人間じゃないの」

「人間です」


 妖精はさらに俯き、フィーアンはさらに困惑の表情を見せます。


「女の子は、ひとりぼっちです」


 妖精はいいます。


「女の子は、毎日ひとりでたたかって、そしてもうすぐ、そのたたかいもおわるのです」


 フィーアンは妖精を見ました。妖精の目には、先ほどとは比べものにならない悲しみが映っていました。


「女の子は、そんな中、お友だちを見つけたのです。小さな小さなつぼみ、まるで女の子のお友だちのような花でした」


 妖精は懇願します。


「女の子は毎日、お友だちを眺めます。安心の表情で、嬉しげな表情で」

「うん、よくわかった」


 フィーアンは妖精の頭に手をのせて、ぽんぽんとたたきました。フィーアンは妖精にいいます。


「わたしはいま、このつぼみを咲かせない」


 妖精にほほえみます。


「女の子と、そのお友だちに、よろしく」


 フィーアンはそういって、立ち去ろうと、足を上げます。


「それでもわたしは、女の子がいつか咲くんだと、信じるから」


 妖精の目が見開かれます。


「つぼみにならない花もあるし、種のままなものもある。だけどきっと、そのどれもいつかは咲く。その季節じゃないだけだよ、きっと。──だから女の子も、いつか絶対に咲くよ」


 妖精は頷き、お礼のように頭を下げました。フィーアンの目に、それは嬉しそうに、美しく映りました。


「じゃあ──」


 フィーアンは手を振って、次の花へ飛んでいきます。次の地へ、次のつぼみへ。フィーアンの去った地には、照り咲く花たちがいます。きらきらと、あたりを照らす、花々がいます。


「照り咲いた 照り咲いた

 どのこも華やかに 照り咲いた

 咲かぬつぼみも また一興

 未来に幸ある つぼみらも

 わたしがいつか 咲かせましょう」


 フィーアンは、つぼみの花を見つけて花開はなびらかせる妖精です。暖かいとこらから、やってくるのです。

 フィーアンは、どこへでも、飛んでいくのです。



 まだ咲いていないつぼみにも、いずれ。

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花を咲かせる、おしごとをしています。 芹意堂 糸由 @taroshin

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