自称普通のJKちゃん'sを拾ったが、夜の彼女らはとても激しい

緋色の雨

プロローグ試作版

 この大陸には様々な魔物が存在している。人々に害をなす魔物達は大気中の魔力素子(マナ)を取り込んで発生するため、より魔力素子(マナ)の濃い場所ほど危険な地帯となっている。

 大陸を移り住んだ人間達は、必然的に魔力素子(マナ)の薄い地域で生活基盤を整えていったが、魔力素子(マナ)は人々の生活にも必要不可欠なエネルギーである。


 ゆえに、初代の王はある計画を打ち立てた。


 それは街に冒険者ギルドを作って冒険者達を育成。魔力素子(マナ)の密度が高い地域の魔物を倒し、様々な素材や魔石など、魔力素子(マナ)の影響を受けたモノを人々に供給するという計画だ。


 最初は困難も多かったという。

 だが、魔物を倒した際に入手出来る魔石は様々な魔導具の動力となり、魔力素子(マナ)を吸収して育った薬草は素晴らしい効果を発揮する。

 人類は戦いの術を学び、徐々に魔物の領域に踏み込むようになった。



 それから時は流れ、俺――アルベルトはこの世に生をうけた。

 その頃には人類と魔物の領域は拮抗しており、冒険者は実入りの良い――特に平民にとっては憧れの職業となっていた。


 俺もご多分に漏れずに憧れを持ち、幼馴染み達とパーティーを組んで冒険者となった。

 十二歳で冒険者になった俺達は最初こそ苦労もあったが、幸いにも良い師に恵まれ、冒険者としての地位をみるみる伸ばしていった。

 そして二十歳を前にして、俺達は冒険者の頂点にまで上り詰めた。


 様々な加護を受け、勇者の認定を受けるに至ったジークフリート。

 ただひたすらに剣技を極め、剣姫と憧れられるに至ったエミリア。

 治癒魔術を極め、聖女と崇められるに至ったセシリア。


 そして、多岐にわたる魔術を使いこなし、賢者の称号を得るに至った俺。

 途中から加わった仲間も存在するが、俺達は連係のよく取れたパーティーで上手く回っていて、これからもずっとその四人で戦っていくのだと思っていた。


 だが――俺はパーティーを抜けることになった。一緒に生まれ育った幼馴染みや、共に戦った仲間と別れ、俺は一人で旅をしている。


 目的は――特にない。

 田舎でのんびり暮らそうかとも思っているが、それだって未定だ。ただなんとなく魔物を狩って、日々を生きている。

 それが、いまの偽りない俺だった。


 だが、そんな色あせた俺の生活が一夜にして彩りに満ちたものとなる。

 切っ掛けはある日の午後、俺が草原で魔物を狩っていたときのことだ。遠くの空に様々な光を帯びた魔法陣が出現。その光が地上へと降り注いだ。


「……なんだ、あれは?」

 賢者と呼ばれるに至った俺が、見たことも聞いたこともない魔法陣とその現象。俺は反射的にその光の下へと駈けだしていた。


 たしか……この辺り、だったよな?

 光は既に消えているし、光が降り注いだのは森の奥だったので詳細な位置が分からない。なにか変化があれば、見たら分かるはずだけど……


「きゃあああああああっ!」

 不意に甲高い悲鳴が響き渡った。


「いまのは……あっちか!」

 俺は悲鳴が響いた方へと急行する。

 森の茂みを駈け抜ける――が、身体が重い。俺は自分の能力に不満を抱きながら、全力で森の中を駆け抜け――声の主を見つけた。


 森の中にぽっかりと空いた広場で、黒髪の女の子が四足歩行の獣――ガルムに襲われている。木の棒を振り回して応戦しているが、ガルムはそれを掻い潜って少女に襲いかかる。


「きゃあああああああっ!?」

 少女はとっさに腕で顔を庇ったが、その腕を噛まれて地面に引き倒された。ガルムが、あらためてそのキバを、少女に突き立てようとする。

 ――くっ、間に合わない!


 俺はいまの自分に可能な最高の自己強化の魔術を発動。全身を蝕む苦痛に耐えながら、少女との距離を一瞬で詰め――ガルムを蹴り飛ばした。

 距離を詰める勢いをすべて乗せた蹴りを喰らったガルムは吹き飛び、木の幹にぶち当たって鈍い音を立てて落下。そのままピクリとも動かなくなった。

 はあ……はあっ、まに、あった。


「あ、あなたは?」

「話は後だ。まずは逃げるぞ!」

「え、え?」

「あれだけ悲鳴を上げたんだから、他の魔物も寄ってくるぞ」

「え、そう、なんですか?」

 ぽかんとした少女の姿に苛立ちを覚える。


「魔物は魔力を持つ人間を好んで襲う。それくらい知ってるだろ?」

「いえ、その、私は……」

「とにかく、ここから離れるぞ。数が多かったら、俺でも護りながら戦うのは厳しい」

 これ以上の話し合いは無駄だと少女の腕を掴んで引っ張ろうとする――が、少女はそんな俺に抗った。


「おい、どういうつもりだ? 死にたいのか?」

「そ、そうじゃなくて、そこに他の子が倒れているんです!」

「他の子……っ」

 視線を向ければ近くの茂みに、似たような格好の少女が二人倒れていた。駆け寄って脈を調べると一応生きてはいたが、酷い傷を負って意識を失っているようだ。


「この子達はおまえの知り合いか?」

「いえ、知らない子達です。ただ、気付いたら、私も彼女達と一緒に倒れてたんです」

「……気付いたら倒れてた?」

 ただの冒険者なら自己責任だと見捨てるところだが――三人が三人とも、戦いなんて知りもしないと言いたげな少女達。

 この様子だと、さっきの魔法陣でどこかから召喚された、か?

 そんなことを考えているあいだにも森の奥から遠吠えが聞こえてくる。考えている時間はなさそうだ。こうなったら仕方ない。


「おい、おまえ、名前は?」

「わ、私は楓です」

「なら楓、ポーションをこいつらに飲ませろ!」

 上級のポーションを二本、楓の手に押しつける。

「は、はい。でも……あなたは?」

「心配するな。俺がおまえを護ってやる」

 腰の剣を引き抜き、出来るだけ楓を安心させるように笑った見せた。

 だが、楓はぽーっとしていて反応がない。


「おい、どうした?」

「え? ……な、なんですか?」

「なんですかじゃねぇよ。さっさとそいつらにポーションを飲ませてやれ。意識がなければ飲まないかもしれないから、そのときは口うつしで飲ますんだぞ」

「えええええっ!?」

 楓が真っ赤になって慌てふためいた、乙女かっ。なんて突っ込みをしてる場合じゃない。森の奥から最初の一体が飛び出してきた。


「あああっ、また、またオオカミが!」

「オオカミ? あれはガルムだぞ。それと――」

 俺は楓達の前へ立ち、襲いかかってくるガルムを一刀両断に斬り捨てた。


「ふわぁ……凄い」

「見ての通りだ。ガルム一体とかなら問題はない。だから、早くポーションを飲ませてやれ。じゃないと、放っておくと出血で死んでしまうぞ」

「わ、分かりました!」


 楓が今度こそ残りの二人の治療に取りかかる。それを横目に、俺はあらたに襲いかかってくるガルムを斬り捨てた。

 その次は二体同時。俺は片方を剣で切り伏せ、反対側から襲いかかってきたガルムは攻撃魔術で焼き払う。全身に痛みが走るが、構っていられない。

 剣で対処できる相手は剣を使い、それでも無理な相手は魔法で薙ぎ払う。そうして、俺は十数体にも及ぶガルムの群れを殲滅した。


「はあ……はあ。これで、終わり……か? ……っ」

 周囲にあらたな敵は見つからない。念のためにと魔法で周囲をサーチする。どうやら近くの魔物は全滅させたようだ。だが、限界を迎えていた俺は思わず膝をついた。

 その瞬間、大丈夫ですかと駆け寄ってきた楓が身体を支える。


「ああ、大丈夫、だ。それより、そっちはどうだ?」

 俺はポーションを飲んで、倒れている少女達へと視線を向ける。

「頂いたポーション? は飲ませました。もちろん、ファーストキスも死守しましたよ。だ、だからその……えっと」

「……はい?」

 なぜこの子はこんなに顔を赤らめているんだろう? もしかして、ユリ的な女の子で、殺気の子達を意識しているのだろうか?


「な、なんでもないです! それより凄いですね、あれ。彼女達の傷がみるみる塞がっていきましたよ!」

「上級のポーションだからな」

「もしかして、高価なもの……なんですか?」

 途端に心配そうになる楓。


「おまえらが無事ならそれで良い」

「……それ、高価であることは否定してませんよね?」

 なかなか細かいことに気付く少女である。

 俺は気にするなと、少女の頭に手を置いて軽く撫でつけてやった。


「あうぅ……」

 真っ赤になって俯いてしまう。どうやら見た目通り純情な女の子らしい。


「さて、これからどうするかだな」

「移動した方が良いんですよね? 私もがんばれば、一人は背負えると思います」

「……いや、周囲の敵は倒したから、下手に動かない方が良い」

 問題は、血の臭いを嗅ぎつけてくるやつがいるかもしれないことだけど――と、俺は倒したガルムをすべてアイテムボックスへと放り込んだ。

 重量に制限はあるが、中に入れたモノの時間が止まる優れた能力である。


「わわ、魔物が消えちゃった」

「楓はもしかしてアイテムボックスを知らないのか?」

「アイテムボックスですか? 物語の中でなら……」

「物語……?」

 どういうことだろうと考えながら、アイテムボックスから小屋を取りだして広場に置いた。


「こ、小屋!? 小屋が出てきましたよ!?」

「いまのもアイテムボックスだ。……ホントに知らないんだな」

 アイテムボックスの技能を持ってる者は少ないし、俺くらいの容量があるものはもっと少ない。けど、知らないものはいないと言うほど有名な能力だ。

 それを知らないなんて……と、考えるのは後回しだな。


「ひとまず……おまえは何者なんだ?」

「私は楓、十八歳。普通の女子高校生ですよ」

「……ふむ。女子高校生?」

「そうです」

「なる、ほど……?」

 自分で普通を名乗るのが良く分からないが、育ちが良さそうなことを除けば、たしかに普通の女の子っぽい。あと、少しエキゾチックな容姿で、顔立ちが整っているくらいだろう。

 ……って、全然普通じゃない気がするが。


「まあ良い。詳しい話は後だ。まずはその二人を部屋に運び込む。それから――」

 そのとき、楓のお腹が「くぅ~」と可愛らしく鳴った。


「……その後は食事だな」

「あうぅ……ごめんなさい」

「いや、元気な証拠だろ。色々準備するから、その子達の側についててやってくれ。目が覚めたら不安がるだろうしな」

 楓に指示を出して、意識のない少女二人を部屋のベッドに寝かす。それから俺は周囲に敵感知の結界を張り、家の前でたき火を作る。

 更にはアイテムボックスに放り込んであった鳥を切り分けて、塩を振って串焼きにした。


 そして焼き上がった串を木皿に積み上げて小屋の中に――入ろうとすると、中からくぐもった少女の声がかすかに聞こえてきた。

 ……なんだ?


「楓、入るぞ?」

 一応着替え中なんかの可能性を考えて声を掛けると、中からバタバタと音が響く。

「……おい、楓?」

「は、はい! なんですか!?」

「……いや、串焼きを持ってきたんだけど……入って大丈夫か?」

「だだっ大丈夫です、私はなにもしてません!」

「……はい?」

 意味が分からないと思いつつ小屋に入る。少女が三人もいるせいか、小屋からは少し甘い香りがする。


「彼女達は……眠ったままか。おまえはどうしたんだ?」

 なぜ抱えでは部屋の隅で顔を真っ赤に染めている。

「ど、どどっどうもしませんよっ!」

「……それなら良いんだが、串、食べるか?」

「は、はい。頂きます! で、でもその前にその、手を洗ったり出来ませんか?」

「ん? あぁ、そこで洗えるぞ」

 魔石で水を生み出し、小屋の外に排出する洗面所がある。それを指差すと、楓はいそいそと手を洗い始めた。それからあらためて、小さなテーブルを挟んで二人で席に着く。


「それじゃ、口に合うか分からないけど……どうぞ」

「は、はい。頂きます。……んぐっ」

 串にささっと肉を一切れ口にした楓は、口を覆って泣きそうな顔をした。


「……お、おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫、です。美味しい、ですよ?」

「……口に合わなかったんだな」

 どう見ても、俺に気遣っているようにしか見えない。


「いえ、あの……食べさせてもらってる身で、すみません」

「いや、気にしなくて良いけど……どの辺が口に合わないか教えてくれるか? 他の肉もあるし、可能なら改善する」

「えっと……それじゃ、その……これ、血抜き、しましたか?」

「……血抜き?」

 なんだそれと首を傾げると、「なんでしてないんですかああああああっ!」と楓は声にならない悲鳴を上げた。


「なんでと言われても……必要なのか?」

「傷から菌が入り込み、体温が少し下がったところで血液中で菌が一気に増殖するんです。それが原因で臭くなるんです。だから、普通は締めてすぐに血を抜いた方が良いです」

「そんな方法があるんだ?」

「ええ。だけど、窒息死みたいに傷を付けなければ血抜きをする必要はありません。むしろしない方が味が良くなることもあります。あとは、急速に冷やす、とかですね」

「へぇ……」


 俺は聞いたことがないし、こういった肉の味が普通だと思ってた。この子、普通の女の子とかいってたのに、妙なことを知ってるな。

 とまぁ、そんな感じで食事をしていると、ほどなく残りの二人も目を覚ました。最初は驚いて警戒していた二人だが、同じ年頃の楓が説明することで事無きを得た。

 ついでに、軽く自己紹介もすます。


「お兄さん、助けてくれてありがとう!」

「あたしも、あなたに感謝するわ」

 二人が思い思いに感謝を伝えてくる。


 ちなみに、俺をお兄さんと呼んだのが蒼依。

 この中で一番年少の彼女は、少し幼さを残しているが他の二人に負けず劣らずの愛らしい容姿の持ち主で、赤みがかった髪と青い瞳を持っている。

 日本という国から来た学生で、やはり普通の高校生で、一年らしい。


 でもって、少し強気なお嬢様っぽい口調の女の子はクレアリディル。

 楓と蒼依のあいだくらいの歳で、プラチナブロンドと金色の瞳を持つ神秘的な少女だ。俺から見ると絶世の美少女だが、やはり日本から来た普通の女子高生らしい。


 ……日本、聞いたことはないけど、きっと多民族国家なんだな。


「ところで、二人はどうして森で倒れてたんだ? 楓は気付いたらあそこにいたって言ってたんだけど……」

「えっと……私はその、まったく別の場所で大怪我を負って、あぁこのまま死んじゃうんだって死を覚悟してたんですけど……気付いたらベッドで寝てました」

 ふむふむ。怪我を負ってるのが楓と違うけど、基本は似たような状況みたいだな。


「じゃあクレアリディルは?」

「あたしも似たようなものね。別の場所で死にかけて、気付いたらベッドで寝てたわ。怪我を負ってなかったってことは、あれは夢だったのかしら?」

「いや、怪我は俺の手持ちにあったポーションで治した」

「あら、そうだったの。ならあなたはあたしの命の恩人ね。あらためて感謝するわ」

「あ、蒼依もっ! ありがとう、お兄さん!」

「アルベルトさん、さっきは危ないところを助けてもらってありがとうございます!」

 クレアリディル、蒼依、楓と、それぞれが感謝を示す。頭を下げた二人に対して、クレアリディルはカーテシーをして見せた。この子だけ、貴族っぽい感じがする。


 変わってるけど、悪い子達じゃなさそうだな……とか考えながら食事を再開した。ただ楓同様、蒼依も血抜きをしていないお肉は食べるのが辛そうだった。

 クレアリディルは気にしないと言っていたが……次からは血抜きとやらを実践してみよう。



「ところで、三人は帰るあてがあるのか?」

 その言葉を口にした瞬間、楓と蒼依が困った顔をする。


「ここにどうやって来たか分からないので……帰る方法がありません。アルベルトさんは、日本っていう国を聞いたことがないんですよね?」

「悪いけど知らないな」

 俺は別の大陸までは詳しくないので、その辺の可能性はあるかもしれないと思ったんだけど、どうやらそういった感じでもないらしい。


「ねぇねぇお兄さん。この小屋をマジックボックスっていうので出したんだよね?」

「ああ、そうだけど?」

「なら……私達の住んでる世界と、この世界は別の世界じゃないかなぁ。蒼依が読んでる漫画に、そういう異世界転移って言うのがあるんだよ~」

「……ふむ。異世界召喚、か。あの魔法陣が原因なら、それくらいあり得るかもな」

「……魔法陣?」

 三人が揃って首を傾げたので、俺が見た魔法陣のことを三人に教えた。


「ふぅん、話を聞いていると、それで転移させられたみたいね。理由までは分からないけど」

 困った顔の二人に対して、クレアリディルはそれほど困ってるように見えない。


「……クレアリディルは帰るあてがあるのか?」

「クレアで良いわよ、アルベルトさん」

「なら俺もアルで良い」

 俺が応じると、クレアがふわりと微笑んだ。その両隣で、楓と蒼依がちょっと膨れてるような気がするけど……どうしたんだろ?


「それじゃアル。質問の答えだけど、あたしも帰るあてはないわ。ただ、あなたに命を救われた以上は、あなたに恩返しをしようと思ってる。だから、帰る必要はないの」

「……あ、それなら蒼依も、お兄……アルお兄さんのところにいようかな」

「わ、私も。アルベ――アルさんに恩返ししたいです」

 三人が詰め寄ってくる。

 恩返しなんて別に必要ないんだけど、楓や蒼依はどこか必死な面持ちだ。もしかしたら、行く当てがないから、側に置いて欲しい……って感じなのかね?


 どうしようかな――と、俺は考えを巡らす。

 ソロで旅をしているのは別に、パーティーに嫌気がさしたからじゃない。

 特に目的もないし、いずれはどこかの村かなにかで雑用でもしてもらうとして、生活の面倒を見るくらいは大した手間じゃない、か。


「分かった。それじゃ、みんなの気が済むまで、一緒に行動をしようか」

 気が済む――というか、他にやりたいことや行く当てが出来たら出て行けるように、俺はあえてそんな風に申し出た。


 そんなこんなで、俺達はしばらく行動を共にすることとなった。そして、どこかの田舎町にでも腰を落ち着けて、のんびりと暮らす――のだと思っていた。



 ――だが、その日の夜。事態は俺の思ってもいなかった方へと急変する。三人にベッドを貸し与えた俺は部屋の隅で眠っていたのだが、不意に気配を感じて目を覚ました。

 そして、目を開いた俺の視界に飛び込んできたのは――


「ちょっ、なんで服を脱いでるんだ!?」

 ――魔導具による薄明かりに照らされた蒼依の半裸姿。蒼依は床の上に立ってパンツを脱ごうとしていた。既に上は素っ裸で、後は靴下とスカートしか残っていない。


「ひゃうっ!? お、お兄さん、どうして起きて――っ」

 蒼依は悲鳴じみた声を上げるが、慌ててその声のトーンを落とした。二人が目を覚ますことを恐れたんだろう。俺もこんな状況を見られたくはないので助かる。


「気配を感じたから目が覚めたんだ。それより、なにをやってるんだ?」

「こ、これはそのっ。お兄さんに助けてもらったから、恩返しをしようと思って」

「はあ? 恩返しって……他の奴らが寝てるんだぞ?」

 俺も男だし、据え膳を断ったりはしないが……と、クレアや楓に視線を向ける。


「……え? ひゃっ、ち、違うよ!?」

 魔導具に照らされた蒼依の裸体が真っ赤に染まった。


「違う? なら、なにをしてるんだ?」

「こ、これはその……魔物、魔物の気配を感じたから」

「魔物? ――っ」

 結界より外だが、ありえないほどの魔物の気配がある。

 これはまさか、スタンピードか!? 


 この規模はさすがに不味い。全盛期の俺でも対処できるか分からないレベルだ。急いで退避しないと、全滅しかねない。


「蒼依、どうして気付いた――っ」

 俺の見ている前、蒼依が靴下を脱ぎ捨て、最後にスカートをストンと落とした。完全無欠に生まれたままの姿。その裸体の美しさよりも、意味不明な行動に硬直してしまう。


「――灼熱の炎を秘めし形無き神器を振るう」

「……はい?」

「愛と正義をその旨に宿す光の乙女」

「いや、急になにを言ってるんだ?」

 しかも、素っ裸で――と俺は目を丸くした。

 そして――


「セット、レーヴァテイン! リリカルマジック、ウェイクアップ!」

 蒼依が叫んだ瞬間、小屋が光に包まれた。


「……なによ、この光」

 騒ぎに気付いたクレアが起き上がって目をしかめた。

 そんなクレアの前――蒼依を中心に放たれていた光は消え去り、魔導具の薄明かりに照らされた蒼依の姿があらわになる。

 だが、先ほどまでの素っ裸ではなく、なにやらファンタジーな衣装を身に着けている。あと、その手には何だか白い杖も握られていた。


「……蒼依、だよな?」

「なんか、魔法少女みたい……なんだけど」

 俺とクレアが呆気にとられる。


「説明は後だよ! 魔物は、蒼依におませだよっ!」

「お、おい?」

 俺の横を走り抜け、蒼依が小屋の外に飛び出していく。慌てて後を追い掛けるが、蒼依は空を飛んでいくところだった。


「飛行魔術、だと?」

 全盛期の俺でも難しいことを、幼さの残る少女があっさりとやっている。

 しかも――


「レーヴァティン、フルバースト!」

 空の彼方から聞こえる声に呼応して、杖を中心に立体的な魔法陣が展開。そこから無数の炎が打ち出され、地上にいる魔物を打ち抜いていく。


「……すげぇ」

 俺でも撃てるかどうかの大魔術を、空を飛びながら撃つとか尋常じゃねぇ。


「……なにあれ、魔法少女?」

 起き出してきたクレアが俺と同じように呆気にとられた顔で蒼依を見上げている。


「魔法少女って言うのか?」

「ええ。たぶん……ね」

「……そうか」

 あんなのが、日本という国では普通の女の子の範疇なのか。……凄いな。


「それにしても……アル達を護るのはあたしの役目だと思って油断してたわ」

「……うん?」

「アル、あたしも戦ってくるわね」

「はい? って……クレア、おまえ」

 月明かりの下、クレアのプラチナブロンドが淡い光を纏い、金色の瞳が爛々と輝いていた。見た目は美しいが、その濃密な殺気はただ者じゃない。


「始祖の吸血鬼の力、見せてあげるわ」

「吸血鬼? ――なっ」

 一瞬身を沈めたと思ったら、クレアが信じられないほどの速度で森へと飛び出していった。そして遠くに見えるオーガを、そのしなやかな足の一撃で蹴り飛ばす。

 クレアの何倍もアルオーガの巨体が吹き飛び、森に轟音が響き渡った。


「な、なんだあれ。エミリアにフルエンチャしても、あそこまでの力は出ないぞ?」

 信じられないほどの身体能力だ。


「ク、クレアお姉さん!?」

「ふふっ、あなた一人に良いところは取らせないわよ」

「えっと、良く分からないけど、あっちから敵が一杯来てるの!」

「そうね。じゃあ、あたしは地上で強そうなのをやるわ」

「分かった、蒼依は上空から雑魚を殲滅するね!」

 森の奥からそんな声が聞こえてくる。

 さらには、魔物共の絶叫や爆音。激しい戦闘の音が響いてくる。なんと言うか、こう……戦闘音というか、戦争をしてる勢いである。

 ……マジでどうなってるんだ?


「俺も援護を……いや、楓を置いていくのは不味いか?」

 普通の女の子を名乗るわりに知的な子だとか思ってたけど、いまにして思えば一番、俺の知っている普通の女の子に当てはまる気がする。

 ひとまず起こして避難させよう。

 ――と、小屋に戻った俺は、思わず反応に困った。


「……んっ。こんな……どう、してっ。……ダメ……ぇっ」

 ベッドで眠る楓が、自分を抱きしめて悶えていたからだ。自分を慰めてるわけじゃ……ないよな? むしろ、寝てる? うなされてる?


「お、おい、楓……? しっかりしろ、楓!」

「んく……はぁ。ア、アル、さん? 私……どう、して?」

 楓がかろうじて意識を取り戻した。――が、悩ましげな吐息は相変わらず漏れている。


「それはこっちのセリフだ、なにがあった?」

「……んっ。これは……穢れ、です」

「穢れ?」

「うくっ。私は巫女の一族で、穢れをその身に取り込んで浄化、するんです。でも、そのときに、その……んっ。身体が熱く、なって……。ダメ、もう、耐えられない――っ」

 楓がその身を震わせ、荒い息を漏らす。

 なんか、女の子が自分を慰めてるのを見てるみたいで気まずい。


「治癒魔術は……効かないよな?」

 穢れを浄化するなんて効果は聞いたことがない。むしろ、聖属性のアンデット浄化とか、そっち系の魔術なら効果があるかもしれないが、俺は使えない。


「えっと……そ、それじゃ、俺は外に出て――」

 身を翻そうとしたら、楓に腕を掴まれた。


「……楓、どうした――」

 俺はゴクリと生唾を呑み込んだ。

 魔導具に照らされる楓の瞳が色っぽく濡れていたからだ。


「あ、あの……私、こういうとき、いつもは一人で……。でも、その……上手く出来なくて。だから、あの……出来れば……」

 楓はそう言って、俺の腕を自分の胸元へと引き寄せた。なんだか非常に不味い気がする!

 どうする、どうする俺! と迷っていると――


「魔物、殲滅したよ~」

「ふふっ、すべて片付けてやったわ」

 蒼依とクレアが戻ってきた。

 俺はびくりと身を震わせ、楓は「ひゃあああっ!?」と悲鳴を上げた。


「あなた達、あたし達が戦ってるあいだ、なにをしてたのかしら?」

 クレアの金色の瞳がギラリと光る。


「ご、誤解だ!」

 俺はかくかくしかじかと、楓の状況を説明した。


「楓お姉さん、巫女さんなの?」

「ええ、そう、よ。たぶん、外で戦闘があった……んだよね? それで、穢れが発生したんだと、思う、の。だから、さっきから、身体が、熱くて……はぁ」

 楓はみんなに見られているからだろう。必死に我慢しているようだが、モジモジしているので逆に艶めかしく見える。


「ふぅん。それで、アルに性欲を満たしてもらおうとしてたわけ?」

「ち、違いますから!」

 クレアの突っ込みに楓が悲鳴を上げる。


「でも、そのままじゃ辛いのよね?」

「そ、それは……その……」

 真っ赤になる楓は、認めてるも同然だ。


「……ま、たしかに辛そうよね。でも、あたし達を出し抜くのはダメ。アルにはさせられないから、あたしが相手をしてあげるわ。ちょうど、血も欲しかったし」

「……はい?」

 ぽかんとする楓の前で、クレアが制服のボタンを外し始める。

 俺は思わず「はい!」と手を上げた。


「あら、どうしたの?」

「いや、いまなんか、血が欲しいって聞こえたんだけど?」

 既にここから逃げ出したい気持ちで一杯だけど、一応、念のために確認しておく。


「心配しなくて大丈夫よ。少し血を飲ませてもらうだけで、副作用はなにもないわ。痛みだってないし、むしろ気持ち良いくらいだから」

「……嘘じゃない、よな?」

「もちろん。なんらな、横で見てる? それか、混ざる?」

「外で待ってる! 蒼依、一緒に外に出よう!」

 教育に悪いと、俺は蒼依を連れて外に逃げ出した。部屋から出る直後、楓の甘い声が聞こえた気がするけどきっと気のせいだ。


「こ、ここなら大丈夫かな……」

 小屋から少し距離を取って、中の声が聞こえないようにする。

「あ、あの、アルお兄さん、蒼依、部屋に戻りたい」

「こらこらこ、子供は見ちゃダメだぞ」

 モジモジ恥ずかしそうな蒼依を叱りつける。


「そ、そうじゃなくてね。蒼依、魔法少女でいられる時間はそんなに長くないの」

「……あぁ、そういう制約があるんだ」

 たしかに、蒼依はいまだにファンタジーな衣装に身を包んでいる。白が基調の衣装で、スカートの丈が短かったりするけど、基本的に可愛らしい衣装だ。


「そ、それでね。変身が解けたら、その……服が」

「服? そういえば……」

 変身する前、蒼依は全裸になっていた。まさか――と思った瞬間、衣装が光の粒子となって消え失せ、蒼依は素っ裸になった。

 俺は慌てて視線を逸らす。


「あ、あううう、間に合わなかったよぅ」

「……す、すまん、気付いてやれなくて」

 俺は明後日の方向を向いたまま、アイテムボックスからローブを取り出して手渡した。


「あ、ありがとう。……うんしょ、うんしょ。……うん、もう良いよ」

「そうか、よか――」

 振り向いた俺は、ちょっと言葉に詰まった。

 薄手のローブ一枚のせいで、蒼依のシルエットが浮き上がっている。これは、素っ裸よりもえっちぃ気がしないでもない。


「お兄さん、どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 せめて視線だけはと、明後日の方を向く。

 しかし……日本の普通の女子高生って、みんな変わってるんだなぁ。なんてことを考えながら、俺はこれからどうするかを考えてため息をついた。

 

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