第8話

「明日華に似合うと思った」

「…私?」

「この樹の下で、笑っている明日華を見たくて、その為にが命名して、なんとか残してもらったんだ」

「残して…?」

「うん…本当は、切られる予定だったんだ、この桜。それが嫌でとにかく何度も我儘言って。名前をつけて、毎年ちゃんと面倒を見るならってことで、周辺にあった桜のうち、この樹だけ残してもらった」

「…もしかして、毎年持ってきてくれてた花びらって…」

「そう、この桜からだよ」

「……っ!」


 質問に答えた時の彼は少し、寂しそうだった。それはなぜか、明日華にはわからない。ただ、わかるとすれば、今までのことがすべて自分の為だったということ。そして、今日この日の為に行われていたということ。咲真は再び明日華を見据えて、改めて真剣な眼差しで続けた。


「明日華」

「…何? 咲真」

「俺と、結婚してください」


 あまりに唐突で、突拍子もない彼らしい、いつからかずっと待っていた言葉。その言葉を聞いて、明日華の瞳からは静かに涙が溢れる。頬を濡らしながら、明日華は笑った。差し出された手に自分の手を重ねる。そして一言、彼の言葉に嬉しそうに応えるのだ。


「はい…っ」


 しっとりと濡れた頬はほんのりと薄紅色に染まり、二人を包み込むように、桜色のヴェールが、青空の下で軽やかに舞っていた。

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桜ヴェールが舞う空に 琴花翠音 @Koto87Sui07

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