第7話

「…そんなに深い意味じゃなかったのに…でも、傷つけちゃってたのね…私も謝るべきだわ…ごめんなさい」

「…ねぇ明日華、その、この二年のお詫び…って言ったら違うかもしれないけど…一緒に来て欲しいところがあるんだ」

「? …いいよ」

「ありがとう」


 明日華の荷物もまとめ、咲真が目的の地まで案内する。向かったのは、二人の実家のある地元。そこから、さらに山の近くまで、という想像以上に時間がかかる移動だった。その間、明日華はずっと、瓶を大事そうに持っていた。


「もうすぐだ」

「…ここは…」


 電車やバスの長い移動が終わり、小高い丘の麓に着いた二人。明日華の荷物は咲真が持ち、足下に気をつけながら、目の前の丘を登っていく。まもなく丘の頂上が見えてきた時に、咲真が明日華の目の前を歩き、すぐには見せないようにする。


「きっと明日華、声も出なくなる位に感動するぞ」

「何がそんなに…」

「…ほらっ」


 そう言って拓けた視界に映ったのは──…


「…すごい…」

(桜って、こんなに大きな木だったの…)


 明日華たちのいる丘の隣に、一面薄紅色に輝く、桜の大樹。想像も絶するその大樹に、咲真の言うとおり、言葉を失う明日華。そこへ不意に咲真が、彼女が持っていた瓶を取り、蓋を開け始める。


「えっ何してるの咲真!」

は、このために集めていたんだ」


 大切にしていた中身が、飛ばされてしまうではないかと驚いていた明日華だが、咲真は待ってましたと言わんばかりに瓶の蓋を開けた。そして、咲真が瓶を大きく振ると同時に強めの風が吹き、瓶の中身と大樹からの花弁が、二人を包み込むように舞い踊った。


「………っ」

「…っていうんだ。この桜の木」

「あすか…?」

「そ、俺が命名した」

「えぇっ!?」

「驚いたろ? 実は子供の頃に付けてたんだよねー、この桜の名前」


 そう言って、どこか照れくさそうに微笑む彼。その表情の中には、ようやく言えた、と言わんばかりに嬉しさが滲み出ているのが、明日華にもわかった。その横顔を見つめていると、咲真は続けた。


「…この花吹雪が、遠目から見たとき、まるで鳥が飛んでいるように見えてさ。ぴったりだと思ったんだ」

「鳥が飛ぶ…だからなん…」

「それと」

「え?」


 言葉を遮り、咲真は明日華の方へ向き直る。その目は真剣な表情そのものだった。

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