第6話
「明日華ちゃん、今日まで本当にお疲れ様。もう少しでお迎えが来るのよね?」
「長い間、大変お世話になりました。おそらくそろそろかと思うんですけど…」
「あっ。そうそうその前に、明日華ちゃんに渡したいものがあるんだけど」
「私に?」
そう言って看護師が取り出したのは、いつか自分が大切に持っていた桜の花弁を入れていた瓶だった。しかも、中身はすべて窓の外へ放ってしまったはずなのに、何故か再び瓶いっぱいに入っている。それも、最初に自分が持っていた時よりも、量が増えているようにも思えた。あの日以来、”桜”に嫌悪感を抱くようになっていた明日華は、若干表情を曇らせた。
「これ…なんで…」
「実はね、あれから咲真くん、病室に来ていないと思ったんだけど、他のナースに、春になると毎日来て、渡してくれていたみたいで…私たちでもう一度集め直しておいたの。明日華ちゃん、咲真くんに隠して大切に残していたでしょう?」
さすがに、病室の状態を管理している看護師たちには、それもお見通しだったようだ。その言葉に少し面食らった明日華は、困ったように笑った。看護師は言葉を続ける。
「…お節介だと思われちゃうかもしれないけど…彼、必死になって集めててね。明日華ちゃんの為にって、もう一所懸命だったのよ」
「咲真が…」
「だから、って訳じゃないけど、せっかく彼が頑張って集めていたものだから…これ、受け取ってあげて?」
「…そう、ですね…ありがとうございま…」
「明日華っ!」
「! …え…?」
明日華が瓶を受け取るのと同時に、彼女を呼ぶ声。いつの間にか、懐かしさを感じてしまうその声に、泣きそうに顔を歪ませてしまう。振り返れば、以前より少し背が伸びた彼が、こちらに向かって歩いて来ている。
「なん、で…」
「今日の迎えっていうのは俺。親御さんたちにお願いして、任されて来た」
「……ばか…」
「え?」
「バカっ!! 何であの日から本当に一度も来なかったのよ! そしたら今日になって、何もなかったような顔して来るし…勝手すぎるでしょ!?」
気づけば看護師は既にその場からいなくなっており、病院前を行き交う人々からの注目の的になっていた。その空気にも咲真は驚いていたが、何より、目の前で明日華が涙を流しながら自分を怒っていることに驚いていた。
「…ごめん…俺も、あの時戻るか迷った…でも、その勇気が無かった。拒絶、されると思った…明日華に」
「拒絶なんて…何でそう思うのよ…」
「あの時、俺に無理して来なくていいって言ったろ? あれが、妙に刺さってさ…その、俺も弱いなぁ…」
ばつが悪そうに言葉を濁らせ、頭を抱えながらそう話す咲真。その様子を見ているうちに、明日華も落ち着きを取り戻し、涙を拭った。
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