第5話
「嫌い、嫌いよ! 桜なんて…咲真なんか…咲真のこと、なんか…」
「明日華ちゃん…」
肩を震わせながら涙を流す明日華。彼のあの宣言通り、本当に明日以降来ないかもしれないという思いが、明日華の脳裏に焼き付いて離れなかった。
咲真は悩んでいた。何故、明日華とこんな風に喧嘩をしなければならなかったのか。そして、どうしてあの時彼女に「しばらく来ない」と告げてしまったのか、もやもやしながら、病院の外へ飛び出す。外は変わらず、あいにくの雨模様だった、のだが。視界の端にひらりと何かがちらついた。ふと見上げれば、どんよりとした雲に混じって、桜色の雨が舞っているではないか。地面を叩くそれと違い、優しく頬を撫でる柔らかな花弁の雨。
「えっ? この時期に桜?」
「こんなにたくさん…」
周囲の人々も驚いて見上げている。しかし季節は梅雨。ましてやこの都会の真っ只中に建つ病院の周りには、桜なんて植えられていなかった。
「確かこの上ってちょうど…」
咲真はすぐに思い出し、自分の後ろにある建物を見上げる。そのタイミングで、部屋の奥へ戻る明日華の後ろ姿を捉えられた。それだけで、この桜の雨は、彼女がやったことなのだと確信する。そして、それがわかったと同時に、胸が締め付けられる感覚に陥る。自分が思っていた以上に、明日華は集めた花びらを大切にしてくれていたのだ。
「…やっぱり、明日華にあれを見せたい…」
咲真は見上げたまま、静かに目を閉じる。そして、とうとう明日華のもとへ戻ることなく、咲真は雨の中を走って行ってしまったのだ。次の日から、彼のその宣言通り、明日華の病室に顔を出さなかった。初めは不安を感じていた明日華も、しばらくすると彼への思いが吹っ切れたように、自らの治療に専念していった。
*
「結局、卒業までに間に合わなかったな…」
気付けば、二年後の春。明日華の所属している高校では、既に卒業式が終わっている頃だった。明日華の体もほぼ完治し、今後は一人で自由に外へ出ても問題ないほどに、彼女は驚異的な回復力を見せた。今日まで、治療だけに専念できたおかげか、明日華の表情もどこか晴れやかだ。
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